俺が時々ここで話題に出す人にはモデルがいるのだが、今日駅でばったりと出会った。
てっきり県外に出て行って、
俺のことなんて忘れてると思ったから名前を呼ばれて一瞬誰だかわからなかった。
そっか。
覚えててくれたし(まあ覚えてなかったら記憶力に問題があると思うけど)、素通りじゃなくて声をかけてくれたし、悪い印象は持たれてないことを再確認。
その人はバイトを二個掛け持ちして、建築の勉強を頑張っているらしい。
自分はどうだ。
バイトもせず、家でぐうたら。
恥ずかしい。気管支炎が治ったらカフェとかで働きたいんだけどな。っていうのが既にダメなのかもしれない。
一つ心に残っているとすれば、会話の終わりに
「じゃあまたいつかどこかで」
って言われてしまったこと。
ちょっと前までなら、あとですぐにLINEしてくれてたのにな。偶然に頼らなければいけない仲になった。
俺たちの関係性って変わっちまったんだな。
なんだろう。
恋愛関係を今求めているか、というとそうでもないが、あの頃みたいな仲の良さってもう築けないのだと直感的に思ってしまった。
なんだかな。俺、悔しいよ。
受け身でしかいられない自分が一番憎い。
この答えってさ、なんだと思う?
ふふ、悩んでるね〜。
親愛しかなくない?
私は君のことが好きだし?
人としてまず好ましいよね。
私の全てを受け入れるなんてことはしない君。
まあ、そんな盲目的な愛は求めてないよ。
自分自身の定規を持って、まっすぐに私をみてくれる。
間違ってたら止めてくれる。
そんな関係が素晴らしいと思うの。
私だってそうだけどね。
私にはできっこない意味のわからないことまで突き詰めて頑張れる君のことを尊敬もしてる。
私が困った時助けてくれる、って信頼もしてる。
わがままで助けを求めた時は全く手を差し伸べてくれないよね。
全部思考を読まれてるのが悔しいけどそんなところもいい。
もちろん他の大事な友達にだっておんなじ感情を持ってるさ。
でもそこにやっぱり「恋愛」があるから、
君を愛せてるんだろうな。
だから、親愛 + 恋愛=愛してますよーだ。
え、君は違うの?
話を聞いてやろうじゃないか。さあ、座りたまえ。
この日になるといつもは寄りつかないジャッキーは、あたしの元へやってくる。
時計の針が三時になろうとする頃にやってきては、居心地の悪そうにソファの端にちょこんと座っている。
「あんたぁ、元気にやってんの?」
「……。」
「あたしゃ最近腰が痛くってねぇ。手伝ってくれないかい」
そう言ってみると、ジャッキーはおずおずと窺うように顔を覗かせて側へきた。
毎月一度だけこの家ではパイを焼く。
中身は日による。りんご、ブルーベリー、洋梨、桃、グラタンみたいにすることもある。
ジャッキーはパイが好きらしい。
けれども、あたしのことが怖いらしい。
なんかやったかね。あたしゃ、何も覚えとらんがね。
この家の短針と長針が重なったら、ちょうど街にある時計塔の鐘がなった。
焼き上がった。
「ほれ、パイを出しな。分かるだろ」
ジャッキーは慎重にオーブンから取り出し始める。
慣れたもんだ。あたしより動きがはやい。
ナイフを持って切り分けてやると、先ほどまでとは打って変わって瞳をキラキラさせておる。
「あんたぁ、自分でパイ焼けるだろ」
「……こんなに美味しくは焼けないよ」
はぁ、うまいこと言いやがって。普段は一言も話し相手になってくれやせんのにから。
一人きりの老婆はあんたのためにまだまだ生きとらんといかんかなぁ。
「私、預言者なの」
目の前の女が言った。
化粧バチバチで、髪の毛先を軽く巻き上げた女。
まあ、どこにでもいそうな奴だ。
この手のやつを相手にするのは面倒になる。
見ず知らずの俺に語りかけてくるのも解せない。
無視を決め込んでいると、
「あなた、一週間後この世から消えるよ」
と女の声が雑音に紛れて聞こえてきた。
死ぬんじゃなくて消えるんだな、と頭のどこかで思った。俺は、自分の死を知りたくない人間だ。特段、やり残したことも思いつかないし、死ぬからやっときたいことなんて、本当の願いかと言われるとなんか違う気がする。健康児の俺が今までやってこなかったのだから、それはやりたくなかったことだ、と考える。
家に帰ってニュースを見ると、なにやら隕石が近づいているらしい。肉眼で観測できる日が一週間後だってよ。なんの偶然か、俺が消える日と同じだなぁ。あの女の言うことなんざ、信じてねぇけど。
もしも、この隕石が地球にぶつかって、この世に生きとし生けるものが、かつての恐竜時代と同じ結末になるのなら、事前に知っておきたい。
その時は、どこかへ行くのではなく、馴染んだ家の中で彼女と一緒に過ごしたい。
ま、今いねぇけどな。
たとえ初めて会う人であっても、この人と合わない、と思うならその感覚は大体あっている。
その後の交流で、どれだけ歩み寄ろうとしても
その人と過ごす時間にどこか違和感が拭えない。
稀に仲良くなれる人もいる。
しかし、最初は印象が良くても嫌いになってしまった、という人がいないのは私だけだろうか。
見た目なのか話し方なのか、身にまとう雰囲気なのか、どこで判断しているのか分からないけれど、「この人ちょっと……」となるのはなぜだろう。
私以外の子は「え、どこが嫌なの?」と疑問に思うほどのきっといい子でさえ、私は苦手に思うことがある。
それは仕様がないとして。
最近では初対面で「あっ」と思った人には近づかないようにしている。自分の成長になるとか世界が広がるとか綺麗事は置いといて、自分の興味のある数少ない人間を追い続けたい。
心の羅針盤というただの欲望で生きたい。