彩士

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9/28/2025, 10:57:28 AM

この日になるといつもは寄りつかないジャッキーは、あたしの元へやってくる。
時計の針が三時になろうとする頃にやってきては、居心地の悪そうにソファの端にちょこんと座っている。
「あんたぁ、元気にやってんの?」
「……。」
「あたしゃ最近腰が痛くってねぇ。手伝ってくれないかい」
そう言ってみると、ジャッキーはおずおずと窺うように顔を覗かせて側へきた。

毎月一度だけこの家ではパイを焼く。
中身は日による。りんご、ブルーベリー、洋梨、桃、グラタンみたいにすることもある。
ジャッキーはパイが好きらしい。
けれども、あたしのことが怖いらしい。
なんかやったかね。あたしゃ、何も覚えとらんがね。
この家の短針と長針が重なったら、ちょうど街にある時計塔の鐘がなった。
焼き上がった。
「ほれ、パイを出しな。分かるだろ」
ジャッキーは慎重にオーブンから取り出し始める。
慣れたもんだ。あたしより動きがはやい。

ナイフを持って切り分けてやると、先ほどまでとは打って変わって瞳をキラキラさせておる。
「あんたぁ、自分でパイ焼けるだろ」
「……こんなに美味しくは焼けないよ」
はぁ、うまいこと言いやがって。普段は一言も話し相手になってくれやせんのにから。

一人きりの老婆はあんたのためにまだまだ生きとらんといかんかなぁ。

9/19/2025, 4:07:31 AM

「私、預言者なの」

目の前の女が言った。
化粧バチバチで、髪の毛先を軽く巻き上げた女。
まあ、どこにでもいそうな奴だ。

この手のやつを相手にするのは面倒になる。
見ず知らずの俺に語りかけてくるのも解せない。
無視を決め込んでいると、
「あなた、一週間後この世から消えるよ」
と女の声が雑音に紛れて聞こえてきた。

死ぬんじゃなくて消えるんだな、と頭のどこかで思った。俺は、自分の死を知りたくない人間だ。特段、やり残したことも思いつかないし、死ぬからやっときたいことなんて、本当の願いかと言われるとなんか違う気がする。健康児の俺が今までやってこなかったのだから、それはやりたくなかったことだ、と考える。

家に帰ってニュースを見ると、なにやら隕石が近づいているらしい。肉眼で観測できる日が一週間後だってよ。なんの偶然か、俺が消える日と同じだなぁ。あの女の言うことなんざ、信じてねぇけど。

もしも、この隕石が地球にぶつかって、この世に生きとし生けるものが、かつての恐竜時代と同じ結末になるのなら、事前に知っておきたい。

その時は、どこかへ行くのではなく、馴染んだ家の中で彼女と一緒に過ごしたい。

ま、今いねぇけどな。

8/7/2025, 11:18:29 AM

たとえ初めて会う人であっても、この人と合わない、と思うならその感覚は大体あっている。

その後の交流で、どれだけ歩み寄ろうとしても
その人と過ごす時間にどこか違和感が拭えない。

稀に仲良くなれる人もいる。
しかし、最初は印象が良くても嫌いになってしまった、という人がいないのは私だけだろうか。

見た目なのか話し方なのか、身にまとう雰囲気なのか、どこで判断しているのか分からないけれど、「この人ちょっと……」となるのはなぜだろう。

私以外の子は「え、どこが嫌なの?」と疑問に思うほどのきっといい子でさえ、私は苦手に思うことがある。

それは仕様がないとして。

最近では初対面で「あっ」と思った人には近づかないようにしている。自分の成長になるとか世界が広がるとか綺麗事は置いといて、自分の興味のある数少ない人間を追い続けたい。

心の羅針盤というただの欲望で生きたい。

8/1/2025, 2:18:31 PM

中学二年からずっと気になってるって言ったら、
君は引きますか?
君は結構どんな男とも仲良くて、みんなの中心になる存在ではあった。
俺は別に性格的に華がある方ではないから、仲良い人だけが寄ってくる感じだった。

でも、君はなぜか俺に構った。
そういうつもりは君になかったのかも知れない。
でも、なにかと話しかけてきて毎日顔を合わせてた。
クラスが離れた三年生になっても俺に会いにきた。

高校が離れても最初の半年は電話を頻繁にかけてくれてた。
暇つぶしだったのか。何も分からない。

ゲームしながら電話をかけてくることもあった。
俺はゲームしない派だったから話はよく分からなかったが。

高校一年の秋くらいに電話が途切れた。
自分からかける勇気はない。過去の履歴だけをみて過ごしていた。
冬になった。
俺の誕生日を祝ってくれた。そのついでにまた電話をした。その時に知ったのだが、彼女は好きな人ができて、告白して、付き合って、五日で別れたらしい。

俺は、そうか、としか返せなかった。
五日で別れたことも衝撃で今どきの恋愛はこんなものかと思った。それ以上に、好きな人ができていたことに驚いた。
悔しいとは、また違う。
空っぽ。理解できていないのかもしれない。

連絡がまた途切れた,
高校三年生の十一月。また連絡がはいった。
どうやら推薦受験を受けるらしい。いまホテルで勉強中だと。俺は嬉しくて、喜んで返事を返して応援した。

また連絡が途切れた。
今は大学一年生。インスタで繋がっているとはいえ、お互いに日常は公開しないタイプ。
どんな人になっているのか知らない。彼氏できたかな。ただ知るだけでもいい。
綺麗事だと罵られるかもしれないが、大切な君が幸せなら別に俺が介入したいとは思わないから。本当に。

推薦は県外の大学を受けていた。
夏休み、帰ってこねぇかな。
大学生の夏休みは長いから、俺に会いに来てくれねぇかな。いくじなしの俺は、ここで静かに願うことしかできない。

好きな人いるのか、何回も聞かれたあの時、はぐらかさないで答えておけば良かった。
きみだよ。

7/22/2025, 2:00:32 PM

「いつか、またな」


あーあ、まただ。
また置いていかれちゃった。
いつもあんたは私を置いていく。
ふらっと私の元に帰ってきたと思えば、すぐに。
一切私を振り向きもせずに。
大きな背中と日に焼けた手の甲だけを見せてあんたは。

バタンッて玄関のドアが勢いよく閉まった。
私はあんたの連絡先を知らない。
私からは何もできない。
部屋からは他の男に媚びるための甘い香水の臭い。
吐き気がする。
なんであんたじゃないやつなんかと。
私も連れてってよ。
いつもどこ行ってんの。
なんで帰ってくんの。来ないでよ。
絶望させてよ。
私を消してよ。
あんたなんか居なくても生きてられるよ。

そう思いたいのに。
酒に溺れて知らない男と過ごして
気持ち悪くて寝込んでたら、あんたは来るんだよ。
「また遊んでたの?」
ニヤニヤした顔しやがって。
何が面白いんだ。あんたは私で遊んでくれないのに。
最悪だ。
でもほんのちょっぴり嬉しい。
絶対に悟られないようにしないと。
あー、私って可愛くない。だから置いてかれるんだ。

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