「怖がり」
夕暮レ時のトンネルで
わたシ あナたと 目がアった
イつも 誰もワたしヲ 見てクれなイ
でモ あなタは 見てくレた
わタしを
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いつも通りの、学校から家に帰るまで通るトンネル。
その中で俺は恐ろしいものを見た。
矢鱈と頭がでかくて、背の高い女?
「見てはいけないもの」って、こういうやつを言うんだな───そう思っている間もなく、「そいつ」は振り返って、俺を見た。
目があってしまった!
その瞬間、俺は弾かれたように走り出した。
あいつから逃げるために、とにかく山道を走り続けた。
どこを通ったのかもわからないまま、いつのまにか家に着いていた。これで一安心、そう思ったのも束の間、リビングのソファに座っていたばあちゃんが言った。
「あんた、檪彁様に魅入られたね!」
は?魅入られ……?
「とりあえずイトウヅさんを呼ぶから、それまで仏壇に手を合わせてなさい!」
何が起きているかもわからないまま、仏壇のある部屋に閉じ込められた。障子の向こうで家族が何か話しているのが聞こえる。ところどころ、聞き取れる範囲で聞くと、ほんとにそんなことがあるのか?という話をしているようだった。
会話の内容はこうだ。
・俺は「檪彁様」という化け物に魅入られた
・檪彁様はこの地域一帯に現れ、「目があった」者を何処かへと連れ去ってしまう化け物
・魅入られる者はほぼ全員女性、特に中学生くらいまでの少女
・明治時代に「天〇〇(聞き取れなかった)」という僧侶に封印されてから今日まで目撃されていなかったのに突然現れた
・今夜俺の家に檪彁様が来る
いや、確かにここは田舎だけど、この時代だぞ?まさか自分の身にそんなことがあるとは思っていなかったから、俺はこの状況を受け入れられずにいた。
しばらくすると、うちに「イトウヅさん」が来た。イトウヅさんは普通のおじさんだった。ばあちゃん曰く、この集落にある神社の神主で、こういう心霊現象的なことが起こったときには頼りになるらしい。本当か?胡散臭すぎるだろ……。
「こんばんは。イトウヅです。檪彁様に魅入られたのは……あ、君だね。しかしどうして君が……?」
「どうも……。ほんとに檪彁様がうちに来るんですか?」
「ああ。君めがけて、真っ直ぐにね。」
「でも、なんで俺がいる場所バレてるんですか?におい??」
「鏡、見てごらん。」
「え?」
俺は絶句した。
額に目のような印が描かれていたことに。
鏡を見ている間もこの印が少しずつ鮮明になっていくのがわかったことに。
「うわっ!!なんだこれ?!!」
「落ち着いて。これで拭けば殆ど取れるよ。」
そう言ってイトウヅさんは変なにおいのする液体を渡してきた。
「なんですかこれ?」
「お酒に清めの塩と唐辛子、あと椦蟐の閠を加えたものだよ。あ、目に入らないように気をつけてね。」
俺はとりあえず額を拭きまくった。
そして鏡を見た。殆ど消えてる。よかった。
「とりあえず応急処置は完了。ただ、朝が来るまでは一番家の中で『護られている』この部屋で過ごしてね。」
「それから、今夜は『誰か』に呼ばれても一切返事をしてはいけないし、この部屋から出てもいけないよ。」
そう言ってからイトウヅさんは部屋の四隅に水晶の玉とお札を置いて、祝詞をあげ始めた。
「今日からしばらくは、様子を見ないとだね。」
「ありがとうございました。」
今夜は長くなりそうだ。
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目ガあッた あナた
どコ?ドこにいルの?
この辺リから 気配がスる
デも コこ 空気ガおかしイ
ここニ 隠れテるの?
「怖がり」だかラ 隠レてるノ?
そうダ! あなタの 大切な人ノ声を借りれバ
きっト アなたも 応エてくれルはず!
「おーい!今から遊ばね?」
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こんなに恐ろしい時間を過ごしているはずなのに、俺はいつのまにか眠っていた。我ながら緊張感がないなと思っているところで、窓をノックする音が聞こえた。
「おーい!今から遊ばね?」
幼馴染の声が聞こえた。
「おーい!今から遊ばね?」
分かっている。これはあいつの声じゃないのに。
でも、教室でふざけ合っているあいつの声を聞くと安心してしまう。
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
声の主は全く調子を変えることなく、同じ台詞を繰り返していた。心底ゾッとする。
しばらくして、外は静かになった。
もうどこかへ行ったか。そう思ったが、今度は母の声が聞こえた。
「お腹すいたでしょ?ごはんできてるわよー」
「お腹すいたでしょ?ごはんできてるわよー」
俺は早くも限界を迎えそうになっていた。
でも、ここで反応してしまったら最後。
とにかく耐えようと思って、俺は持ち込んだスマホを手に取り動画サイトを開いた。
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ねエ そこニ いルんでしょウ?
どうシて 返事 してくれナいの?
さビしイ カなシい
ワたし こワくなイのに
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動画を見ている間も、家族や友達の声、それから古い歌?呪文?が聞こえてきたり、さっきよりも強い力で窓を叩く音がしたりしていた。
なんとか耐えないと。いや、意識しすぎても逆効果か。
……。
せっかく動画を見始めたのに、まるで集中できない。
怖い。
怖いよ。
……。
……。
いつの間にか、俺はまた眠ってしまったようだ。
次目を覚ますと、家族とイトウヅさんが俺の顔を覗いていた。
俺はびっくりして叫びそうになったが咄嗟に口を塞いだ。
「……ふぅ、よかったよかった。」
「これで、これで息子は無事なんですね?!!」
「おはようございます。無事で何よりだよ。
これで一旦、檪彁様は去りました。」
「ですが、彼女は執着心が強いので、このままこの地にいれば必ず何かしてくるに違いありません。なので、突然ではありますが皆様はこの集落からなるべく離れてください。」
イトウヅさんは俺たちにお守りと昨日使ったお酒と色んなものを混ぜた液体をくれた。
「引っ越しについてですが、私の知り合いの貸家がありますので、もしよければ話をつけておきますよ。お金もたくさん払ってもらったことですし(小声)。」
話をしながらも、俺たちは引っ越しのために急いで準備をした。
それからしばらくして、準備がようやく終わった。
疲れたと思う暇もないまま、俺たちは知らない街に向かった。
イトウヅさんの運転するトラックの助手席に乗った俺は、暇だったから外を見ようと窓を開けようとした。しかし、
「少なくともこの集落を出るまでは、窓は開けないほうが、というよりも外の景色はあまり見ないほうがいいよ。いつ何時、檪彁様とすれ違うか分からないからね。」という彼の言葉で俺は窓を開けるのをやめた。
これから俺は、どうしていけばいいんだろう。
家族に危害が加わることがあったら?
友達には、突然の転校をなんて説明したら?
「大変な目に遭ったね。でも、あまり悩んではいけないよ。こういうスキをついて、悪い物がつけこんでくるから。」
全てお見通しだとでもいうように、イトウヅさんはそう言った。
俺はハッとして、なんとなく窓の方を見た。
夕焼け色に染まる空と、連なる山々が見えた。
あの集落はもうここから見ることはできなかった。
でも、そうしか仕方がないんだ。
後ろを振り返ったら、檪彁様がいるかもしれない。
前を向くしかないんだ。
俺はそのことを悟って、気を引き締めなおした。
「星が溢れる」
あれは私がこの世界を作った時のこと。
「あなた」がこの世界に生まれる前、私は「あなた」の心を満たせるように、いろんなものを作りました。
はじめは、大地と海。その次に草花と生き物。
小さな街も、メトロポリスも、「あなた」が楽しんでくれそうなものは、なんでも作りました。
でも、何か足りない。これでは「あなた」が満たされない。
ここで私は気づいたのです。
空を見上げた時、何もないことに。
そして私は決めました。太陽と月を作ることを。
私とあなたが出会ったあの時のようなあの夜がまた見たくて。
「あなた」の笑顔が見たくて。
満ちる。星が満ちる。
それから、もっとたくさんの星で世界を飾りました。
これできっと、「あなた」もたくさんの星々から誕生を祝福されるはず。
溢れる。星が溢れる。
「あなた」がこの世界に生まれてからも、私は毎晩、星を作り続けました。彗星も、銀河でさえも作りました。
「あなた」が望めば、なんだって。
世界を星で溢れさせながら、私は「あなた」で溢れる。
このまま、ずっと永遠に。
「安らかな瞳」
薄明を 街の目覚めを 見届けて
もう眠ろうか おやすみなさい
菜の花とうららかな風を見つめて
安らかな瞳(め)で何を思うか
故郷よ 移り変わりし 故郷よ
あなたは私を まだ見ているか
色褪せた いつかの思い出 切り取って
壁に飾れば 心が満ちる
眠る時を 私と街が 眠る時を
安らかな瞳は 見つめています
「ずっと隣で」
なんでもない、普通の日常を突き破ってきた超科学的存在。「ボクと一緒に宇宙を救ってくれ!!!」なんて荒唐無稽なことを初っ端からぬかされてからの騒々しい人生。
自分が最期の時を迎えるまで、そいつはずっと隣でやかましくしていた。
「なんでキミはベッドからなかなか出てこないんだい?」
「キミはもっと自分を大切にしたほうがいい」
「おーい!!!ゲームしようぜ!!!今回もボクが完全勝利するけどね!!!」
孤独で寂しい人生を送っていた自分に初めてできた仲間。
そいつにとって自分なんか「銀河の中の知的存在のうちのひとつ」かつ「研究用サンプル」くらいでしかないだろうに、随分と親切にしてくれた。
最初は正直信用もできないし、いきなり居候されて困惑するしかなかったが、一緒にいて互いのことが分かっていくと、「宇宙の危機」を共に乗り越えようと本気で思えるようになった。
「胡散臭い自称マッドサイエンティストの子供」から「親友」になるまで時間はかかってしまったが、そいつは諦めずにずっと自分の隣にいてくれた。
隣にいてくれるひとなんてこれから先も居ないんだろう、そう思っていた。でも、あんたは「暇つぶしだよ!!!」とか言いながらこんな人生を変えてくれた。
ありがとう。つまんない暮らしを賑やかにしてくれて。
ありがとう。毎朝作ってくれた温泉たまごトースト、美味しかったよ。
ありがとう。宇宙のこと色々教えてくれて。
ありがとう。最期まで隣にいてくれて。
でも、自分はあんたのために、何かできたんだろうか?
もう終わるっていうのに、今更不安になってきた。
身体が闇に沈んでいく。
だんだん体が軽くなっていく。
音も遠くなっていく。
……。
……あれ、まだ意識がある。というか自由に動き回れる。
隣にはあんたがいる。いつもとはうって変わって泣きそうな顔をして、「かつて『自分』だったもの」を見つめている。
試しにそばにあった花瓶を触ってみる。あ、透けて触れられない。電気のスイッチも駄目か。
どうせ無理だろうと思って、あんたの頭にチョップを仕掛けてみる。
ごちーん!!!!
「痛った!!!!はぁ?!?!!!」
「痛って、でも触れた。……おーおー、マッドサイエンティストの端くれのクセして辛気臭い顔してんな〜。」
余裕なふりをしているが自分も心底驚いている。
驚きを隠しつつ、会話を続けた。
「『チョーカガクテキソンザイ』なんだったら、冥界のことも知ってるはずだよな〜?」
「まぁもちろんだとも!!!だがキミはそういうの興味なさそうだったから、少々驚いたのさ!!!」
「もしかして、また会えたらなぁ〜とか思ってた?www」
「まさか!!!ボクが!!!キミに?!!」
「まぁ元気そうで何よりです。それよりも、前言ってた『青方偏移がどうのこうの〜』はどうなったんだ?」
「?」
「え〜……まぁ、アレだ。暇だから手伝おうと思って」
「!!!……我が忠実なる僕(しもべ)よ……再び契約を結ばん……!!!」
「ま〜た拇印かよ……」
まさか自分の人生に続きがあるとは思いもしなかった。
今度は自分があんたのために何かできたらいいな。
そう思って、自分は病院の部屋を後にした。
「もっと知りたい」
この星にやってきてから数日!!!この星に関するデータはボクの記憶領域にだいたい格納済みだ!!!しかし、データを手に入れただけでは満足できない!!!
だからボクはもっと知りたい!!!
この星の食べ物。この星の文化。この星の概念。
そして、キミの好きなもの。キミの心を温めるもの。
キミはどうやら今までのニンゲン関係に恵まれず、あまり充実した人生を送ってこなかったみたいだ。
だから今でも、ひとりぼっちだ。
ボクの知的好奇心を満た───いや、ボクが管轄する宇宙のひとつを吸収する謎の存在の正体を突き止める為に、そしてキミの人生を少しくらいは豊かにできるように、ボクはもっと知りたい!!!
「というわけで、教えてもらおうか!!!」
なんなんだ急に!教えろと言われたって何を教えればいいのか分からない!
「研究の役に立ちそうなことならなんだっていいんだ!!!なんなら昨日の晩に食べたもののことでもいい!!!」
本当にそんなものが役に立つのか?
だいたい、こういう研究は信頼関係があってこそ成り立つものだろう?
「確かに、キミの言い分も一理ある!!!だが、今はとにかく!!!ボクが仕入れた星ひとつ分のデータが正しいかどうかを確かめたいのだよ!!!」
星ひとつ分のデータとか言われても、自分はそこまで物知りではないうえ、自分のせいでデータの中の「正しさ」が歪んでしまう可能性もある。一面だけで物事を判断するのはあまりにも危険だ。
「そう言われてもだな……ボクを認識できる知的存在がキミしかいないんだから仕方ないだろう!!!それに、ボクはマッドサイエンティスト───つまり、研究者の端くれということさ!!!そのくらい百も承知!!!まあいい、とにかくなんでもいいから話してくれたまえ!!!」
そうだな。
「うんうん!」
昨日食べたものは、
「うん?」
もつ鍋。
「もつ鍋」
そう、もつ鍋。
「なるほどなるほど……」
「……って、それでボクが納得するわけなかろう?!?!!いいかい、今夜はボクが満足するまで話してもらおうか……!」
はぁ……まだ寒い季節なのに夜更かしか……。
世界を救うために、頑張るか。