ピアノを始めたのはいつだっただろうか。正確には覚えていないが、小学生の頃には鍵盤に指を置いていた。初めて弾いた曲さえ覚えていない。
有名な曲といえば「エリーゼのために」だったりとかだろうか。それすら、右手で少しメロディを弾けるだけになってしまった。
そう思えば少し淋しく、残念なことだが、仕方の無いことだった。金銭的な余裕がなくなってピアノを辞めたのも、時間が経ち、曲を忘れたのも。
しかし、私が曲を弾いたという事実だけはこの壊れた電子ピアノと共に残っている。それだけで充分だ、と納得するようにした。
誰でも弾けるのかもしれないが、私は「きらきら星」がお気に入りだった。時々、気が向いたら、ほんの少しだけ弾いている。問題なく指を動かせるのはかつての事実があったお陰だろうか。
死人は消えたらあの世へ行くという。なら、記憶は何処へ行くのだろうか。事実は何処へ行くのだろうか。死人と共に消えるのだろうか。それとも、また別のところへ行くのだろうか。
願わくば、こんなところへ留まらないで欲しい。ピアノならば、美しい旋律を奏でてくれる誰かの元へ。もっと裕福な家庭で。忘れられないところで。
ふと我に戻って、私は電子ピアノの解体作業を進めた。
「遠くの空へ」
最近、絵を描くことを続けている。まだ数ヶ月と短いが、私にしては長く続けている方だ。始めたての頃は確かに好きでやっていた。この感情に間違いはなかったと断言しよう。
断言できていた。
近頃、この感情に間違いがあったのではないかと悩んでいる自分がいる。私が好きだったのは、「絵」ではなくその先にあった「賞賛」ではないだろうかと。私は絵が好きだから自分は絵を描いていると思い続けていた。しかし、SNSに絵を投稿する自分や、いいねの数に心を動かされる自分を顧みる度、自分に対してどうも疑ってしまう自分がいる。
私は本当に、絵が好きなんだろうか。私が絵を描き続けているのは、「絵」が理由ではなく、「賞賛」が理由なのだろうか。
世の中には、賞賛されたくて絵を描く人がいる。無論、賞賛されたくて絵を描くことも間違いではないのかもしれない。人の心理に詳しい人はコレは危険だ、と言っているのをまま聞くが、だからと言って絵を描く行為を止めることはできないと思う。
「賞賛」に縋り生きる人々が求めるものを得る唯一の手段なのだから、彼らはその手段をそう簡単には捨てまい。
そしてもうひとつ、絵が好きだから絵を描く人がいる。ただ絵が好きで、好きなものを皆に見せたくて、それだけのただ純粋で、綺麗なもの。子供のように純粋無垢な欲求のまま絵を描く人。そう、子供のように。
私は信じていた。私は後者で、前者のようにただ人に褒められたいだけの虚しい人ではないと。私はただ絵が好きだから。「絵」が好きだから、「賞賛」は二の次にあると。
しかし、子供の頃より少しだけ大人になった今、「賞賛」される喜びを知ってしまった。絵を描くことでは得られなかった、他人から与えられる喜びを。そして、その喜びの儚さと、危険性も。だから、自分は違うと必死に言い聞かせて描き続けている。
時折、優しい人は「信じて描き続ければ大丈夫」と言ってくれる。その時に、ある感情に襲われる。
絵が好きな彼らはきっとこの感情を知らないのかもしれない。それか、忘れたのかもしれない。私は忘れたんだと思う。
私は、とっくに信じている。しかし、その先でこの現状なのである。貰えるいいねは2桁を超えず、貰えるいいねもお情けにしか思えない。誰も私の絵を見てくれない。私は、私が描いた絵は、好きの正反対にある無関心に常に晒されている。
頑張っているんだ。その上で、これ以上何を頑張ればいいんだ。ただ我武者羅に頑張って、ゴールの先に何があるかも知らず、ゴールがあるのかも分からず、取り敢えず筆を握っているんだ。
どれほど頑張っても、上には上がいるのが世の常だ。その人たちは「絵」か「賞賛」か、何が目的か知らないが、今も絵を描いて、今も上手くなっているんだろう。どれだけ真似をしても追い付けない間を常に感じている。
この感情を絵で表現してみようか。表現したところで誰も見てはくれない。気に留めない。もっと描いて、もっと上手くならなければならない。
何故
こう考えた先に辿り着く疑問に、胸を貫かれる。何故私は筆を握るのか。そこまでして「賞賛」が欲しいのか、そこまで「絵」が好きなのか。
分からない。今の私にはまだ分からない。答えが分かるかすら分からない。きっと片方だけでは無いんだろう。片方だけなら既に分かっていただろう。
私か求めるものも、この感情の名前も、複雑さも、分かるかもしれない。今は可能性に掛けることにした。
きっと、その可能性は低い。検索すれば分かってしまうような単純なものではないだろう。そうだとすれば、私はここまで「絵を描く」ことに執着しないだろうから。
私は筆を握っている。
「!マークじゃ足りない感情」
最近よく桜に関するニュースを目にする。朝のお天気と一緒に桜の開花情報なんてざらだ。最近の桜はよく通りすがりに見るとイメージすることが増えた気がする。一昔前だとスーツにビール瓶で酒仰いだリーマンとか…桜と言うよりお花見(お酒を飲んだりする人達)をイメージしていた。
自分はアウトドアではないもので、桜の花言葉について調べてみた。
桜の花言葉は桜が持つ「儚さ」に因むものらしい。確かに、桜は咲き誇ったと満を持して見に行けば散っている。地面に踏み潰された花弁を見た時のあの複雑な気持ちといえばない。
調べたと同時に出てくる桜の画像を拡大して見る。桜は花の単体で見ればそう美しくもないのだろうか。なんというか地味に感じてしまった。しかし、複数枝先に咲く姿は美しいと感じた。…富士山と同じ感じだろうか。
次に桜にまつわる言葉について調べてみた。なんだか厨二心を擽る言葉が多いなと言うのが初手の感想だった。ふと目に付いたのは「桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿」という言葉。桜は繊細だから切っちゃダメだけど梅は図太いから切っていいよみたいな意味だった。なんか桜って面倒臭いな…女みたいだ。桜を愛で育てる人達は顔が良ければどんなワガママも聞く、面食いに違いない。
その下には「桜は桜木、人は武士」という言葉が書いてあった。これは初耳の言葉だった。武士が現存していた頃には結構有名な言葉だったんだろう。花では桜が最も優れていると言っても、結構感性によるのでは?まぁでも今は海外の花とかも入ってくるけど当時は鎖国とかあったらしいし知らないのも当然か。
朝のニュース画面に目を戻す。
桜、言うほど咲いてないな。都内だけだろうか、咲いてるところは徹底的に咲いてるんだろうか。
こうなればもっと桜について調べてみようか。桜にまつわる雑学とか、花言葉についてももっと掘り下げてみてもいいかもしれない。
テーマ『桜』
春爛漫とは、『春の花が咲き乱れ、光に満ちた様子を表す言葉』である。
春爛漫と聞けば、淡く色付いた桜の木々を想像する人が多いだろう。
梅「…自分達も咲き乱れてるんですけどッ!!」
菜の花「いや、梅さんいいほうじゃないッスか。平安時代とかめっちゃ歌詠まれてたんでしょ?」
藤「確かに春と言えば桜みたいなとこあるなぁ。その他の花も頑張ってるんやけどねぇ」
チューリップ「ジブンもガンバって咲いてマス!」
梅「チューリップくんカラフルでいいよね。日本系の花にはない鮮やかな感じアレ好きだわ〜」
チューリップ「アリガトーゴザイマス!ガーデニング力入れてます!初心者にもオススメデス!」
蒲公英「遅れましたぁ〜」
菜の花「あ、チッス!いいよいいよ、綿毛飛ばすから遅れるって言ってたもんね〜」
藤「二人は相変わらず仲ええねぇ」
菜の花「両方天ぷらが美味しいんで!」
蒲公英「意外と知られてないんですよねぇ…食用にもいけるんですけどぉ…」
藤「そうなん?今度ウチも天ぷら食べてみたいわ」
蒲公英「ぜひぜひ〜!あ、春乃七草堂さんの蒲公英の天ぷらが美味しいですよぉ」
梅「自分酸っぱいから子供から疎まれがちなんだよなぁ。おにぎりでは王道だけどさ」
チューリップ「梅干し大好きデス!熱中症タイサク!」
梅「お前分かってんな…ホント大好き…」
桜「お待たせしました。春の主役さん来ましたよ」
ツツジ「お弁当持ってきました!」
桜「ツツジちゃん特製躑躅酒です」
チューリップ「桜さん、これなんて読むんデスカ?」
桜「つつじと読みます。ツツジちゃんの名前を漢字で書くとこうなるんですよ。この躑躅酒は甘くてとても美味ですよ」
ツツジ「よく漢字難しいって言われます…」
チューリップ「そんなことナイデス!カッコイイデース!クールジャパン!サムライ!」
ツツジ「チューリップさん…!私なんて昔から子供達に吸われてばっかりだった私をそんな好きだなんて…!」
チューリップ「そこまで言ってないデス」
桜「ほら、そろそろ開けますよ。乾杯しましょう。早くお酒が飲みたくて堪らないんです」
梅「じゃ、カンパーイ!!」
桜「乾杯〜」
菜の花「やっぱ菜の花を料理するなら天ぷらしかない気がするんスよ」
蒲公英「そうですかぁ?おひたしも好きですよぉ」
藤「相変わらずツツジちゃんのお弁当は美味しいなぁ。流石やわ」
ツツジ「そんな、藤さんまで私のことを…!?私にはチューリップさんがいるのに…!」
チューリップ「全部気のせいデス!でもツツジさん料理上手デス!」
春爛漫とは、『春の花が咲き乱れ、光に満ちた様子を表す言葉』である。
…が、花々が集まって美味しい食べ物を食べて酒を飲むこの様も、春爛漫と言ってもいいのかもしれない。
テーマ『春爛漫』
「絵、上手いなぁ!いつか**みたいな絵かけるように頑張るわぁ」
「うん」
そこには美しい桜並木が描かれていた。美術部の同級生だったソイツは絵のコンクール?かなんかに毎回選ばれるような所謂天才で、今回も何か賞とか貰うんだろう。
「桜を描くのって時間かかりそうだから大変じゃない?手とか大丈夫?」
「好きなもの書いてるだけだから」
「流石やな。志望校行けるんやったっけ?」
「うん!なんか推薦とかでさ、大きい美術の学校行ける。ようやく描きたいものが書けるんだ」
「めっっっ…ちゃ良かったやん!!おめでとう!!」
「うわっ、飛びつかないでよ。でもありがとう」
ようやく描きたいものが描けると喜んでいるコイツが喜んでいて、自分も同じような気持ちになった。コイツは絵の才能があると思う。というかある。
物心ついた頃から絵を描くのが好きなんだな、と思っていたし、コイツと話すようになって気付いたら自分も絵を描くのが好きになっていた。
美しい絵を描く才能だけではなく、絵を他人に好きにさせる才能もあるのかな。
「君も大学行っても頑張ってね」
「あはは、ありがと〜」
「将来有名な画家になる僕から君にプレゼントするよ、この桜の絵」
「え?くれんの?めっちゃ綺麗やん」
「いいよ、こんなの適当に描いたヤツだし」
「うわ、ありがとー!嬉しい!」
そうワイワイ騒いでいたら、あっという間に部活は終わってしまった。アイツとは帰る方向が違うから学校を出たら直ぐに1人になってしまう。ちょっと寂しいけど喋り疲れた口にはちょうど良かった。
家に帰ってから桜の絵を再び眺める。
桜並木は晴天の下、薄く優しい色をした桜の花が己の花弁を削り道を彩っていた。まるでこれから往く華々しい未来を暗示するように。桜並木の奥の方は良く見えないがきっと更に美しい景色があると思う。
目頭が熱くなる。
「適当か」
布団に顔を埋め、次に来る言葉を抑えようとした。
「天才なんて嫌いだ」
テーマ『七色』