「ないものねだり」
あなたはわたし
わたしはあなた
あなたはわたしの───
わたしはあなたの───
この静寂
あの創造性
この安らかな眠り
あの豊かな夢
この整然とした思考回路
あの賑やかな頭の中の音
この社会の居場所
あのモラトリアム
この意味のある罪悪感
あの意味のない罪悪感
わたしが
あなたが
欲しかった
今となってはないものねだりだけれど
あなたはわたしの
わたしはあなたの
全てを求めていた
求めては消えて
消えては求めて
そうやってわたしは変わり続けるの
「好きじゃないのに」
この宇宙を救うべく突如として家に住みつき始めた自称マッドサイエンティスト。こいつが来てから何日経っただろうか。
そう思っていたある日、ミントグリーンの髪の彼(彼女?)は聞いてきた。
「やあキミ!!!この星では生まれた日を祝う習慣があると聞いたよ!!!キミの誕生日はいつなんだい?!!」
あー、誕生日は2月17日だよ。自分は投げやりに答えた。
誕生日。自分はいつも、どこに行っても除け者扱いで、まともに祝ってもらったことなんてなかった。
だから、誕生日が来たところで、年を一つとってしまったくらいにしか思えなかった。
「ふ〜ん。意外だね〜!!!もっとジメジメした時に生まれたんだと思ってたよ……って冗談だから睨むのはやめたまえ!!!悪かったって!!!」
「チョーカガクテキソンザイ」もそういうものに興味があるのか、などと考えているうちに、自分は誕生日を迎えた。
はぁ。また歳をとった。そう思って目を覚ましたあと、居間に向かった。
「おはよう!!!今日はキミの誕生日だというのに顔色ひとつ変わらないね!!!嬉しくないのかい?!!」
「あ!そうそう!!!今日はキミのために朝ごはんも特別仕様だよ!!!ほら、見たまえよ!!!ケーキをイメージして作ったイチゴと生クリームのサンドイッチだ!!!」
「ジン類は皆ケーキが好きなんだろう?!!だからキミも喜ぶと思ってね!!!ほらほら、口にしたまえ!!!」
別にジン類全員がケーキ好きじゃないのに、とか考えつつ自分はマッドサイエンティスト特製サンドイッチを口に運んだ。旨い。
「ふふん。このボクが腕によりをかけて作ったからね!!!味はピカイチに違いない!!!そうだろう?!!」
ああ、旨いよ。今まで食べたどのサンドイッチよりも。
……ありがとう。
「ハッハッハ!!!驚くことなかれ!!!プレゼントはまだまだあるんだぞ!!!」
そう言いながら、昼にはまるでお子様ランチみたいなランチプレートを、晩にはハンバーグを振る舞ってくれた。
ん……?ハンバーグを焼くための鉄板なんかうちにあったか……?
「ああ、気にしないでくれたまえ!これはボクのポケットマネーで購入したものだよ!!!キミも好きに使ってくれて構わないからね!!!」
「それから……誕生日おめでとう!!!」
クラッカーを鳴らして、ホールケーキまで用意してくれた。
「こんなに食べられないかもって??でもせっかくの誕生日なんだから、雰囲気作りは大事だろう?!!もし食べられなくても安心したまえ!!!残りは全部ボクが頂くからね!!!」
自分はこいつとケーキを囲んだ。
今まで食べたどんなケーキよりも美味しかった。
「あ、そうそう!これをキミに渡さないとね!!!」
そう言って、最新鋭のPCとミントグリーンのテディベアを自分に渡した。
いや、ありがたい、けど……流石に使いこなせないし、受け取るのも憚られる……。
「ん??そんなに高価なものなのかいこれ??ボクはイマイチこの国の通貨のことを理解していないからね!!!そこはあんまり気にしないで、好きに使ってくれたまえ!!!使いこなせないのならボクが使っちゃうよ!!!」
そう言いながら、あんたは早速PCを改造し始めた。流石マッドサイエンティストだ。
その様子を横目に、自分はあんたの髪とお揃いの色をしたテディベアを見つめた。特別ぬいぐるみは好きじゃないのに、とても嬉しい。可愛いな、このテディベア。
誕生日に初めて食べたホールケーキ。
初めて貰った誕生日プレゼント。
今までの人生で一番幸せな誕生日だ。
ちょっと恥ずかしいなんて思いつつ、自分は言った。
「本当に、本当にありがとう。最高の誕生日だよ。」
「んー?なんか言ったかい??まぁ、気に入ってもらえてよかったよ!!!来年に向けて、ボクもまた準備をしておくね!!!」
来年も、こんな風に誕生日を迎えられたらな。
そう思って眠りについた。
「ところにより雨」
目が覚めた。でもまだ眠い。時計を見る。もう8時か。
自分はやっと起きたというのに、自称マッドサイエンティストの子供はとっくに朝ごはんの準備を終えていた。
「おはよう!!!今日も変わらず朝が苦手だね〜!!!」
そう言いながら、そいつはテレビをつけつつトーストと卵を焼き始めた。
テレビから天気予報が流れてくる。
〇月×日、△曜日、ところにより雨───
あー、今日は買い物に行くつもりだったのに、雨が降るのか……。仕方がないけど明日に変えようかな、そう思っているうちにトーストと目玉焼きが出来上がったみたいだ。
いい匂いがする。
「ふふん。今日は久しぶりに目玉焼きトーストを作ってみたよ!!!ボクが作ったんだから美味いに違いない!!!」
そう言って出来立てのトーストを頬張る。
自画自賛は置いておいて、たしかに美味かった。
「あ、そういや今日は買い物に行くんだろう??」
ああ。でも雨だからやめようかと思って。
「そんなこと言わずに〜!!!ボクも一緒に行くから買い物をちゃんとしたまえよ!!!」
やれやれ、仕方がない。
自分たちは冷たい雨の中、買い物に行くことにした。
もう春だというのに寒い。
「冷えるね〜!!!ボクは平気だけども!!!」
チョーカガクテキソンザイは呑気に言う。
家から5分くらいの場所のスーパーにつき、色々と買い物をした。最近減りの早い卵、食パン、トマト、それから夕食用のコロッケ。
「おいキミ!!!これを買い忘れてるぞ!!!」
そう言いながら大量のチョコレートを買い物カゴに放り込んだ。
はぁ……まあいいか。
買い物を終えて、スーパーを出る。
その時、晴れ間が見えていることに気づいた。
傘を差さなくてもいいから楽だと思いつつ帰路に着くと、あいつは急に叫び出した。
「見たまえ!!!ほら、あっち!!!」
言われるがままに指差す方向へと目を向けると、
虹が出ているのが見えた。
久しぶりに見た虹は、街を七色に照らしていた。
たまには雨の日に出かけるのもいいかもしれないな。
そう思って、自分たちはゆっくりと家に帰った。
「特別な存在」
自分は生まれてこの方孤独ばかり感じていた。
家族どころか、行く先々でまるでいないかのように扱われる、静かで平穏な日々。
自分にとっては、それが当たり前だった。
揺り籠から墓場まで、そういう日々が続くんだ。
そういう確信めいたものが、自分の心の中にあった。
だから、今日にも明日にも明後日にも、思い入れなんてないつもりだった。
だけど、あんたが突然現れたんだ。
ミントグリーンの髪で、やたら目がキラキラした、声のデカい自称「マッドサイエンティスト」だというあんたが。
それからというもの、あんたの「宇宙を救ってくれ」という頼み事を解決していく日々が今も続いている。
あんたは少しずつ自分たちの国の暮らしを理解して、あんたのペースを自分に合わせてくれた。1ヵ月ぶっ通しでずっと起きてても平気そうだったのに、「まぁ最適化は大事だからね!!!」とか言って。さすが「チョーカガクテキソンザイ」なだけはある。
それから、「温泉たまごトースト」とか「ホンビノス貝の味噌汁」とか、よく分からんけど美味い料理も作ってくれる。
他にもあんたは色んなことしてくれてるよな。
ニンゲンの感情のことを考えたり、宇宙の構造のことを教えてくれたり、それから、自分と友達になってくれたり。
自分に初めてできた、友達。
気恥ずかしくて直接は言えないけど、自分にとってあんたは特別な存在だよ───
「な〜にを一人でべらべらと独白しているんだい???ちったぁ洗い物のひとつでもしたまえよ!!!」
しまった!いつの間に!!
「へ〜ェ、ボクがキミにとっての特別な存在かぁ〜!ま、悪くないね!!!」
「それはそうと、そろそろあのアニメが始まるよ!!!テレビをつけたまえ!!!」
全く、やかましいやつだな……。
でも、あんたのおかげで、毎日がちょっと楽しい。
言われた通り、自分はテレビの電源を入れた。
「バカみたい」
38万712年と108日。貴方と俺が過ごした時間。
38万712年と108日。俺が貴方の為に犠牲にした時間。
貴方は永遠の国を、たったひとりで治める女王。
俺は貴方を守るために作られた、唯一無二で無敵の機械人形。
貴方も俺も、ずっと平和に暮らしていた。
俺が必要ないくらいに。
「私の後を継いでくれそうなのは、貴方くらいしかいないわね」
なんて冗談を言いながら、貴方は頑強に守られ、暮らしていた。
俺が好きだった、平和の象徴。
朝焼けの色、昼下がりの紅茶、貴方の暃色の髪、子守唄。
俺が好きだった街並。
色とりどりの屋根、機械仕掛けの噴水、清く白い女神像。
俺が好きだった、貴方の───
でも、貴方は数多の罪を犯していた。
国民に重税を課し、小さな国同士での戦争を嗾け、そして唯一神に成り代わろうとした。
俺は貴方が罪人だとも知らないまま、貴方を全力で守った。
貴方の平穏を守るために。
貴方を捕えようとする奴らを、モーニングスターとレーザー銃で蹴散らした。
天国のような純白の城が、あっという間に焼け野原になる。
宝石で作られたシャンデリアも、異国から来た調度品の数々も、全て粉々になった。
俺に敗れた犠牲者の悲鳴も、怒号も、命乞いも、俺の耳には届かない。平和を壊そうとしたのだから、聞く意味はない。
城は随分と壊れてしまったが、修復すれば問題ない。
俺の右腕も壊れてしまったが、修復すれば問題ない。
これで平穏を取り戻せる。そう思ったのに。
貴方は邪魔者に対して叫んだ。
「私は何も知らない!その暴走した機械が全てしたことよ!」
何の話かわからない。俺はただ、貴方の平穏を───
一瞬動きを止めた隙に、俺は残党に捕らわれてしまった。
なのに、貴方は俺の方すら向かなかった。
奴らは俺の話を聞かずに、俺を断頭台へと連れて行った。
俺は民衆の罵声を浴びてやっと気づいた。
貴方が大罪を犯していたことに。
じゃあ、俺は今まで、何をしていたんだ?
ずっと大罪人を庇い続けていた、のか?
永遠に崩れることのない栄光を守っていたわけではなかった?
最後をこんなところで、何の罪も犯していないのに迎える?
意味が、意味が分からない。
俺が生まれた意味も、貴方と過ごした時間も、全て、全てが無駄だった!!
俺は俺の全てを嘲笑した。
全てが!全てが無駄だった!!バカみたいじゃないか!!
「何か言い残したことはないか?」
処刑執行人は俺に言った。
「そんなものはない!さっさと俺を処分でもすればいい!」
こうして、俺は38万712年と108日の人生に終止符を打った。