「それでいいです。なんでもいいので適当にしててください」
彼女は拘らない人だった。
人になら誰にでもあるはずの意見を彼女は持っていなかった。どんなことを提案しても彼女自身に関わることは 全て、俺の好きにしてくれ、と任せてきた。
きっとそれは、俺のことを信頼していることの現れではない。
自分を大切にしてないような、誰にも心を許してたまるものか、みたいな一風の入る隙間もなく閉じ切った扉のようだった。
なぜ、どうして彼女はそんな人柄なんだろう。
彼女の「それでいい」以外の言葉を引き出したくてあれこれと話しかけてみることにしたんだ。
毎日話しかけて、うざがられるかもしれないけどいろんなことを質問したんだ。ずっとそっけない、ツンとした感じだった。
友達からは「もう、話しかけてやるなよ」って感度も言われた。俺も話しかけない方がいいかと思いかけたその日に、彼女は初めて笑ったんだ。
「本当に何でもいいの。どんなことでも対応するし、物にこだわりはないからさ」
彼女の軸は柔軟だったんだ。
それはとてもいい良点だとおもう。
それでも俺は彼女が自分から選択してくれるのを待っていた。
彼女に選択してもらいたい、と思い出してから一年が経とうとして、桜の花びらが暖かい風に乗って運ばれてくる季節になった。
「あのさ、」
春は別れの季節。
俺と彼女は違う進路に進むことになる。
会える日は毎日話してたけど、これからはもう会うこともなくなるかもしれない。
「もう話さなくなってもいい?それとも話したい?」
面倒な質問だっただろう。
でも、これが俺の、意気地のない俺のけじめのつけ方だったんだ。
ただの興味本位から始まった会話も積み重ねると、たくさんの宝物になる。
俺は、彼女が好きだ。彼女と出会ってから、知った部分もまだ彼女が教えてくれてない部分だってあるだろう。
俺は、彼女がまだ話したいって言ってくれたなら、この気持ちに区切りをつけないでいれる。
暖かい日差しを背に受け、じんわりと滲む手汗を握りしめながら、彼女の返答を待つ。
彼女の長く綺麗な髪を弄ぶように風が吹く。
彼女の小さな唇が開く。
「……私、まだ話したい、な」
はにかむように笑う彼女は、今まで見たどの時よりもいじらしくて、可愛かった。
「地球は青かった」という言葉は、ユーリイ・ガガリーンという最初の宇宙飛行士が放った言葉として有名です。
しかし、原文は「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」らしいです。
真っ暗闇に浮かぶ、青はどれほど映えているのでしょう。実際は画像なんかでみるよりもきっと、美しく、高尚で、感動を与えてくれるのではないかと思っています。
ミッドナイトということで、「夜の真ん中、中央地点」という見方もできます。
夜とはすなわち空の闇。
真ん中、中央地点とは宇宙の中央。
いま空に浮かぶ星々のことも指しているのではないかと、思いました。
飛躍しすぎた妄想に近いので、納得しない人もいるでしょうが、眠たい頭はそう捉えることもできてしまいました。「真夜中」が当たり前なんだと自分でもわかっているんですけどね。
地球の周りをぐるりと闇が覆っていて、その闇はどこまでも続いている。闇の中には大小さまざまな星がある。
でも地球の表面が太陽に照らされることで、ずっとそこにあることを忘れてしまう。決して悪いことではないんですけどね。
私たちが誕生してから滅亡するまで、ずっと見守ってくれるのは、案外この真っ暗闇だけなのかもしれない、と思いました。
さいごに、ガガリーンさんが言った言葉で有名なのは他にもあって、
「ここに神は見当たらない」
だそうです。
一体なぜこう思ったのでしょう。
宇宙を見てなにか心境の変化があってんでしょうか。
こんな夢を見た。
自分は女だった。
時間は夜の八時か十時か、とにかく夜だった。
空には満月が昇っていてその光に気圧された星たちは見えない。
自分は心も体もくたびれていた。
それなのにタイヤでえぐられた山道を歩いていた。
不思議なことにその山道に屋台が並んでいる。
自分の砂利を踏み締める音以外に生きていると感じさせるものはなかった。
もちろん木もある。だが、風が吹いてないこともあって生気を感じなかった。
屋台が並んでいるのに客はいない。
自分の他に歩いている人はいない。
たった一人のために開いてくれたお祭りである気がして、少し頬を緩ませる。
ただの偶然に過ぎないかもしれないけれど、嬉しかった。
自分のために何かをしてくれた人は、どこにもいなかったからだ。
右側には、鬱蒼と茂る森が広がっている。
赤い提灯は、屋台の屋根に沿って点々と並んでいる。
ぼんやりと淡く光る様子は、自分の心を示しているようだった。
たこ焼きや射的といった、馴染みの食べ物や遊びがあった中、りんご飴を見つけた。
幼い頃に一度食べたきり。
まだ、両親が生きていた頃のことだ。
ねだってねだって、やっと買ってもらえた記憶がある。
でも、どんな味だったか忘れてしまった。
久しぶりに食べてみようか。
「すみません。りんご飴ひとつくださいな」
客はいないがもちろん店番はいる。
ただ、おかしなことにどこの人も揃いの白いお面を被っている。息をするための穴も空いていない、のっぺらぼうのようなお面を。
そして、人間というにはどこか違う身体つきだ。
全体的に丸くて、身長も低い。
部位の分かれ目が特にない。
あぁ、子供のころ描いていた絵といえば良いだろうか。現実の人とは全然違っても、描けたことに満足していた頃の絵。
もう、あんな絵は描けないな。何も知らなかった頃の純粋な絵は描けない。
マスコットキャラクターみたいだなぁ。
それよりも、りんご飴りんご飴!
「お代はいくらですか?」
飴を受け取りながら聞く。
フルフルと首を左右に振られる。
お金いらないの?いいのかな。
「ありがとね」
手を振ったら、なんと振り替えしてくれた。可愛い。そしてまた歩き出す。
ん、甘酸っぱい。おいしい。こんな味だったか。また、食べたいな。
十メートルほど先で提灯の光がなくなっている。
そこに何かがあるように思えてならない。早く見つけないといけないものがある気がしてならない。
自然と足が進む。
屋台のないスペースに何があったかというと、石畳だ。
その石畳の両脇に一定の幅で提灯が置かれていて、足元は明るい。
進んでいくとだんだん灯りが灯るようになっているらしく、わくわくした。
少し歩いてから思い出したが、屋台の裏は崖だったのだ。つまり、今自分がいる場所も本来なら崖の上、もしくは空中である。
変わったこともあるもんだな、と大して気にせずにいた。遠近感が崩壊しているのか、さっきまで十メートルくらい道があったはずなのに突然消えた。
代わりに真っ黒な円が現れる。
何も見えないけれど確実にこの奥には何かがある。
どうしよう。いくか、いかないか。
その時、初めて風が吹いた。
優しくて力強い勇気の出る風だった。
理由はそれだけで十分だった。
仕事も友人関係も両親が死んで、引き取られた後の形だけの家族という存在もつかれた。捨てて後悔するものはない。
それなら、いってやろうじゃん。
『こっちへおいで。楽しいことがいっぱいあるよ』
可愛い声が頭の中に声をかけてきた。その声でなんだかワクワクしてきて。
向かって吹いてくる風に背中を押され、足を踏み出した。
僕が小さい頃、いつも原っぱに座ってる女の人がいた。いい匂いがして、長くてきれいな髪で、きらきらなお目目の人。柔らかくて僕が抱きついたら優しく受け止めてくれる人。
お母さんに怒られたときも、友達と喧嘩したときも原っぱに行けば、その女の人は僕を優しく出迎えてくれた。僕はその人といろんな話をした。
道端できれいな石を拾ったこと、実技大会で一位を取ったこと、家族で王都に行ったこと。食べたこともない美味しいケーキを食べて、大きなお城を見たこと。
「あのお城にはね、王様とお姫様がいるのよ」
「そうなんだ。会うことはできないの?」
「私たちのような身分の低い人はおいそれとお目にかかれないものなのよ」
「なんで身分が低いの?」
お母さんは困った顔をしてた。
「やっぱりいいや、あ、お母さん!あれはなに?」
悲しそうなお母さんを見たくなくて、僕は質問を取り消した。
お姉さんにお城の話をしたら、お姉さんもお城を見たことがあったみたい。あんなに立派なお城ってどうやって建てたのかな、っていう話をしたんだ。
僕がお姉さんに会って3年が経ったとき、原っぱに座るお姉さんが僕に言った。
「私ね、本当の家に帰らないといけなくなったの。またいつか会いましょう」
そう言ってお姉さんは止める僕を置いて、どこかへ行ってしまったんだ。
これからの僕は放心状態だった。毎日会いに行っていた人にもう会えなくなってしまったのだから。
家での仕事もまともに手につかなくなってきたとき、僕宛ての手紙が一通届いた。真っ白な封筒で僕が知っている紙よりも触り心地の良いものだ。
恐る恐る差出人を見てみると、お姉さんの名前だった。急いで中身を確認する。
お姉さんはあのお城に住むお姫様だったけど、療養のために僕の家の近くにきてたってこと。また会いたいけど身分が高いから簡単に外に出られないし、僕と会うことができないってこと、が書かれてあった。
身分、身分ってなんだ。
そんなにそんなに重要なのか。今まで意識してこなかった。僕の街で生きるのには、あまり必要のなかった知識だ。
僕は身分を今よりももっと上げるために毎日に必死になった。
僕が通うアカデミーには、成績優秀者のうち希望者は王都で騎士となるための推薦を受けられる。僕は、最終学年でその成績優秀者となり、スムーズに王都へ行くことになった。
もともと素質もあったのか、騎士となるためのいいところまで進んだ。先輩にも気に入られて、戦場でもそれなりに活躍した。
そして、やっとお姉さんに会えた。
その要因はつい先日まであった二つ隣の帝国との戦い。僕が率いる部隊が敵軍と第一軍を破ったのだ。それに続いて、僕以外のほかの部隊もどんどん倒し始めた。 だから、僕だけの栄叡ではないけど、せっかくだからありがたく胸を張っておくことにした。
お姉さんと会えた時の僕の喜びは、もう表現できないほどで、僕は情けなくも泣いてしまった。
前よりも大人っぽくなって、綺麗になったお姉さん、いや王女さまは、変わらない優しい笑顔で僕を迎え入れてくれた。
「やっと会えましたね、私のためにありがとう」
その言葉にまた泣いてしまった。
僕がお姉さんに抱いている気持ちは、俗にいう恋愛というものではない。お姉さんもきっとそうなのだろうと思う。でも、僕たちには特別な縁がある。
僕にはどうやら男爵の地位が与えられるらしい。一代限りだけど。
これからも僕は王女さまのそばに居ようと思う。
僕が普通じゃなくても愛してくれますか?
みんなと同じことができなくても、同じみんなと同じ愛情を持って接してくれますか?
僕は生まれながらにして、翼は持っていても飛ぶことができない天使だった。
真っ白な羽、柔らかな羽、肩甲骨の辺りからひょっこりと生えている。
僕のお母さんもお父さんもお姉ちゃんもお兄ちゃんもみんな持っている翼。
僕も持っているけれど、みんなと違うのは飛べないということ。
よく分からないけれど、天使のお医者さんのところに連れて行かれて、翼としての役割をコレは果たせないんだって。
稀にある病気の一種なんだって。
僕は意味もなくある、ただ飾りのコレと一生付き合わなくてはいけないらしい。
と言っても、生まれた時からこうだからみんなの可哀想とか辛かったね、とかっていう声かけは特に僕の心になんの影響ももたらさない。
だって僕にとってはコレが普通だから。
学校に行く歳になった。
僕は他の使える翼がある子とは違うクラスなんだって。
空を飛んで移動しないといけない授業とか、内容に僕は一緒に行動できないから、特別な学級に行くらしい。
それはごもっともなことで、他の子に置いて行かれて悲しい目に合うよりかは、僕と同じような境遇の子達と頑張って授業を受けることの方が良かった。
僕みたいに翼が使えない子や、翼がない子、片方しかない子、それから頭の上の輪がない子とか、いわゆる普通を持っていない子が僕と同じクラスになった。
それぞれができることは違うし、たしかに他の子とはなんか違うなって子達が集まっている。
でも、得意なこともあって、絵がものすごく上手だったり集中力がすごかったり、特定の知識だけはたくさん詰まってたりする特別な子たちばっかりだ。
担任の先生とは別に補助の先生もいていろいろ良くしてくれてる。
でもね、僕知ってるんだ。
百パーセントの愛で接してくれている訳ではないこと。百パーセントの善意で見てくれていないこと。
先生は言うんだ。あの子はああだったら、いいのに。とか、せめて〇〇はできないと生きていけないのに、とか。相手が面倒くさいとか。そりゃあね、場所を歩いて移動するしかないから、高いところに行くには連れて行ってもらわないといけないし、片方の翼しかない子はバランスが取れないから、体を支えてもらう必要があるし、頭の輪っかがない子は、頭の回転がちょっと遅いから受け答えがうまくできない時もある。
僕の世界では、普通じゃないことが見た目で分かってしまう。僕が外に出かけたらね、知らない人は顔を顰めるの。きっと僕が変な行動をしたり人に迷惑をかけたりすると思ってるんだ。迷惑はかけるかもしれないけど、顔を顰めなくていいのに。
僕はちょっと傷ついてしまうんだ。こんなこと慣れてるはずなのにね。
なんかね、2学期から学校の制度が変わって僕みたいな立場の子も普通学級に行かなくちゃいけなくなったの。
まあ、僕はそのままの学級なんだけど。
頭に輪っかがない子が普通のクラスに行くことになった。その子のお母さんは、他の子と違うってことが、ものすごく今まで嫌だったみたい。だから、その知らせを聞いてすごく喜んでた。
私の子は、普通なのよって。
不思議だね。クラスが違うだけでその子のお母さんは胸を張って自分の子の存在を人にいうことができるんだ。
おかしいよ。
でもね、数ヶ月経ってその子は学校に来なくなっちゃった。授業に追いつけないんだって。
今まで僕たちとやってたペースはゆっくりだったから、授業のスピードに追いつけなくなっちゃったって。
そりゃそーだよ。
なんで、僕たちにあったクラスに行ったら行けないのさ。僕は先生に聞いてみたんだ。
そしたらね、学校のボスの市役所ってところからの命令なんだって。
僕たちみたいにちょっと正常じゃない子がたくさんいて大変だから、その人数を減らすために基準をあげたんだって。意味が分からないよ。
授業に追いつかなくてもいいから教室にいるだけでいいよ、ってなんの意味があるの?
僕はまだこのクラスにいられる。
でも、授業の言ってる意味も分からない、友達もできない。教育の放棄だよね。
天使は天使っていう型にはまった見た目じゃないと、普通の子と同じものをくれないの?
恥ずかしいとか、可哀想とか、なんでそう思うの?
あーあ、なんて簡単で難しい問題なんだろう。