「梅雨」
いつの間にやら、もう6月に入った。
ほんの少し前までツツジやネモフィラ、チューリップが満開だなんて思っていたのに、今や梅雨の時期に差し掛かっている。
「時の流れのなんと早いこと!!!」
「えっ、そんな長い間居候をされているのですぅ……?」
「居候じゃなくて『共・同・生・活』ね!」
いや、居候でt「黙らっしゃい!!!」はい。
「それはそうと!!!そろそろアジサイが綺麗な季節がやってくるよ!!!というわけで早速見に行こうじゃないか!!!」
「あじさい……とは?」
「あぁ、新人くんは来たばかりだからこの宇宙のことはほとんど何にも知らないよねぇ!!!」
「でも安心したまえ!!!ボクのデータを共有するから、それを参考にするといい!!!」
「ありがとうございますぅ!」
「ふむふむ……分かったのですぅ!アジサイというのはこの地域では今頃花を咲かせるのですねぇ!」
「その通り!!!おとなしい植物だから襲われる心配はない!!!しかし、ニンゲンが食べると中毒を起こしてしまうから気をつけたまえよ!!!」
「とにかく!!!百聞は一見にしかずだ!!!データを見るだけじゃ面白くないだろう?!!一緒に観に行こうじゃないか!!!」
逮捕状を出されている身だとは思えない程大胆なのですぅ……。
「時には大胆であることも大事なのさ!」
あんたは「時に」じゃなくて「いつも」大胆だろ。
「それじゃあ出発だ!!!」
ところで、この辺りにアジサイがたくさん見られる場所なんてあったか?全然心当たりがないんだが……。
「山の麓に土砂崩れを防ぐ目的でアジサイが植えられた場所があるようだよ!!!そう遠くはない!!!ほら、歩くよ!!!」
「あのぉ、ちょっと疑問なのですがぁ……。」
「ん???」
「歩かなくても瞬間移動などをすればよいのでは……?」
「キミ……目の付け所がいいね!!!」
「もちろん!!!瞬間移動でも時間遡行でも、便利なものは使った方が楽だと思うよ!!!」
「だが、あんまりそういうものにニンゲンくんを触れさせてばかりいると、万が一突然ボクらがいなくなった時に相当苦労するだろうと思ってね……ただでも出不精だから。」
へぇ……出不精で悪かったな。
「いやぁ?!!便利な世の中になったからこそ、キミだって出不精でいられるんだ!!!何というべきか、出不精でいられるように文明の利器を駆使している訳だろう?!!」
「出不精なことを悪いことだとはボクは思わないが!!!科学技術の発展に感謝しておいた方がいいと思うよ!!!」
確かに、それはそうかもな。
「それはともかく!!!あくまでボクの方針として!!!この星では、むやみやたらにチョーカガクの力を借りることはしないのさ!!!」
「なるほどなのですぅ!」
「その調子で、気になることがあればどんどん聞いてくれたまえ!!!」
「あ、逆にボクが聞いてもいいかい?!!気になるから!!!」
「はい、なんでしょうぅ?」
「キミ、どうしてボクの居場所が分かったんだい?」
「ここは第712宇宙のバックアップ内だ。バックアップとは名ばかりで、今はこっちが実質本番環境みたいなものとはいえ、そう易々と誰かにアクセスされるようにはしていない。」
「要するに、非常に見つけづらいはずのこの場所を、いとも簡単に発見、そしてアクセスした方法を説明したまえ。」
「えーっとぉ……マッドサイエンティストさんに頂いた桜餅のデータを解析して、どの宇宙のどの辺りで作られたものなのかを突き止めたのですぅ。」
おい。あんたはこんなタイミングで足跡を残しまくったのか。
こんな雑な仕事をボクがするわけない、とか言いながら証拠品をがっつり残してるとか……。ますます疑われるだろ。
「……さすがだね!結果的にキミへのプレゼントが仇となった訳だが!!!よく仕事ができる仲間が出来て、アーカイブ管理士たちも大助かりだねぇ!!!ハハハ!!!」
「一応言っておくが!!!ボクはアーカイブを勝手に持ち出して使用するなんてことはやってないから!!!」
「さて!!!そろそろアジサイが見えてくるはずだ!!!」
やっと山の麓にたどり着いた。土と草のにおいがする。
昨日の夜降った小雨のせいか、じめじめしてぬかるんでいる。
「わわっ!」新任の管理士が足を滑らせる。
足元気をつけるんだぞ。「すみませんですぅ。」
「おや!!!見えるかい?!!あれがアジサイだ!!!」
後輩を置いていくなよ、なんて思いながら目をやった。
紫や青、明け方の空みたいな薄紫、淡いピンクに白と、色とりどりのアジサイが植えられている。
色だけでなく、花びらの大きさやつき方も多種多様だ。
「花びらみたいな部分、実は花びらではなく萼なのですよぉ!」
がく?あぁ、花びらの付け根の部分のアレか。へぇ。
「ねーねー!!!この中にハートの形のアジサイってあると思うかい?!!見つけられたらいいことがあるらしいと聞いたから探したいのだが!!!」
「へぇ!気になるのですぅ!わたしも探すのですぅ!」
仕方ない。探すか。
「お!!!これはどうだろう!!!ハートに近い形に見えるのだが?!!いや……ハートと呼ぶには少々丸っこいか……。」
「なかなか見つからないのですぅ……。」
うーん。何となく思ったが、多分特定の角度から見た時にしかハートっぽくならないんじゃないか?
「そうだね〜……キミの言う通りだと思うよ。……あ!これ!!!」
そう言って指を差した先には、見事なハート型のアジサイがあった。本当にあるのかよ。
「これも写真に撮って保存しておかなくては!!!」
「わぁ!かわいいのですぅ!」
はしゃぐふたりの背中を見つめた。
小さいきょうだいみたいだな。
「ほら、ニンゲンくん!!!キミもちゃんと見たまえ!!!」
「そうですよぉ!せっかく見つかったんですからぁ!」
嬉しそうに笑い合うふたりを見て思った。
この星、というか自分が見ている世界にはもう、喜びも楽しみもないって、そう思ってた。
でも、もしかしたらそれは違うのかもしれない。
無邪気に話をする彼らに対して、何かこう、言い表せない不思議な感情が芽生えてきたんだ。
優しさ?慈悲?母性……はなんか違う気がするが。
とにかく、彼らが見ている世界を守りたい、みたいな感情?
自分にできることなんてたかが知れているだろう。
だが、彼らのためにも、もっと満たされておきたい。
……なんてことを考えていた。
6/2/2024, 1:11:58 PM