◎キャンドル
#36
一つずつ蜜蝋のキャンドルに火を灯す。
石室の奥でゆらりと壁を舐める光は仄かに甘い香りを放った。
仄暗い空間に安置された主人を偲び、従者は胸の前で手を組む。
どうか楽園では何にも縛られることが無いように。
◎はなればなれ
#35
一緒に居たい。
そう思うほど、2人の距離は離れていった。
焦れば焦るほど。
気持ちが強くなればなるほど。
離れていく。
最初はただ隣り合っていただけなのに。
世界がそれを見つけた途端、理が2人をがんじがらめにした。
見るな。
見ないで。
お願いだから。
ただ隣り合っていられたら、
それで良かったのに。
まるで磁石のようだと謳ったのはいったい誰だ。
悲壮な御伽噺に仕立て上げたのはいったい誰だ。
◎やわらかな光
#34
傍らで眠る生き物の頬に木漏れ日が色を付け足す。
先程まで大きな体を丸めてうつらうつらとしていた頭は呼吸に合わせて規則正しく揺れている。
思わず撫でてしまいそうになるが、そんなことをすれば居なくなってしまうのだろう。
この不思議な生き物は、こちらが見えていると気付いてしまえば姿を見せなくなる。
ピクニックの為に用意したサンドイッチはバケットの中に残っていた。
けれど、それに群がる小さな生き物たちが蓋を開けて目を輝かせるものだから、そっと目を閉じて微睡みに身を任せることにした。
◎カーテン
#33
空を見上げると日光が分厚い雲の隙間から差し込むのが見えた。
カーテンのようにも見えるが、
「天使の通り道だ」
小さく呟いた言葉に、弁当をかきこんでいた手を止めてケイは目を細めた。
「此処に降りてきたのか、天使様」
今日の最高気温は何度だったろうか。
猛暑日だったかもしれない。
◎力を込めて
#32
大切にしていたい。
そんな執着が手元を狂わせる。
いつもなら直ぐに組み伏せてしまえるというのに、その手はただ空を切っていた。
ひらり。
すり抜けるあの子。
この手の中にあの子が収まった瞬間。
幸せが終わる。
この手は普段と同じように動き、花のような命を手折るだろう。
終わりたくなどない。
だのに、追いかけて捕まえてしまった。
両の手が正確に白く細い急所に掛かる。
もう少しでも力を込めればぽきりと折れてしまうだろう。
そんな命の瀬戸際で愛しい獲物ははにかんだ。
何を迷う。手に入るのだよ。
キミがずっと欲しがっていたものだろう。
今更怖気づいたなど言うまいな。
暗く、黒く。全てを飲み込むが如く。
光の立ち入りを拒む瞳の輝きが細められた。
惹かれる、引き込まれる。
月が宿ったその瞳から目を離せずに、指がその細首へと食い込んだ。
その月が欲しくて堪らなかったのだ。
ずっと昔から魅せられていたのだ。
瞳が閉じられる。
そこから流れ出た雫を口に含んだ。