◎帽子かぶって
#45
私には隠し事があると目元を隠す癖があるらしい。
全くの無意識なので自覚は未だに無いが、長い付き合いの親友が教えてくれた。
帽子をかぶってるときは特に顕著にその癖が現れるのだとか。
「──……あ。何か隠してるだろ?」
「いや、何も?」
「えー?本当に?」
ついっとこちらを指差して笑う。
「目、隠れているよ?」
こんな風に気付かれてしまう。
でも、全部話してしまう必要も義理も無い訳で。
「内緒」
「君はいつもそう言う。なんだよ、最期くらいは良いじゃないか」
「つまらない事だよ」
親友の膨らんだ頬を撫でて返す。
それでも、
「もう隠さなくても良いだろう?墓場はすぐそこだ」
なんて親友が穏やかに言うものだから。
喉の奥が切なく震えて、思わず口から言葉が漏れ出た。
「─────。」
親友は驚いた表情をして。
そして満足気に笑った。
「そうか、ありがとう。……私も、君を─────。」
最後は途切れ途切れではあったが、何を言っていたかは分かっている。
「あぁ、もっと早くに言っていれば。何か変わっていたのだろうか」
もう物言わぬ親友の表情はとても幸福に満ち満ちている。
長いようでとても短かった月日の奔流に思いを馳せながら、私は帽子を深く被り空から落ちる雫を受け止めた。
◎あなたへの贈り物
#44
───これはとある者たちの
ちょっとした日常である
小型の物を胸に抱いて訪れるひとを待つ。
彼はこちらに気付いたようで片手を振って駆け寄ってきた。
「おはよう。はい、プレゼント」
私が手に持つ物を見て笑顔になる彼は両腕を開いて、早く欲しいと催促した。
「はいはい。そう急かさないで」
私は緩慢な動きでソレを構え、
・ ・ ・ ・ ・ ・
盛大にぶっぱなした。
2発、3発とリロードを繰り返して手持ちの弾を全て撃ち込むと、暫く何も聞こえなくなる。
やりすぎたかと心配していると硝煙の向こう側から彼の大きくて白く長い手が伸びてきた。
「啞rぃガ騰ォねle」
頭を撫でる優しい手つきがくすぐったい。
「ほんと、ヘンなヒトね。鉛玉ブチ込まれて喜ぶなんて。普通、無いわよ。それに貴方から頼んでくるんだもの」
彼の身体に空いた穴が元に戻るのを見届けて私は首を振った。
「満足いただけたかしら?」
「m颶@ァ:■■■※゚鬮ヌ餵gr」
「言語化できないほど良かったのね」
呆れ半分、嬉しさ半分で笑うと彼も楽しそうに顔を歪めた。
そしておもむろに背中側からもう一対の腕を伸ばすと、大きな花束を差し出した。
「ダis烏kだァよ」
「……あら。どこでそんな言葉を覚えたの?」
頬がじわじわと熱くなり始めているのを自覚してしまう。
顔を背けて隠したいが、彼の無邪気でまっすぐな瞳はそれを許さない。
私は観念してその素敵な贈り物を両手で受け取った。
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人間の娘と人外のプレゼント交換
◎新年
#43
新たな年を迎えるにあたって、
それまでの十二支は、新たな十二支を選出する。
1年間【辰】を背負った龍一族の青年は、次の【巳】を見出す為に蛇一族を訪れた。
"十二支としてその1年を背負う者は一族の誉れである"
そんなふうに言い聞かせられて育った蛇の若者たちは期待を込めて龍を見つめた。
先頭の数匹は"特別な目"を持つ十二支候補だ。
遠くまで見通す目。
視界に映る者を分析する目。
過去を見通す目。などなど
「……」
無言のまま、龍はとある蛇の前に進み出た。
その蛇はお世辞にも立派とは言えない風体だった。
体は細く、やつれ、鱗もくすんでいる。
床を見つめていて、近づいてきた龍に気付く素振りも無い。
「君。」
「──は、……私でしょうか」
「そう、君。」
十二支の龍が、何故みすぼらしい蛇に声を掛けるのかと困惑しながらも2人の静かな問答を若者たちは息を飲んで見守る。
長く伸びて口元に掛かったたてがみの間から覗く紅い瞳は蛇を見つめて息を吐いた。
「良い目だね。」
「……お褒めの言葉、ありがとうございます」
「その目は何を見通せるの。」
「……は。お粗末ながら、人間たちの営みを覗き見る程度でございます」
淡々と答えながらもずっとその瞳は床に向けられている。
「ふむ。君なら上手くやれるだろうね。」
「──え」
「君が此度の十二支だ。」
龍は混乱する蛇たちを尻目に、目の前の蛇にだけ聞こえるように囁いた。
「私たち十二支は人間を見守り、神々に伝えることが役目。君は真面目そうだし、それに本当は十二支は特別な目が要る訳では無いんだよ。必要な力は神々が授けてくれるからね。」
これは秘密事項だからねと、龍は微笑んだ。
◎変わらないものはない
#42
何時かは此処も栄えていたらしい。
そんな時代の建造物群が苔を帯びてそびえ立つ原生林。
元は何だったかも解らない何かの部品を、今でも考古学者を名乗る人々が拾い集めている。
だから私を含める現地民はそれらを先に拾って稼ぎにしている。
今日も、一つ二つ水底から汲み上げたり、引っ掛かっているのを取ってきたりした。
透明な柔らかいベコベコと音が鳴るモノ。
金属が連なった紐。
透明な筒とそれに入っているペラい何か。
こんなモノ、何に使っていたのか全く想像出来ないが……。
日銭稼ぎになるならなんでも良いや。
◎雪を待つ
#41
少年。
今、雪の塊を食べたかい?
そうか。
それではもう、語るしか私に出来ることは無い。
空から舞い落ちる雪には小さく白い種が混ざっている。
それは春の種だ。
冬の精霊が大切に守り、雪解け水によって芽吹き、その蕾が開花すると周辺は美しい春の景色と化す。
ただし、
間違えても生き物がそれを体に取り込んではいけない。
もし、腹に宿ってしまえばその体の持ち主は冬の精霊によって春まで眠りにつくだろう。
もし春になって目が覚めたとしても、春と同化したその命は夏を迎えることは出来ない。
怯えてももう遅いよ、少年。
君は種をその体に入れてしまった。
……延命する方法は1つだけある。
夏の種を飲むことだ。
春の終わり頃に、それは空から降ってくる。そしてまた眠るのだ。
夏の終わりには秋の種を飲む。
秋の終わりには冬の種を飲む。
それを繰り返すんだよ。
そうすれば生きながらえることもできるだろう。
だが──
おや、人の話を最後まで聞かないで行ってしまった。
10年繰り返せば
私のように死ねなくなるんだがね。