彩士

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こんな夢を見た。
自分は女だった。
時間は夜の八時か十時か、とにかく夜だった。
空には満月が昇っていてその光に気圧された星たちは見えない。
自分は心も体もくたびれていた。
それなのにタイヤでえぐられた山道を歩いていた。
不思議なことにその山道に屋台が並んでいる。
自分の砂利を踏み締める音以外に生きていると感じさせるものはなかった。
もちろん木もある。だが、風が吹いてないこともあって生気を感じなかった。
屋台が並んでいるのに客はいない。
自分の他に歩いている人はいない。
たった一人のために開いてくれたお祭りである気がして、少し頬を緩ませる。
ただの偶然に過ぎないかもしれないけれど、嬉しかった。
自分のために何かをしてくれた人は、どこにもいなかったからだ。
右側には、鬱蒼と茂る森が広がっている。
赤い提灯は、屋台の屋根に沿って点々と並んでいる。
ぼんやりと淡く光る様子は、自分の心を示しているようだった。
たこ焼きや射的といった、馴染みの食べ物や遊びがあった中、りんご飴を見つけた。
幼い頃に一度食べたきり。
まだ、両親が生きていた頃のことだ。
ねだってねだって、やっと買ってもらえた記憶がある。
でも、どんな味だったか忘れてしまった。
久しぶりに食べてみようか。
「すみません。りんご飴ひとつくださいな」
客はいないがもちろん店番はいる。
ただ、おかしなことにどこの人も揃いの白いお面を被っている。息をするための穴も空いていない、のっぺらぼうのようなお面を。
そして、人間というにはどこか違う身体つきだ。
全体的に丸くて、身長も低い。
部位の分かれ目が特にない。
あぁ、子供のころ描いていた絵といえば良いだろうか。現実の人とは全然違っても、描けたことに満足していた頃の絵。
もう、あんな絵は描けないな。何も知らなかった頃の純粋な絵は描けない。
マスコットキャラクターみたいだなぁ。
それよりも、りんご飴りんご飴!
「お代はいくらですか?」
飴を受け取りながら聞く。
フルフルと首を左右に振られる。
お金いらないの?いいのかな。
「ありがとね」
手を振ったら、なんと振り替えしてくれた。可愛い。そしてまた歩き出す。
ん、甘酸っぱい。おいしい。こんな味だったか。また、食べたいな。
十メートルほど先で提灯の光がなくなっている。
そこに何かがあるように思えてならない。早く見つけないといけないものがある気がしてならない。
自然と足が進む。
屋台のないスペースに何があったかというと、石畳だ。
その石畳の両脇に一定の幅で提灯が置かれていて、足元は明るい。
進んでいくとだんだん灯りが灯るようになっているらしく、わくわくした。
少し歩いてから思い出したが、屋台の裏は崖だったのだ。つまり、今自分がいる場所も本来なら崖の上、もしくは空中である。
変わったこともあるもんだな、と大して気にせずにいた。遠近感が崩壊しているのか、さっきまで十メートルくらい道があったはずなのに突然消えた。
代わりに真っ黒な円が現れる。
何も見えないけれど確実にこの奥には何かがある。
どうしよう。いくか、いかないか。
その時、初めて風が吹いた。
優しくて力強い勇気の出る風だった。
理由はそれだけで十分だった。
仕事も友人関係も両親が死んで、引き取られた後の形だけの家族という存在もつかれた。捨てて後悔するものはない。
それなら、いってやろうじゃん。
『こっちへおいで。楽しいことがいっぱいあるよ』
可愛い声が頭の中に声をかけてきた。その声でなんだかワクワクしてきて。
向かって吹いてくる風に背中を押され、足を踏み出した。

1/24/2024, 2:35:34 PM