公園内を見渡せる筒抜けの檻のてっぺんで
日が暮れて星空が幕を上げるのを眺めた。
呼ぶ声はまだ聞こえてこない
もういいよと宛名もなく呟く
探して欲しいと願いを込めて
鬼なんて居ないと知りながら
夜空を睨み上げて、もう一度
「もう、いいよ…」
諦観を混ぜた情けない声は
濁世へと飽和し跡形もない
少しの苛立ちに任せて蹴り脱いだ靴は
追い討ちをかけるように、嬉々として
明日も君だけは雨だろうと告げていた。
ー ジャングルジム ー
嘯く声が花の様に香る
少女と見まごう君の微笑みに
怪し恐ろしの花畑を垣間見る
香り立つ分だけ脳内には警鐘が鳴る
こいにおちてはいけない
嗚呼、けれど
風に弄ばれた髪とともに煽られた
幻想の花弁が目を塞いでしまうから
上も下も右も左も知り得ないままに
膝は勝手に笑って足元ごと掬われて
浮遊感だけが鮮明になってしまった。
その日は嫌に快晴で
アガパンサスの花が
目眩を呼び起こして
君の姿は眩く輝く。
ー 花畑 ー
分厚い硝子窓を撫でる無数の水の線
ハンドルに寄り掛かり外を眺める
何層ものオブラートに包まれた先
暗い海の水面を透明な足が駆け回る
駄々を捏ねて手をも拱いているのは
空模様だろうか、それとも…
雨水を容易く拭うようには
己の他責思考は拭えなくて
詮無く止めどなく溢れ続け
今ですら、私ではなく空が泣いているのだと
ほらまた持ち主の筈が心にまで嘯いている。
ー 空が泣く ー
昔馴染みから腐れ縁の通知が届く
久しぶり、今度飲もうや
たったそれだけのLINEが
時間も度外視で無作法に送られてくる
軽い頭痛にこめかみを押し
久しぶり、良いよ。日時は?
明後日の夜はどう?
あまりにも急だなと一瞬考えはしたが
いや、いつも急だったと即座に考えを改める
遠慮の無さに頭痛は消えずとも
昔馴染みからの誘いには喜びもあり
了解、明後日の21時頃に会おうと
ちゃっかりと時間指定の返信を返し
見飽きたスタンプに既読をつけて
部屋の電気を消した。
潜り込んだ布団の中で
LINEの文字を思い返す
…誘った理由には大体の察しがついていた
どうせ好きだった女子に振られたんだろう
「良い人だとは思うんだけどね」
なんて、お祈りメールにも似た
定型文も添えられたに違いない
明後日の長い夜になりそうな気配と
明明後日の仕事への一抹の不安に
目の奥が引き攣るような感覚がして
私は、こめかみを解す事に徹した。
ー 君からのLINE ー
見慣れた庭先では狼煙が上がっている
焚き火の爆ぜる音は無音の自室に生々しく響き
その距離を忘れそうになりながらも
窓の外で景色が白に両断される様を眺めていた。
「こんな下らない物を聴いてるから
素行が悪くなって門限も守れないのよ
貴女はもっと高尚な音楽を聴くべきね」
何も知らない母の声はノイズとなり
同じ言語だと言うのに内容は理解しがたく
漸く思考が追い付き懸命に謝罪をしたが
戯言として扱われ、聞き入れてはもらえず
部屋にあった数枚のレコードの束は
乱雑にビニール紐を巻きつけられ
油の染みた新聞紙に埋められて
火種は、その上へと無情に落とされた。
親戚でも兄の様に慕っていたあの人
彼が遺してくれた素敵な四人組のレコードは
今頃、熱にぐったりと溶けてしまった頃だろうか。
勉強時間の合間にコツコツとバイトを続け
ようやく買えたステレオタイプのレコード再生機が
中身を失って夕陽を背に受け、郷愁に暮れている。
兄さんはとっくの昔に、この世を去った
それは十分に理解していた。
だけど、あのレコードを聴く度に
兄さんの心に手が届きそうで
命が灰に変わったと言う事実に
違う答えが見い出せる気がしていたんだ。
…結局、夢物語になってしまったけれど
伝える先も無い狼煙はだんだんと薄まってゆき
兄さんの命がまた燃え尽きる様子を
弱い私は言葉も失くして呆然と見過ごした。
硝子越しに風に舞い上げられ視界に映りこむ
原型を忘れた“Let It Be”のレコードの端が
手酷い皮肉の言葉に成り代わって、漸く
温度のない水滴は頬を滑り出していた。
ー 命が燃え尽きるまで ー