「過ぎ去った日々」
キミと出会ってから早数十年。
ボクは色んなことを一緒に経験した。
美味しい温泉たまごの作り方。布団の柔らかさ。一緒に遊ぶゲーム。キミの心の傷を癒せたかどうかはわからないけれど、精神的に危なっかしいところがあったから、正直言って色々心配だったよ。
でも。キミはちゃんと自分の幸せを掴み取った。
ボクは心底安心したよ。本当に良かった。
命が尽きるまで、キミの心は満たされていたと信じたい。
色んなものをくれたキミ。一緒に宇宙を救ってくれたキミ。
ボクはキミと出会えて、とても幸せだった。
でも、それはとうに過ぎ去った日々の話。
ボクの髪もいつの間にやら色褪せてしまった。
そのうちもっとこの身体も少しずつ機能を停止して、やがて動けなくなる。
その時が来るまで、ボクはキミのことを忘れないよ。
本当に、本当にありがとう。
「お金より大事なもの」
「おはよう!!!今日は珍しくボクが朝ごはんを作ってみたよ!!!見よ!!!この温泉たまごのせトースト!!!何をかけても美味いに違いない!!!」
おはよう。朝から声がデカい。
温泉たまごのせトーストってなんだ?
……まあでもうまそうではある。
身支度をして、自分は居候の自称マッドサイエンティストが作った温泉たまごのせトーストを食べる。
「そういや、キミに聞きたいことがある!!!キミには『お金より大事なもの』ってあるのかい??」
急だな!なんでいきなりそんな事を?
「いや〜、この前やってたテレビ番組でそういう質問が出てきたからさあ!!!せっかくだからキミにも聞いてみようと思ってね!!!」
自分は考えを巡らせる。お金より大事なもの、か……。
もっと思いついてもよさそうなものだが、生憎何も思いつかない。そんなはずはない、そんなことはわかっているはずなのに。
「き、キミって……拝金主義者だったのかい……?!!そういう一面もあるんだねぇ……ちょ、冗談だって!!!だから睨むのはやめてくれたまえ!!!」
「まあ、キミが悩んだとおり、すぐに答えられる質問じゃあなかろう。そうだなぁ、例えば———」
「ボクとの絆はお金じゃあ買えないよ!!!いくら大金を積もうが、ボクを認識する才能は手に入らないし、キミと過ごした時間を買うなんて事もできない!!!」
「それに!!!六文銭のような弔いの文化こそあれ、キミは生まれるためにお金を払ったのかい?「生まれるまで」と「生まれてから」はお金がかかっただろうけど、きっとそんなことはない!!!第一、「誕生法第455条」に「生成、誕生の際は通貨を差し引くべからず」と———……(以下略)
確かにそうだ。「お金では手に入らないもの」はたくさんある。だが、「お金では手に入らない」から「大切」と言い切ってしまうのは少々乱暴な気もする。
「う〜〜む……お金で手に入ろうがそうでなかろうが、それを大切と思うかどうかはキミ次第!!!だが覚えておくといい!!!お金で手に入れられるものっていうのは、往々にして誰かの時間と命の結晶だ、って事をね!!!」
「……少なくともボクは思うよ。キミはキミ自身をもうちょっと大切にした方がいい。今みたいな雑な生活を送っていたら、せっかく作れるようになった温泉たまごを早々に誰にも振る舞えなくなるじゃないか!!!それに、研究にも多大な影響を与えるし!!!」
「だから、頼むよ!!!ボクはマッドサイエンティストだから話を聞くのも得意なんだよ!!!少しずつでいいからなんでも話してくれたまえ!!!キミの為にも、ボクの為にもね!!!」
そうだ。自分はいつも何かを拒んでばかりいる。自分自身でさえも。
少しは心を許しても、いいのかな……。
ジャージのポケットに入った小銭をじゃらじゃら言わせながら、自問自答を繰り返した。
「月夜」
ここは不思議の森。みんなが知っていて、みんな知らない場所。
今日はここで夜のお茶会が開かれる。
数多の花に照らされながら、星のように森の住民は囁きあう。
ここは楽園。居場所を失ったすべての存在の終着点。
望んだものはなんでも手に入り、苦しみは消える。
やがて意識も薄れて、最後は森の一部となる。
そんなこの場所に、旅人がひとり迷い込んできた。
煉瓦色の髪の、全てを消し去りそうなほどの暗闇を目に宿したその人は、何も言わずにゆっくりと歩いていた。
そんな旅人を見た蟹と街灯のキメラ、そして頭がクマのぬいぐるみでできた市松人形が声をかけた。
「こんばんは。あなたもお茶会に来たのですか?」
「……」
「お菓子 美味しいヨ」
「……」
「……。あなたがこの森に来たということは、おそらくあなたにも望むものがあるのでしょう。」
「そウ!ここは いいとこロ!さア 早速お茶会に行こウ!」
木々の間で開かれる月夜のお茶会。
そこでは、パッチワークでできたビスケットに朝露に夜の帳を溶かしてできた紅茶、氷河のケーキ、とにかく色んなものが並ぶ。
「着いたヨ!ほラ これ 食べテ!」
「どれでも好きなものを好きなだけお召し上がりください。」
旅人は沈黙を破らないままケーキを頬張った。
「どウ?美味しいでしョ?」
今度は蛍光色のマカロンに手をつけた。
よほど腹が減っていたのだろうか。
黙ったまま食べ続ける。
「せっかく出会ったので教えてください。あなたの望むものは何ですか?」
「私モ 気になル!」
ようやく旅人は空に浮くくらげを見つめながらその重い口を開いた。
「……無くしたものが欲しい」
「そして、手に入れたものを全て取り戻したい」
「欲しいもノ いっぱいだネ!でモ 大丈夫!ここにいたラ いつかきっト 手に入るヨ!」
「森の一部になるその時まで、きっとあなたは満たされていることでしょう。」
しばらく沈黙が続いたあと、さっきまでとはうってかわった様子で
「さて!!!」
とだけ言い残し、どこかから取り出してきた袋にお菓子を詰め込んで走り去っていった。
「早速、望んだものが手に入ったようですね。」
「髪の色モ 変わってたネ!よかっタ よかっタ!」
この夜が森の一部となったので、月夜のお茶会はほのかに甘い香りを残し、終わりを告げた。
不思議の森は、いつもどこかであなたを待っています。
「絆」
「おいキミ!!!教えてくれたまえ!!!」
自称マッドサイエンティストの子ども(?)が自分に聞く。
宇宙を救うために知らなくちゃいけないことなのか?
昨日は「ムー大陸は本当にあったのか」「布団から出られなくなる理由」「明日の昼ご飯は何か」「猫ってかわいいね」「高いヘッドンホホが欲しい」などなど、少なくとも「宇宙を救うため」に必要だとは到底思えないことばかり聞かれたから、ついそう思ってしまった。
「ああ!!!必要だとも!!!ボクを疑うっていうのかい???」
「……まあいい。ところでキミは『絆』って何かわかるかい?色んな作り話で取り沙汰されるコイツの辞書的な意味はちゃーんと確認したよ!!だが、だいたいの話ではあんまり現実味がなさそう……というかボクを認識できるニンゲンが今んとこぼっちのキミだけだから、『絆』が存在するかどうか確証が持てないのだよ。」
「というわけでボクは思いついたのさ!!!キミとボクとの間で『キズナ』を育もうじゃないか!!!いいアイデアだろう?!!」
絆。人と人とを繋ぐもの。
ミントグリーンの髪のコイツよりもこの星で過ごした時間は多いはずなのに、自分はちゃんと「絆」を知らない。
なんでだろう?考えても無駄か。
「……心中お察しします!!!まあキミがこれから誰かと深く関わる時のための練習だと思って、ボクと仲良くしてくれたまえ!!!」
「そうだね〜……まず、ボクはキミの事をよく知らないといけないし、逆も然りだ。今夜は色々語り合おうじゃないか!!!」
今日の夜は長くなりそうだ……。こんな調子で宇宙が救えるのか?
まあとにかく、自分たちができることをやるだけだ。
今まで出会った誰かと、これから出会う誰かのために。
「たまには」
去年の冬の始まりの頃、紅葉が綺麗かもしれないと思って近くのお寺まで散歩しに行った。基本的にはインドア派だからあまりこういうことはしないけれど、たまにはそういうのもいいかと思って。
ここに前来たのは桜の季節だっただろうか。今ではすっかり花も散り、葉でさえも散りかけている。もう少し早く来たらよかったなぁと思いながらとりあえず写真を撮った。
相変わらず観光客が多いと思っていると、後ろから黄色い歓声のようなものが聞こえてきた。そんなに感激するようなことがあったのだろうか?いや、もしかして私の頭に変なものでもくっついている、とか……?
色々考えを巡らせつつ周辺を彷徨いていると、着物を着た観光客3人組が声をかけてきた。なにごとかと思い聞けば、学校の課題か何かで観光地についてのアンケートをとっているらしい。
地元の人間だからあんまりアンケートには役に立たないかもしれないなぁと思いながら質問に答えた後、3人組の1人が「そのキャラクター好きなんですか?!!」と聞いてきた。
あ、そういえば少し前に届いたマイナーなゲームのキャラクターのアクリルキーホルダーを付けていたんだった。私は控えめに返事をした。正確には、まさか自分が声を掛けられるとは思ってもいなかったから、いい反応ができなかった。
「めっちゃいいですよね!!」
「私は〇〇推しなんですよ〜!!」
嬉しそうに、口々に推しを語る人たち。
私はというと、
「はぃ……いいですよねぇ〜(わかる〜〜!!!)」
「ほぉ……すごい(すご!!!絵描けるの羨ましいです!!!)」
心と言動が一致しない会話を繰り広げていた。
へなへなした返答をした後、せっかく奇跡的に出会えたから一緒に記念撮影しましょう!!!とのことで、着物で綺麗に着飾った彼女達とあまりなにも考えずに着た服の私はお寺を背景に写真を撮った。
観光楽しんでくださいね〜などと当たり障りのないことを言って別れた後、自分の服をよく見た。そして気がついた。
生成りのニットに白の綿パン。全身ほとんど白。しかも綿パンはさっき食べたほうじ茶アイスにかかっていた粉でちょっと汚れていた。
ああああなんでこんな格好の時に写真をおお??!もっとマシな返答できたろう?!!!!あああああああ!!!!
ともかく、好きなキャラクターの話ができる人がいなくて寂しい思いをしていたのは確かなので、混乱しつつも嬉しかった。
もしまた彼女たちに会えるなら、是非こう言いたい。
「あの時はありがとうございました!今度はもうちょっと会話のシミュレーションとお洒落をするので!もっとお話ししましょう!!」