僕の彼女は気配りができて、用意周到で、僕のことをなんでも分かってくれて、面倒見が良くて、でも甘えたがりな可愛い可愛いヒトだ。
僕の日課は風呂上がりの彼女の髪を丁寧に乾かして、長い髪を櫛でとくこと。
ご飯は日替わりで作って、お風呂を洗うのはじゃんけんで決める。
翌日の予定がお互いに無いときは、一晩中愛し合って、幸せに眠るのだ。
僕はそんな日常に満足していた。
僕も彼女も、この日常が続くことを願っていると思っていた。
『ごめんね、やっぱり飽きちゃった。今までありがとう』
僕が休日にしなければならなくなった仕事を片付けて、さあ帰ろうか、という頃に、ピロリンとLINEの着信音がした。
ロック画面に表示された彼女の名前とその文章が、不思議と僕の目にすんなりと入ってきた。
僕の心に焦りはない。
早く家に帰って確かめなければ、という気持ちも湧かない。
家に帰れば、笑顔で抱きついてくる彼女しか、僕は想像することができないのだ。
家にいざ帰ってみると、明かりはついておらず真っ暗だった。
ただいま、と呟くように溢した言葉を誰も拾ってくれやしない。
彼女の荷物がなくなっていることに愕然としながらも、僕は一人でご飯を作って黙々と食べた。
LINEの一番上に固定している彼女の枠は、相変わらず着信があることを伝える数字が表示されている。
長押しをして何度も確認して、何度もLINEを閉じた。
既読をつけないでいれば、彼女からの連絡はまだ続くのでは無いかと。
既読をつけないでいれば、彼女との繋がりは絶たれないのでは無いかと。
心のどこかで思っている。
ありえないことに気が付きながらも僕は、
僕はLINEをひらけない
僕はLINEを あ けない
私は今、
どの道を進むのがいいか分からない。
歴史には、「もし、……だったら」と仮定して話をすることができる。
今を生きる私には、「もし」なんて存在しない、
いつでも、今この瞬間の選択が、答えになっているのだから。
後悔しても、最悪な結果になってしまっても、
後悔している「今」しかない。
「あのとき、ああすればよかった」
そんなことを思うことさえ、今を過ごすための選択の一つになってしまう。
後悔するのか。
気にせずに次に行くのか。
すべてのことには、自分の意思で考えたことが反映される。
嫌だと心の大半で思っていても、
ほんの少しだけある怠慢がそこから自身を抜け出せさせないのだ。
それは誰にでもあるもの。
自分を責めることはない。
ただ、今や未来を形作ることができるのは、
「今」の私しかいない。
人は言う。
後悔しない選択を。
そんなの分からない。がむしゃらに、根拠なく自分を信じて、停滞したり、進退したりを繰り返しながら、過ごすことが、人生に課せられたものなのだろう。
先は真っ暗で、答えなんて見ることはできないけれど、足元だけ照らされておぼつかない足取りであっても、
自らが作り出した岐路を歩んでいこうじゃないか。
「それでいいです。なんでもいいので適当にしててください」
彼女は拘らない人だった。
人になら誰にでもあるはずの意見を彼女は持っていなかった。どんなことを提案しても彼女自身に関わることは 全て、俺の好きにしてくれ、と任せてきた。
きっとそれは、俺のことを信頼していることの現れではない。
自分を大切にしてないような、誰にも心を許してたまるものか、みたいな一風の入る隙間もなく閉じ切った扉のようだった。
なぜ、どうして彼女はそんな人柄なんだろう。
彼女の「それでいい」以外の言葉を引き出したくてあれこれと話しかけてみることにしたんだ。
毎日話しかけて、うざがられるかもしれないけどいろんなことを質問したんだ。ずっとそっけない、ツンとした感じだった。
友達からは「もう、話しかけてやるなよ」って感度も言われた。俺も話しかけない方がいいかと思いかけたその日に、彼女は初めて笑ったんだ。
「本当に何でもいいの。どんなことでも対応するし、物にこだわりはないからさ」
彼女の軸は柔軟だったんだ。
それはとてもいい良点だとおもう。
それでも俺は彼女が自分から選択してくれるのを待っていた。
彼女に選択してもらいたい、と思い出してから一年が経とうとして、桜の花びらが暖かい風に乗って運ばれてくる季節になった。
「あのさ、」
春は別れの季節。
俺と彼女は違う進路に進むことになる。
会える日は毎日話してたけど、これからはもう会うこともなくなるかもしれない。
「もう話さなくなってもいい?それとも話したい?」
面倒な質問だっただろう。
でも、これが俺の、意気地のない俺のけじめのつけ方だったんだ。
ただの興味本位から始まった会話も積み重ねると、たくさんの宝物になる。
俺は、彼女が好きだ。彼女と出会ってから、知った部分もまだ彼女が教えてくれてない部分だってあるだろう。
俺は、彼女がまだ話したいって言ってくれたなら、この気持ちに区切りをつけないでいれる。
暖かい日差しを背に受け、じんわりと滲む手汗を握りしめながら、彼女の返答を待つ。
彼女の長く綺麗な髪を弄ぶように風が吹く。
彼女の小さな唇が開く。
「……私、まだ話したい、な」
はにかむように笑う彼女は、今まで見たどの時よりもいじらしくて、可愛かった。
「地球は青かった」という言葉は、ユーリイ・ガガリーンという最初の宇宙飛行士が放った言葉として有名です。
しかし、原文は「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」らしいです。
真っ暗闇に浮かぶ、青はどれほど映えているのでしょう。実際は画像なんかでみるよりもきっと、美しく、高尚で、感動を与えてくれるのではないかと思っています。
ミッドナイトということで、「夜の真ん中、中央地点」という見方もできます。
夜とはすなわち空の闇。
真ん中、中央地点とは宇宙の中央。
いま空に浮かぶ星々のことも指しているのではないかと、思いました。
飛躍しすぎた妄想に近いので、納得しない人もいるでしょうが、眠たい頭はそう捉えることもできてしまいました。「真夜中」が当たり前なんだと自分でもわかっているんですけどね。
地球の周りをぐるりと闇が覆っていて、その闇はどこまでも続いている。闇の中には大小さまざまな星がある。
でも地球の表面が太陽に照らされることで、ずっとそこにあることを忘れてしまう。決して悪いことではないんですけどね。
私たちが誕生してから滅亡するまで、ずっと見守ってくれるのは、案外この真っ暗闇だけなのかもしれない、と思いました。
さいごに、ガガリーンさんが言った言葉で有名なのは他にもあって、
「ここに神は見当たらない」
だそうです。
一体なぜこう思ったのでしょう。
宇宙を見てなにか心境の変化があってんでしょうか。
こんな夢を見た。
自分は女だった。
時間は夜の八時か十時か、とにかく夜だった。
空には満月が昇っていてその光に気圧された星たちは見えない。
自分は心も体もくたびれていた。
それなのにタイヤでえぐられた山道を歩いていた。
不思議なことにその山道に屋台が並んでいる。
自分の砂利を踏み締める音以外に生きていると感じさせるものはなかった。
もちろん木もある。だが、風が吹いてないこともあって生気を感じなかった。
屋台が並んでいるのに客はいない。
自分の他に歩いている人はいない。
たった一人のために開いてくれたお祭りである気がして、少し頬を緩ませる。
ただの偶然に過ぎないかもしれないけれど、嬉しかった。
自分のために何かをしてくれた人は、どこにもいなかったからだ。
右側には、鬱蒼と茂る森が広がっている。
赤い提灯は、屋台の屋根に沿って点々と並んでいる。
ぼんやりと淡く光る様子は、自分の心を示しているようだった。
たこ焼きや射的といった、馴染みの食べ物や遊びがあった中、りんご飴を見つけた。
幼い頃に一度食べたきり。
まだ、両親が生きていた頃のことだ。
ねだってねだって、やっと買ってもらえた記憶がある。
でも、どんな味だったか忘れてしまった。
久しぶりに食べてみようか。
「すみません。りんご飴ひとつくださいな」
客はいないがもちろん店番はいる。
ただ、おかしなことにどこの人も揃いの白いお面を被っている。息をするための穴も空いていない、のっぺらぼうのようなお面を。
そして、人間というにはどこか違う身体つきだ。
全体的に丸くて、身長も低い。
部位の分かれ目が特にない。
あぁ、子供のころ描いていた絵といえば良いだろうか。現実の人とは全然違っても、描けたことに満足していた頃の絵。
もう、あんな絵は描けないな。何も知らなかった頃の純粋な絵は描けない。
マスコットキャラクターみたいだなぁ。
それよりも、りんご飴りんご飴!
「お代はいくらですか?」
飴を受け取りながら聞く。
フルフルと首を左右に振られる。
お金いらないの?いいのかな。
「ありがとね」
手を振ったら、なんと振り替えしてくれた。可愛い。そしてまた歩き出す。
ん、甘酸っぱい。おいしい。こんな味だったか。また、食べたいな。
十メートルほど先で提灯の光がなくなっている。
そこに何かがあるように思えてならない。早く見つけないといけないものがある気がしてならない。
自然と足が進む。
屋台のないスペースに何があったかというと、石畳だ。
その石畳の両脇に一定の幅で提灯が置かれていて、足元は明るい。
進んでいくとだんだん灯りが灯るようになっているらしく、わくわくした。
少し歩いてから思い出したが、屋台の裏は崖だったのだ。つまり、今自分がいる場所も本来なら崖の上、もしくは空中である。
変わったこともあるもんだな、と大して気にせずにいた。遠近感が崩壊しているのか、さっきまで十メートルくらい道があったはずなのに突然消えた。
代わりに真っ黒な円が現れる。
何も見えないけれど確実にこの奥には何かがある。
どうしよう。いくか、いかないか。
その時、初めて風が吹いた。
優しくて力強い勇気の出る風だった。
理由はそれだけで十分だった。
仕事も友人関係も両親が死んで、引き取られた後の形だけの家族という存在もつかれた。捨てて後悔するものはない。
それなら、いってやろうじゃん。
『こっちへおいで。楽しいことがいっぱいあるよ』
可愛い声が頭の中に声をかけてきた。その声でなんだかワクワクしてきて。
向かって吹いてくる風に背中を押され、足を踏み出した。