「月に願いを」
ここはおそらく彼岸の世界。何もない、誰もいないこの世界。
自分のことさえ何も分からない。
それでも、こんなところに来てしまったからには何かしないと。
そう思って歩き回ったが、いくら進んでも疲れないし
空腹も感じない。
そんなある時に見つけたのが壊れた機械と一本の木だった。
機械をなんとか修理して何かの数値を観測する。
何の数値なのか見当もつかなかったが、増減を繰り返していることだけはなんとなくわかった。
あれは太陽と月が降りた夜の事。
孤独だったぼくの前に彼女が現れた。
あまりにも驚いたせいで少ししか話せなかったが、「また会えるまで、待ってて」というひとことは伝えられた。
彼女との出会いから少し経った時にふと気づいた。
それまで増減していた機械の数値が、負の値ばかりを表示するようになった。
そんなある時、空を見上げて初めてわかった。
負の値が表示されるごとに星々が減っていることが。
この数値が宇宙にある物質の増減を示していることが。
おそらく、あの時出会った彼女が原因なのだろう。
彼女は何者なんだ?どんな目的で宇宙をなくそうと思っているんだ?
……もしかして再会を待てずに、宇宙ごとぼくを自分のものにするつもりなのか?
いや、そんな荒唐無稽な……でも、こんな場所にぼく自身がいる以上、こんなことすらありえないと言うことができない。
どうしたものか。
もう見えない月に願いを、祈りを捧げるか。
いや、もっといい方法があるはずだ。
おそらくもうこれ以上減らせるものがなくなったことを現す「0」の表示、そして「Xjlro」という謎のメッセージ。
……メッセージ?
そうだ!メッセージだ!
もしかしたらこちらからも何処かに連絡を取ることが出来るのかもしれない!
01001000 01000101 01001100 01010000
「……ふぅん、なるほど!こうしてキミはボクらに助けを求めたわけだね!!!」
「ついでに、不安定なキミの存在をなんとか『容れ物』の内部に保つこともできた!!!」
「しかし、よりにもよって彼女に目をつけられてしまったのは運が悪かったね……。彼女も悪気があったわけではないが、まさか自分の欲望に従って宇宙を吸収してしまうとは……。」
「だが、ひとつ訂正しておきたいことがある!!!キミがいたあの空間は黄泉の国ではなく、時間の流れが非常に遅くなる特殊空間だ!!!」
「宇宙規模のトラブルがあった時、対応に時間をかけても『時間のかからない』状態にできた方がいいだろう?!!迅速に対応すべく、ボクが考えて作ったのさ!!!」
「だからどれだけ待っても時間はほとんど進まないよ!!!残念だったね……。」
「……だが、少々というか相当疑問なのは、どうやってキミがこの空間に入り込んだのか、だ。」
「キミはかつていた場所のことはおろか、キミ自身のことさえ覚えていない。そのうえ、キミの存在は相当不安定だ。手掛かりを見つけるのは困難を極めるだろうね。」
「キミには、キミのいるべき場所が、帰るべき場所があるとボクは思っている。今はちょーっと立て込んでいるから、もう少し先にはなるが、必ずキミの故郷を見つけて見せよう!!!」
「……ありがとう。ただ、ひとついいか?」
「うん???」
「お前、本当によく喋るな……。」
「褒め言葉かい?!!喜んで受け取るよ!!!どうもありがとう!!!あと二日ほど話に付き合ってくれたまえよ!!!」
「遠慮するよ。」
「それじゃあ、またの機会にね!!!」
帰るべき場所。ぼくにもあるのだろうか。
ちゃんと見つかればいいな。
そう思って見えないままの月に願いを込めた。
5/27/2024, 10:02:15 AM