黒山 治郎

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見慣れた庭先では狼煙が上がっている
焚き火の爆ぜる音は無音の自室に生々しく響き
その距離を忘れそうになりながらも
窓の外で景色が白に両断される様を眺めていた。


「こんな下らない物を聴いてるから
素行が悪くなって門限も守れないのよ
貴女はもっと高尚な音楽を聴くべきね」


何も知らない母の声はノイズとなり
同じ言語だと言うのに内容は理解しがたく
漸く思考が追い付き懸命に謝罪をしたが
戯言として扱われ、聞き入れてはもらえず
部屋にあった数枚のレコードの束は
乱雑にビニール紐を巻きつけられ
油の染みた新聞紙に埋められて
火種は、その上へと無情に落とされた。

親戚でも兄の様に慕っていたあの人
彼が遺してくれた素敵な四人組のレコードは
今頃、熱にぐったりと溶けてしまった頃だろうか。

勉強時間の合間にコツコツとバイトを続け
ようやく買えたステレオタイプのレコード再生機が
中身を失って夕陽を背に受け、郷愁に暮れている。

兄さんはとっくの昔に、この世を去った
それは十分に理解していた。

だけど、あのレコードを聴く度に
兄さんの心に手が届きそうで
命が灰に変わったと言う事実に
違う答えが見い出せる気がしていたんだ。

…結局、夢物語になってしまったけれど
伝える先も無い狼煙はだんだんと薄まってゆき
兄さんの命がまた燃え尽きる様子を
弱い私は言葉も失くして呆然と見過ごした。

硝子越しに風に舞い上げられ視界に映りこむ
原型を忘れた“Let It Be”のレコードの端が
手酷い皮肉の言葉に成り代わって、漸く
温度のない水滴は頬を滑り出していた。

ー 命が燃え尽きるまで ー

9/14/2024, 8:21:04 PM