わたしの前世はきっと、中世のヴァンパイアだ。
紫外線を浴びると身体中の皮膚が赤くなり、湿疹が出来る。所謂「日光アレルギー」というやつだ。
わたしは中学を卒業して以来、一度も屋外プールや海に行ったことがないし、夏場は常に日焼け止めを塗るなどして徹底的に紫外線をガードしてきた。
高校の頃、中度のニキビに悩まされたことをキッカケにスキンケアに興味を持つようになり、基本の洗顔や化粧水、パックなどには気を使ってきた。社会人になり自分で稼げるようになってからは、週に一度のペースでフェイシャルエステにも通った。その甲斐あってかアラサーになった今も、肌綺麗と褒められるし、ノーファンデ生活を貫いている。肌が綺麗だと若く見られるし(今でも未成年に間違われるのだが)、化粧にも余り気を使わなくて良いため、女性にとっては一石二鳥といえるだろう。
そんな「肌綺麗」で貫き通してきたわたしだが、今まさに肌荒れしている。所謂大人ニキビというやつで、顎周辺に白ニキビが幾つか出来ているのだ。醜形恐怖症で肌荒れに対して過剰に反応してしまうわたしにとっては、地獄である。肌に吹き出物1つあるだけで気分が下がり、引きこもりがちになってしまうからだ。肌荒れしてしまったのは、皮膚科の先生曰く体調不良と向精神薬のせいらしい。どうやらわたしの体は今、大分弱っているようだ。占いによれば(自分で自分の運勢を占った)、内臓疾患ではないようだが、皮膚疾患も精神的に中々厳しいものがある。皮膚科で処方してもらった塗り薬で凌いでいるが、薬のお陰というよりも食と睡眠、そして時間を経たお陰で良くなってきたように感じた。
顎の白ニキビは大分無くなってきたので、あとは肌の自然治癒力(ターンオーバー)に任せ、焦らず見守りたいと思う。
その日1日の行動と選択が、人生を左右するのだと思い知った。
あの日風俗じゃなくキャバクラに足を踏み入れていれば…。
あの日下剤を360錠飲んで救急搬送されなければ…。
後悔をしても、もう遅い。誰かさんの言葉を借りるならば、「人生は失敗の連続」だからだ。
それにしても私は、激動の20代を歩みすぎている。
常にお金のことを考え、どんなに辛い思いをしてもひたすらに稼ぐということを重視していた。
唯一の楽しみといえば、タンス貯金。万札を10枚ずつ束ねては、悦に浸るのだ。諭吉いやお金は、究極の精神安定剤となる。お金は心の余裕に繋がり、「これだけ持ち合わせがある」という安心感になり得るのだ。だから私は、ひたすらお金に執着した。最高日給は援助交際で得た10万円だ。その10万はホストクラブで全て遣ってしまったが、全く後悔はない。一時期ホストクラブにハマってトータルで100万以上費やしたのだが、それらも全て自分で選んだ選択であり、ひとつの人生経験として実りあるものである思っている。
風俗も、同じようなものだ。決して人様に誇って言える仕事ではないが、究極の接客業であると思う。嫌な思いも沢山したし若干(いやかなり)男性不信になったけれど、物理的にも精神的にも得たものが多い。私の場合プレイではなくお話重視のリピーター様が多かったから、きっと私はコミュニケーションを取ることを得意とし、とりわけ「聞く」という能力に特化しているんだと思う。
この所謂「コミュ力 」については心理検査においても高い数値が出ており、能力自体は低いがそれらをカバー出来る程のものであるといえた。
コミュ力が高ければ、一般社会でも通用する。だが今の私は、それを発揮しきれていない。再三に渡って言うが精神疾患のせいだ。
精神疾患が、私の全てを狂わせた。だがスピリチュアル的な考えをすれば、私が精神疾患になったのも、今世における修行であるといえるのだ。魂をよりよくするため、神が与えた試練。そうとでも思わないと、やってられない。
嗚呼私の試練はいつまで続くのだろう…。医学的には一生完治することはなく、寛解どまりだといわれている。
せめて寛解して、普通の生活を営みたいと思う。
障害者ではなく、健常者になりたい。
そう願うことの、何が悪いというのだろうか。
私は風俗の世界に19歳から飛び込み、援助交際、パパ活など、グレーの世界で生きてきた。
普通に派遣もやっていたけれど、どんなに頑張っても日給8000円。高校の文化祭でイベントの企画・運営をしてから、ずっとイベントの仕事がしたかったし、そういった類の専門学校に行きたかった。けれど東京の専門学校に行かせる学費はとても出せないということで、夢半ば諦めることになった。
そもそも私の父親の稼ぎでは、高校卒業後に進学することすら困難であった。
だから父方の祖母に頼みにより、半強制的に県内の行きたくもない大学に進学するしか無かったのである。
行った大学はどちらかといえば理系で、必修科目に簿記があるような感じだった。完全なる文系の私には簿記なんてこれっぽっちも理解出来なかったし、慣れない環境に適応出来ず病んでしまったので約半年という驚異的に早いスピードで中退してしまったのだ。結果、私の最終学歴は高卒になった。
中退してから私は、風俗・派遣と我武者羅に仕事をした。主にライブ会場でのグッズ販売(所謂物販)をやっていたのだが、長野県内だけでなく新潟まで飛ばされ、仕事をさせられる始末。おまけに何十人規模の現場のチーフを何度もやらされた。私の物販としての地位と評価は、歳と共に上がっていったのである。しかし、突然、現場で呂律が回らなくなった。脳梗塞か何かの前触れかと思い病院に行ったが、何にも異常は無かった。同時期に摂食障害で入院してしまったこともあって、私は完全に表の仕事から離れることになってしまう。
呂律が回らなくなるのは解離性障害の症状であり、完治しないと言われた。同じく、摂食障害も…。
これが夢だと、信じたい。
病気にさえなってなかったら、今頃私はプロのグッズ販売員として現役で働いていることだろう。
病気とりわけ精神疾患は、その人の人生を壊し、無に帰する。
特段自分が不幸だとは思っていないが、何故私が?という思いはある。偶々私が精神疾患だっただけで、他にも身体的な病気を抱えている人が大勢居るわけだから。
私にも幸せになる権利があるはずだ、だから不幸の押し売りを、辞めた。
明日目が覚めたら、図書館に行ってタロット占いの勉強をしよう。タロットリーディングマスターの資格を取得するため、目下勉強中だ。
何か夢中になれることがあれば、いい。
一時でも気が紛れ、希死念慮や摂食障害の症状から逃れることが出来る。
目指せ!タロット占い師。
私は占いは勿論、文章も書ける占い師になることに決めた。
閉鎖病棟の窓から見える景色はいつも殺風景だ。
唯一下界と繋がっていると言えるベランダも、洗濯物の物干しスペースと僅かな植物が見えるだけで、行っても全く気分転換にならない。まさに籠の中の鳥…その言葉がしっくりくる。閉鎖病棟といえど、任意入院の患者には解放措置を取っているらしい。私はここ最近、医療保護入院ばかりで約1ヶ月間外に出られないこともあったから、自由で時間の融通が利く患者を羨ましく思った。
医療保護入院になるということは、「頼むから入院させてくれ」と家族が先生に泣き付いたということである。私の場合は躁転、解離し、母を殺すと騒ぎ立てたため、警察車両で病院まで行ったのだ。普通警察沙汰になれば措置入院になるのだが、何故かそれは免れた。措置入院になれば最低3ヶ月は入院していなければならないし、確実に急性期病棟から慢性期病棟行きである。慢性期病棟は医療費が安いだけあって、看護師の数も少ないし、急性期病棟のような手厚い看護が受けられない。何十年と入院している患者もいて、患者同士の絆というか連携が強い気がした。私も慢性期病棟に約4ヶ月居たが、環境に適応出来ず、ストレスにより入院当初から6kgも痩せた。ダイエットという点においては成功したと言ってもよいが、決して健康的な痩せ方ではなく「摂食障害」のそれであった。退院した今も摂食障害に悩まされており、体重はほぼ元に戻ったものの、嘔吐と下剤乱用が辞められずにいる。
摂食障害も解離性障害も、一生治らない病気であると、看護師と主治医に言われた。規則正しい生活を心掛け、服薬し、決してキャパオーバーになるようなことをしない…それが主治医から課せられた課題だ。それでも駄目なときはある、そんな時は病院に頼ってもよいのだ。また急性期病棟に入り(退院してから3ヶ月経たないと入れない)、心身共に休養すればよいのだ。病院を上手く利用しながら、これからも生きていく。
午前2時。
深夜特有の空虚感と孤独感を、薬とアルコールでやり過ごす。
静まり返った部屋でただひとり、自分だけがこの世界に存在しているのではないか…という気にさえなる。
5分毎にSNSをチェックしてはいいね!が付いていないかどうか確認した。
何でもいい、誰でもいい、誰かに認めて欲しかった。
この世に居てよいのだと、目を見て言って欲しかった。
私はビールを1口あおると、エアコンの温度を2度上げた。流石にこの時間に、室温18度は涼しすぎる。
明日…いや今日も猛暑日になるらしい。
あと2時間もすれば、外が明るくなる。また新しい1日が始まる。
思わず溜息が出る。ただでさえ精神不安定なのに、連日のこの猛暑で自律神経がヤられてしまい安定剤が手放せないからだ。
いや、暑さだけではない。今の自分を取り巻く環境が、宜しくないのだ。自分には長所も誇れるところも、何も無い。ただ息をしているだけの、肉塊に思えてならなかった。
何故生きている…?
何故薬を飲んでまで生きねばならない…?
そもそも生きることに意味はあるのか…?
考え始めると、止まらない。涙も、止まらない。
こんな醜態を誰かに見せることも、誰かに助けを求めることも、出来ない。
面倒臭く扱いにくい奴だと思われるに違いないからだ。
だから私は、ひとりでいたい。
いつか心の拠り所はほしいけれど、今はひとりでいい。
ー誰か私を、見付けて。暗闇から助け出して。
そんな言葉を飲み込み、私はそっと目をつぶった。