「天国と地獄」
ここは黄泉の国……ではなく、不安定なぼくを格納するための空間。
ぼくの体なのか、それとも魂というべきなのかは分からないが、ぼく自身が不安定な状態でも問題なく行動できるようにするための「容れ物」も用意してもらった。
人呼んで「マッドサイエンティスト」の彼(彼女?)に見つけてもらえなければ今頃ぼくはどうなっていたのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。
「いやぁ、助かってよかったねぇ!!!さすがボクだ!!!」
……このひとは相当自己肯定感が高いな。
「褒め言葉なら素直に受け取るよ!!!」
「そういえば、キミに聞きたいことがあるのだが!!!」
「聞きたいこと?」
「そう!!!聞きたいこと!!!」
「……単刀直入に聞く。キミはどうやってあの空間に入り込んだんだ?」
「そして、なぜあの場所を黄泉の国だと思ったんだい?」
「……正直言って、何も分からないんだ。分からないというか、何も覚えていないと言うか……。」
「ただ、自分が生きている実感が抜け落ちているんだ。」
「ふぅん、なるほど?生きている実感、ねぇ。」
「ただボクが言えるのは、あの空間に微かな生体反応があったのと、壊れたはずの機械からキミが送信したメッセージを受信したことでキミの存在に気づいた───」
「つまり、実感が伴わないかもしれないが、キミは『生きている』のだよ。」
「ただ、キミの言う通り、そして『微かな生体反応』ならびにキミの『魂』の不安定性から分かる通り、キミは生死の境を彷徨っている可能性があるね。」
「黄泉の国、というか生命活動が終了した後の世界のことはなんとな〜く知っているが、生憎専門外だからわからないよ。」
言い終えた後、自称マッドサイエンティストは飲み物を口にして、何かを思いついた様子でこちらを見た。
「ところで、少々興味が湧いたから聞いてみよう。キミにとってあの空間は天国と地獄のどっちだったんだい?それとも、もっと別の世界だったのかい?」
「あくまで『おそらく』だが、我が助手とキミのいた、いや、いるべき星は同じところだ。たとえ違っても非常に似通った、共通点の多い世界である事は確かだろう。」
「そういえばあのニンゲンくんのいる世界では、『実はこの世界が地獄』説、それから派生したジンセイを揶揄する『懲役80年』という言葉があるようだね……はぁ。」
「国や地域によって死後の世界の概念は異なるもの……とはいえ、ボクがアクセスできているんだから、少なくともあの星は死後の世界のものではないよ。」
「話を戻そう。キミはあの空間をどう思った?」
「そうだな……正直言うと、どっちでもなかった。でも、人がいなかったから彼岸の世界だと思った。」
「その通り!あの空間は天国でも地獄でもないからね!それに、このボクお手製の密室なんだからそう易々と誰かに侵入されると困るのだよ!!……まぁキミに入られたんだけど。」
「そうだ!ついでに質問しておこう!」
「キミはもし全てを思い出せたら、自分のいるべき場所に戻りたいかい?」
「正直、よくわからない。」
「……そうか。」
「あくまで公認宇宙管理士としてのボクの意見だが、あるべきものはあるべき場所に収まっているのが理想なのだよ。」
「ただ、唯一懸念すべきことがあるとすれば、『元いた場所に戻る』ことによってその何か自体や周辺に多大な影響を与えないかどうか───」
「キミで例えるなら、完全な状態───つまり少しの欠けもなく記憶が戻り、肉体と魂の結びつきが強固になった状態で、かつていた場所に戻る───ことによる影響の有無、だね。」
「もしかすると、元通りになることでキミが大いに苦しむかもしれない。実際、キミは自分のことを全て忘れているうえ、魂だけで漂っているだろう?」
「あくまでボクの考えに過ぎないのだが、『自分を思い出したくない』『あの場所にはもう戻りたくない』という過去のキミの思いが今のキミに反映されているのかもしれないんだよ。」
「まあ!!!専門外だからわからないけどね!!!」
「……。」
「そうだ!!!そう言うのを取り扱っている部署のヤツらに話を聞きに行こうか!!!きっとキミのことがもっと分かるだろう!!!」
「……。」
「ん、どうしたの???」
……話を聞き疲れたのは初めてかもしれない。
考えるのは後にしてもいいか?
「おっけー!!!好きなだけゆっくりしてくれたまえ!!!」
「月に願いを」
ここはおそらく彼岸の世界。何もない、誰もいないこの世界。
自分のことさえ何も分からない。
それでも、こんなところに来てしまったからには何かしないと。
そう思って歩き回ったが、いくら進んでも疲れないし
空腹も感じない。
そんなある時に見つけたのが壊れた機械と一本の木だった。
機械をなんとか修理して何かの数値を観測する。
何の数値なのか見当もつかなかったが、増減を繰り返していることだけはなんとなくわかった。
あれは太陽と月が降りた夜の事。
孤独だったぼくの前に彼女が現れた。
あまりにも驚いたせいで少ししか話せなかったが、「また会えるまで、待ってて」というひとことは伝えられた。
彼女との出会いから少し経った時にふと気づいた。
それまで増減していた機械の数値が、負の値ばかりを表示するようになった。
そんなある時、空を見上げて初めてわかった。
負の値が表示されるごとに星々が減っていることが。
この数値が宇宙にある物質の増減を示していることが。
おそらく、あの時出会った彼女が原因なのだろう。
彼女は何者なんだ?どんな目的で宇宙をなくそうと思っているんだ?
……もしかして再会を待てずに、宇宙ごとぼくを自分のものにするつもりなのか?
いや、そんな荒唐無稽な……でも、こんな場所にぼく自身がいる以上、こんなことすらありえないと言うことができない。
どうしたものか。
もう見えない月に願いを、祈りを捧げるか。
いや、もっといい方法があるはずだ。
おそらくもうこれ以上減らせるものがなくなったことを現す「0」の表示、そして「Xjlro」という謎のメッセージ。
……メッセージ?
そうだ!メッセージだ!
もしかしたらこちらからも何処かに連絡を取ることが出来るのかもしれない!
01001000 01000101 01001100 01010000
「……ふぅん、なるほど!こうしてキミはボクらに助けを求めたわけだね!!!」
「ついでに、不安定なキミの存在をなんとか『容れ物』の内部に保つこともできた!!!」
「しかし、よりにもよって彼女に目をつけられてしまったのは運が悪かったね……。彼女も悪気があったわけではないが、まさか自分の欲望に従って宇宙を吸収してしまうとは……。」
「だが、ひとつ訂正しておきたいことがある!!!キミがいたあの空間は黄泉の国ではなく、時間の流れが非常に遅くなる特殊空間だ!!!」
「宇宙規模のトラブルがあった時、対応に時間をかけても『時間のかからない』状態にできた方がいいだろう?!!迅速に対応すべく、ボクが考えて作ったのさ!!!」
「だからどれだけ待っても時間はほとんど進まないよ!!!残念だったね……。」
「……だが、少々というか相当疑問なのは、どうやってキミがこの空間に入り込んだのか、だ。」
「キミはかつていた場所のことはおろか、キミ自身のことさえ覚えていない。そのうえ、キミの存在は相当不安定だ。手掛かりを見つけるのは困難を極めるだろうね。」
「キミには、キミのいるべき場所が、帰るべき場所があるとボクは思っている。今はちょーっと立て込んでいるから、もう少し先にはなるが、必ずキミの故郷を見つけて見せよう!!!」
「……ありがとう。ただ、ひとついいか?」
「うん???」
「お前、本当によく喋るな……。」
「褒め言葉かい?!!喜んで受け取るよ!!!どうもありがとう!!!あと二日ほど話に付き合ってくれたまえよ!!!」
「遠慮するよ。」
「それじゃあ、またの機会にね!!!」
帰るべき場所。ぼくにもあるのだろうか。
ちゃんと見つかればいいな。
そう思って見えないままの月に願いを込めた。
「降り止まない雨」
今日は雨だ。最近は晴れ続きだったから、雨が降るのは随分と久しぶりな気がするな。
しかし、どうしたものか。今日は買い物に行きたかったんだが。
「おや!!!出掛けるつもりだったのかい?!!それならちょうどいい!!!」
……何がどう「ちょうどいい」んだ?
「まあキミのことだから雨を理由に買い物に行かないつもりだったのだろう!!!しかし!!!ボクの手にかかれば!!!雨でも出掛けたくなるに違いない!!!」
まーた変なこと考えてる。今日は何するつもりなんだ?
「ふふん。今日はねぇ……。」
「カタツムリを探しに行こう!!!」
なんでまたカタツムリを……?まさか捕まえてオーブン焼きにするとか言い出すんじゃないだろうな。
「まさか!!!いくらボクがマッドサイエンティストだからってさぁ!!!なんでも食べようとすると思うことなかれ!!!ただほとんど見たことがないから探そうと思ってね!!!」
いや、マッドサイエンティストになんでも食べようとするイメージはないけどな……。
「キミもカタツムリを見てみたいだろう?!!さあ、行くよ!!!」
なぜか自分も行くことになってしまった。
朝から降り止まない雨の中、傘を差して出かける。
傘を差すのは久しぶりかもしれないな。
「ねぇ!!!どう?!!レインコートを着てみたよ!!!似合う?!!」
はいはい。似合ってるよ。
……にしても、ちゃんとカタツムリのいそうな場所のあたりはついているんだろうか。
流石にこの雨の中で延々と探し続けるのは大変だ。
「もちろん!!!そう言われると思って見られそうなところは押さえてあるよ!!!それじゃあ、河原に行こうか!!!」
河原にカタツムリがいるのか……?まぁ、自然豊かなところだったらそういうのがいてもおかしくない、か。
さて、探s「いたー!!!」早いな。
「ほら!!!見て見て!!!ちっちゃいね!!!」
殻の直径が1cmくらいのカタツムリがいる。
「へへ、かわいいね〜!!!ボクには及ばないが!!!」
「他にもいるかな〜!!!」
走っていってしまった。
小さいカタツムリだな。
……こんな小さいのに、自然をたった一匹で生きていかなきゃいけないなんて厳しいもんだ。
あんまり自然に手を加えるのも良くないことなのだろうが、せめて鳥に食われないように草の裏側にカタツムリを避難させておくことにした。
元気でやれよ。
「おーい!!!こっちにもいるよー!!!」
自分を呼ぶ声が聞こえる。
さて、行くか。
眩しいと思って空を見上げる。晴れ間が見えた。
あれだけ雨が止まなかったのに、あっという間に晴れたな。
……もしかしてあいつが天気を変えた、とか?
「違うよー!!!キミ、全然天気予報を見ていないね!!!午後には晴れるってあれだけ言っていたじゃないか!!!まあいい!!!ちょっと大きいのがいるから見たまえ!!!」
どれどれ。たしかにさっきのより大きい。
ちゃんと厳しい自然を生き延びたんだな。
干からびる前に、元いた場所に戻るんだぞ。
なんて言いながら近くの草むらに移しておいた。
「キミにもそういう一面があるんだねー!!!」
「あ!!!あそこ!!!影がキラキラしているよ!!!晴れた川の水面が、木の陰を照らしているんだね!!!いつまでも見ていられそうだよ!!!」
次から次へと忙しいやつだ。
「ところでさ!!!キミは何を買いに行くつもりだったんだい?!!」
卵と肉と、あと消耗品かな。
「なるほどね!!!それじゃ、そろそろスーパーに行こうか!!!」
そう言って住宅街の方に足を向ける。
見なれた街並みを眺めつつ、スーパーへと向かった。
「おや!!!この建物、耐震構造もしっかりしているが!!!壁の塗料が非常に興味深い!!!」
「見てごらんよ!!!このお家の外壁材!!!あ、見ただけじゃわからないかもしれないが……カタツムリの殻と同じ構造をしている!!!」
「簡単に言うと、カタツムリの殻は非常に汚れに強いのさ!!!ニンゲンのみんなは自然からしっかりと科学を発展させているわけだね!!!素晴らしいや!!!」
へぇ、そんなことよく知ってるな。
「もっと詳しく知りたいかい?!!スーパーに着くまでの間、みっちりとお話しようじゃないか!!!」
あんたは嬉しそうに話を始める。
そっか。マッドサイエンティストだからこういうものの知識はあるんだっけか。
「まあ専門外だけどさ!!!いいだろう?!!聞きたまえよー!!!」
嬉しそうに話を始めたから、自分はゆっくりと歩くことにした。
「あの頃の私へ」
……寝てた。知らないうちにもう夕方だ。少し腹が減ってきた。
もういい時間だから、そろそろ夕飯の支度をしようか。
眠たい頭を持ち上げて台所に向かう。
……さて、冷蔵庫には何があったかな。
「おやおや!!!もうお目覚めかい?!!」
あんたは相変わらずいつでも元気だな。
「当然!!!ここには面白いものがいーーっぱいあるからね!!!色々楽しみたいから!!!ボクはずっと元気なのさ!!!」
「あ、そうそう!!!今夜は何を食べようか?!!ボクねー、ジェノベーゼが食べたいんだ!!!ジェノベーゼって何って???バジルで味付けされたスパゲッティのことさ!!!」
……知ってるよ。だけど、バジルなんか家にないぞ?パスタを味付けられるソースみたいなのはあるけど、今は和風のやつとペペロンチーノしかない。
「ふっふっふ……そう言われると思って!!!ちゃーんと用意しておいたのさ!!!」
そう言ってスーパーのレジ袋からジェノベーゼが作れるソースを取り出す。……あんた、いつの間にスーパー行ったんだ?
「まあいいだろうそんなこと!!!でさ!!!コレSNSで美味しいって話題になっているらしいよ!!!ボクも気になって食べたくなったのさ!!!」
なるほど。作り方は……まあよくあるあれだな。「パスタに加えるだけで簡単に作れる」が謳い文句の商品。
「ボクはこっちでスパゲッティを茹でているからね!!!味付けは任せたよ!!!」
まあいいか。……ジェノベーゼソースとか作ったことないけど、「混ぜるだけで美味しい」らしいから、それを信じて。
「ねぇ、変なことを聞いてもいいかい???」
いつも変なことしか聞いてこないだろ。
「そんなことないもんねー!!!」
「まあそれはいいとして!!!本題に入るよ!!!」
「キミは、過去の自分にひとこと伝えられるとしたら、いつのキミに、何を伝える???」
過去の自分にひとこと?
……別に何もない。伝えたところで、どうにもならないだろう。
あ、強いて言えば……。
「お?!!なになに?!!」
数ヶ月前の自分に「マッドサイエンティストを自称するチョーカガクテキソンザイとやらが突然居候を始めるが驚くな。やかましいが特に害はない。」とでも言うかな。
「もっといい伝え方が!!!あるだろう?!!」
例えば?
「そうだねぇ……。あ!!!もちもちふわふわでかわいい宇宙一素晴らしいマッドサイエンティストが一緒に暮らし始めるから!!!優しくお出迎えしたまえ!!!とか???」
「他には……そいつは桜餅が大好物だから毎日のように準備をすること!!!それから!!!綺麗なお花をいっぱい見るために体力をつけておくといい!!!とかね!!!」
「ひとこと」じゃなかったのか?
「うぅ……。でもまあボクのことひとつとっても、これだけ伝えておくといいってことがあるんだ!!!だからね、」
「だから、過去は諦めるしかないにしても、未来は諦めちゃダメだ!!!今までのことがどうにもならないとしても、未来はどうにかできるのさ!!!」
「というわけで、質問を変えようか!!!将来こうなっていたいっていう願望を教えてくれたまえよ!!!」
将来なぁ……。何の刺激もなく、ゆったりのんびり暮らしたい。
それが願望、かな。
「悪くないね!!!ふわふわのにゃんこを抱っこしながら、あったかい部屋で本を読んで、気が向いたら昼寝をする……。」
「とてもいいじゃないか!!!キミらしくて!!!」
「そのためには!!!まず宇宙を救わないと、だね!!!キミの出番はまだまだあるから!!!手伝いをしっかりとしてくれたまえ!!!……ア!!!」
「スパゲッティが!!!伸びている!!!大変だ!!!……ほら、早速キミの出番だよ!!!スパゲッティを救いたまえ!!!」
……全く。
でも、あんたのいるこの生活、結構好きだよ。
いつまで続くのかはわからないけど、最後のその時まで。
よろしく頼むよ。
「こちらこそ!!!」
「逃れられない」
これは3日位前に見た救いのない夢の内容です。
夢なので辻褄がうまく合っていないところもあるかもしれませんが、なんとか纏まっていることを祈っています……。
゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜
暗雲が垂れこめる中、ようやくここに辿り着いた。
ずっと連絡のつかない君を偶然街で見かけた時は、とても嬉しかったよ。幼い頃から難しい魔法を学んで、実践までできた可愛くてとても優秀な私の弟と再会できて。
あれだけ多くの魔法を扱いながらも、君は自分に自信が持てていなかった。だが、14歳にして国の治安を守るための魔法使いが集う組織に勧誘され、それを了承した。
「兄さんみたいに立派になりたい」とはにかみながらそう言っているのを見て、嬉しくもあったが正直不安だった。
代々優秀な魔法使いを生み出す貴族の家に生まれたのに、私は全くといっていいほど魔法が使えない。君はそのままでも私よりずっと立派な魔法使いだ。
それに、まだ幼さが残る弟を危険と隣り合わせの場所に送るなど、あまりに残酷なことをどうして私ができよう?
私は彼にそう伝えた。
だが弟は「大丈夫だよ。兄さん、そう信じてくれないかな?」と答えるばかりだった。
そしてとうとう君は旅立ちの日を迎えた。
不安なまま君を見送る。
「何かあればいつでも帰ってくるんだよ?」
「……ありがとう。」
これが君と私との、最後の会話となってしまった。
君が家を出てから一週間、一ヶ月、一年。
全く、全く音沙汰がない。
真面目な君のことだから時々は連絡をくれると思っていたが、葉書の一通も来なかった。
もしかしたら、機密情報を扱っているから君の手紙に検閲が入っているのかもしれない。最初はそう思ったが、連絡も帰省もないのは流石に変だ。
異変を感じて時々君の所属しているところに足を運んだこともあったが、いつも君は不在だった。
やはりおかしい。
新任の君がいつもどこかに出掛けているなんてありえない。
これを受けて、私は国内外で君を探してもらえるよう人々に呼びかけた。
それでも見つからない。
そんなある日、魔法学校で組んだ班の仲間と街を歩いていると、一人で俯きながら歩く君を見つけた。
一瞬時が止まったかのようだった。
間違いない。あれは私の弟だ。
仲間の呼びかけにも応じることなく、真っ先に君を呼び止めた。
名前を呼ばれた私の弟は、ひどく怯えた表情でこちらを振り返った。
……どうしてそんな顔を?何があったんだ?
何を言っても「ごめんなさい」と震える声で繰り返すだけで要領を得ない。だが、何かあったに違いない。
「とにかく、家に帰ろう。君の好きなモーンクーヘンもちゃんとあるから───」
「あ、あの家には、帰れない……!!」
そう言い残してあっという間に消えてしまった。
その様子を見ていた仲間のひとりが、「あれがお前の弟か?」と聞いてきた時に私は我を取り戻した。
「あ、ああ。」
「それにしては様子が変だったけど……。あと、なんか変なにおいしなかった?」
「におい?」
「なんていうか、薬みたいなにおい?もしかしてこれからにおってたのか?さっき弟くんが落としていった……なんだこれ?」
路上を見ると何かお守りのようなものが落ちていた。
……これは何だ?黄色がかった白い石と枯れ葉のようなものが紐で留められている。
「あ、あたしこれ知ってるかも!」
魔法使いが起こした事件の解決を夢見る仲間が言う。
「この葉っぱ、珍しい薬草なんだけど、においを長期間嗅がせた対象の思考力を弱めて自分の思い通りにする作用があるんだ。」
「それと、こっちの石は……見るからに怪しいのは分かる。こっちはあんたに任せる!」
そう言って彼女はこれを見つけた仲間に託す。
「いや、急にんなこと言われても……。でもまあいいか、やってみよう。」
「……これは、もう少し詳しく調べたいところだが。」
「俺が見るに『自分の一族が市民を苦しめ続けているから、この手であの家を終わらせないといけない』という思考を植え付けるのと、これを作った人間がこれを持った人間がどこにいるのかをすぐ分かるようにするための魔力を込めたものだ。」
「……なぜ、こんなことを……?」
もうひとりの仲間が口を開く。
彼女は私の弟と同じくらい優秀な魔法使いだ。
はじめはなかなか口をきいてくれなかったが、諦めずに声をかけ続けたことが功を奏し、心を開いてくれた。
「目的は分からないが、狙いはおそらく私の一族だ。弟を取り戻すためにも、家族を守るためにも───」
「みんな、力を貸してくれ!」
仲間や魔法学校の人々の協力で、私たちは弟とあの石の主の居場所を掴んだ。
これでやっと弟を救える。
そう思ってその場所に向かった。
そこは森の奥深くの古い洋館だった。
しーんと静まりかえっているが、私には分かった。
この近くに間違いなく弟がいる。
おそらくこっちの方向だ。足を進める。
井戸があった。ここにいるのか───
弟の気配に気を取られてしまい、何かを踏んだことに気づいた時にはもう遅かった。
体が痛い。痛い。いたい。
あまりの痛みに我を忘れた。
なんとか正気を取り戻し、君と目が合ったときにはもう遅かった。
熊のような、ムカデのような化け物となった私は、頭から弟を飲み込んでしまっていた。
赤黒く染まった自分の体を見た。
かつて弟だったものが口から滴り落ちる。
「違う……違う……!」
私はそう言葉にしたはずなのに、口からは気味の悪い音が出るだけだった。
゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜
なんとこれが記念すべき100作目です!!!恐ろしい!!!
夢でよかった!!!
いつも私の書いたものを読んでくださる皆さま!
「もっと読みたい!」と思ってくださる皆さま!
本当にありがとうございます!
皆さまのおかげでここまで続けることができました!
これからもどうぞよろしくお願いします・:*:・(*´∀︎`*)・* .:・