『友情』
悪役令嬢と執事のセバスチャンは、
魔術師の故郷リルガミンを訪れていた。
かつて地下迷宮により世界各地から冒険者が
集まり賑わいを見せていたリルガミン。
今では迷宮も閉鎖され、
長閑な地域となっていた。
「これを向こうに運べばいいのか」
「はい。助かります」
広大な薬草園の中を歩きながら、
黙々と荷物を運ぶセバスチャン。
その姿を薬草を摘みながら
心配そうに見守る悪役令嬢。
薬草園の隣には学校が併設され、
魔術師はここで子どもたちに
魔法や薬草学などを教えている。
そこへ杖をついた老婆が
ゆっくりと近づいてきた。
「オズワルド様、この間いただいた薬のおかげで
膝の痛みがすっかり取れたんですよ」
「それは良かったです。どうかお大事に」
魔術師の優しい微笑みに、
老婆の顔も自然と綻ぶ。
続いて、元気いっぱいの子供たちが
集まってきた。
「魔術師さま、見てください!葉っぱを
宙に浮かべられるようになったんです!」
「なんと、素晴らしい。君たちは将来、
優秀な魔法使いになりますよ」
魔術師の言葉を聞いて、
星のように目を輝かせる子どもたち。
「領地の人々から信頼されているんだな」
その光景を見ていたセバスチャンが思わず
呟いた言葉に、魔術師は穏やかに目を伏せた。
「今があるのは、先代の魔法使いたちが長い
時間をかけて人々と歩み寄ってきたおかげです」
魔術師はセバスチャンを薬草園の奥へと
案内した。木漏れ日が差し込む開けた
空間には、一つの碑石が静かに佇んでいる。
「これは鎮魂の碑です」
かつて世界各地で魔女狩りが横行していた。
疫病や災害に見舞われ、不安や疑心暗鬼に
駆られた人々が、魔法使いだけでなく、
多くの罪なき者たちの命を奪った負の歴史。
碑石に刻まれた犠牲者たちの名前を
セバスチャンは一つ一つ丁寧に目で追う。
「人間はいつの時代も、未知の存在や
異質なものを恐れ、排除しようとします」
「……」
「魔法使いは人々に知識を分け与え、彼らの
生活を助け、身近な存在となる事で、
こうして共に生きられるようになった。
だから君たち獣人も、いずれ受けいれられる
時代が来ると私は信じています」
セバスチャンは目を見開いて、
それから寂しげに微笑んだ。
「ありがとう、オズワルド」
そこへ悪役令嬢が颯爽と駆け寄ってきた。
「セバスチャン、魔術師。お疲れ様ですわ!」
彼女は地元の女性たちと薬草園で取れた
ハーブを使って、薬膳料理やハーブティーを
作っていたようだ。
「さあ、昼食にしましょう」
悪役令嬢の張り切る姿にセバスチャンと
魔術師は、顔を見合せて笑みを交わした。
「行きますか」
「ああ」
薬草園に漂う爽やかな香りと、
木々を揺らす風の音が、肩を寄せ合うように
歩く三人を優しく包み込んだ。
『花咲いて』
「ラーメンが食べたいですわ」
美しく咲き誇るラベンダーを
眺めながら悪役令嬢は静かに呟いた。
「ラーメン……ですか」
「はい。幼い頃、お父様に連れて行ってもらった
ラベンダー園で食べたラーメンの味が忘れられ
ないのです。またあれが食べたいですわ」
早速セバスチャンは、
図書室でジャポネ料理の本を読み漁り、
メイドのベッキーと共に厨房へ向かった。
「今日は何を作られるのですか?」
「ラーメンだ」
「東洋の料理ですよね?初めて作ります!」
「俺も同じだ。だが、あの方の望みに
応えるためにはやるしかない。
力を貸してくれるか、ベッキー」
「もちろんです!」
まずセバスチャンは麺作りに取り掛かった。
小麦粉、塩、水を正確に計量し、
ラベンダーの粉末を加えて丁寧に捏ね上げる。
人間離れした腕力で生地を伸ばし、
何度も折りたたむ。
まるで芸術家が作品を生み出すかのように。
その間にベッキーはスープの準備に専念する。
今回は紫色の麺が映えるよう
塩ベースで挑戦だ。
手羽先、にんにく、生姜、長ネギ、玉ねぎ、
人参、りんご、水を大鍋で煮込みながら、
別の鍋で昆布と鰹節の出汁を取る。
何度も味見を重ねて、調整を続ける二人。
「うーん、なんだか物足りない感じがします」
「そうだな。もう少し塩を付け足すか」
試行錯誤の末、遂に究極のラーメンが完成した。
「お待たせいたしました、主。
ラベンダーラーメンでございます」
セバスチャンが差し出した器には、
透き通った薄紫色のスープに
紫色の麺が浮かんでいた。
上には、輪切りレモン、オクラ、コーン、
カイワレ、赤玉ねぎのみじん切りが
色鮮やかに盛り付けられている。
悪役令嬢は目を輝かせ、恐る恐る箸を取った。
麺を啜った瞬間、彼女の体に電流が走る。
「何ですのこれは……」
「お口に合いませんでしたか?」
心配そうに尋ねるベッキー。
「違いますわ!これこそが私の求めていた味。
いいえ、それ以上のものですわ!」
悪役令嬢の怒涛の食レポが始まった。
「ラベンダーの香りがほのかに香る上品な麺に、
鶏と海の風味が調和したスープ。これらが
絶妙にマッチして、まるで紫色のドレスを纏う
女王と武士が手を取り合いダンスを
踊っているようですわ」
よく分からない例えだが、褒め言葉として
受け取るセバスチャンとベッキー。
「素晴らしいですわ。
二人とも、本当にありがとうございます」
「光栄です、主」
「お嬢様に喜んでもらえてよかったです!」
その日の午後、清々しいラベンダーの香りが
漂うテラスで、三人はラーメンを啜った。
彼らの頭上でラベンダーラーメンの女神が、
花咲くように笑った気がした。
『今一番欲しいもの』
夏の鮮やかな青い空と緑豊かな庭を眺めながら
優雅にティータイムを楽しむ悪役令嬢。
「セバスチャンは何か
欲しいものなどございませんの?」
ローズティーの甘い香りが漂う中、悪役令嬢は
好奇心に満ちた目で執事を見つめた。
「欲しいもの、ですか……」
「ええ、あなたの働きぶりには本当に感謝して
おりますの。だから御礼がしたいと思って」
彼女の気遣いに慎ましく微笑むセバスチャン。
「俺はあなたの幸福と安全を
第一に考えております。あなたが
健やかでいてくれたらそれで十分です」
「そういった模範的な返答はなしですわ!
何でもいいですから、正直に欲しいものを
仰ってくださいまし」
「何でも……」
セバスチャンは困惑した様子で目を伏せた。
二人の間に沈黙が流れる。悪役令嬢は
期待に胸を弾ませ、彼の答えを待った。
やがて、セバスチャンがゆっくりと口を開く。
「───靴下が、欲しいです」
「まあ、靴下ですわね。お易い御用ですわ」
「主の」
「はい?」
「主の靴下が欲しいです」
その日の夜更け、仕事を終えて自室に戻った
セバスチャンは、深呼吸をした後、
人間の姿から白銀の狼へと変化した。
悪役令嬢から受け取った洗濯していない靴下に
顔を擦り付けて、鼻をクンクンとさせながら
匂いを嗅ぎ、はむはむと食みながら味を堪能する。
金色の瞳は幸福感で潤んでいた。
部屋の隅には、彼がこっそり集めた
主の私物が大切に保管されている。
主の愛用する柔らかなブランケット、
お気に入りのクッション、
先日使っていたショールまで。
全て、主の匂いが染み付いていた。
セバスチャンは毎晩こうして狼の姿となり、
主の香りに包まれる。それは彼にとって
かけがえのない至福の時間なのだ。
白銀の狼は満足気に尻尾を振り、
「くぅん」と小さく鳴いた。
新しいコレクションが増えた事への
嬉しさと僅かな罪悪感、そして
主の香りに包まれながら彼は眠りにつく。
瞼の裏に主の笑顔を思い浮かべて────。
『私の名前』
愛馬のディアブロに跨り森の中を駆けていた
悪役令嬢は、見慣れぬ場所を発見しました。
「む、こんな所にトンネルがありますわ」
馬を近くに待機させて奥へ進んでいくと、
目の前に広がっていたのは
赤提灯が揺らめく謎の街。
色々あって彼女は、この世界の湯屋で
働くことを余儀なくされます。
「ここで働かせてくださいまし!」
湯屋を取り仕切る魔女のもとへ向かい、
働かせてほしいと頼む悪役令嬢。
魔女は彼女に契約書を渡し、
名前を書くよう命じました。
メアリー・スー・バラシー・ドラコニア
「贅沢な名前だねえ。お前は今日からメだよ。
さあ、しっかり働きな、メ!」
(メ?ただのメ?あまりにも短すぎますわ!)
それからというもの、メは朝から晩まで
休む間もなく働かされました。
雑巾がけ、配膳、巨大な風呂釜の掃除と、
慣れない仕事の連続。
「新入り、ちゃっちゃと働きな!」
(はあはあ、きちいですわ!)
贅沢な暮らしを謳歌してきた彼女にとって、
ここでの日々は過酷そのもの。
ヒヨコや角の生えた客、カエルやナメクジの
見た目をした従業員が行き交う摩訶不思議な
湯屋で、メは銀髪に金色の瞳を持つ
チャンという少年と出会います。
チャンはメに優しく接してくれる唯一の存在
で、彼女にとって大きな慰めとなったのです。
「チャンはなぜここで働いているのですか?」
ある日、湯屋の所有する畑でチャンがくれた
塩おむすびを頬張りながら、メは尋ねました。
「俺には、記憶がないんだ。自分が何者で、
どこから来たのかも分からない」
チャンの金色の瞳が遠くを見つめます。
メは驚きました。彼もまた、魔女に名前を
奪われ、この世界に閉じ込められた
存在だったのです。
「でもきっと俺たちには本当の名前がある。
そして、帰るべき場所が……」
「ええ、そうですわね」
二人は誓います。記憶を取り戻し、
この世界から脱出する方法を見つけ出すことを。
しかし、彼らの前には数々の試練が
待ち受けていました。
果たして二人は魔女の監視の目をくぐり抜け、
真の名前と自由を取り戻すことが
できるのでしょうか。
『視線の先には』
「あら、これは何かしら」
倉庫の片付けをしていた悪役令嬢は、
埃にまみれた箱の中から一枚のDVDを見つけた。
黒塗りされたパッケージには
『死霊の盆踊り』と赤い文字で書かれている。
気になった悪役令嬢は
魔術師に相談してみる事にした。
「ふむ、これは興味深い代物ですね。面白そう
じゃありませんか。ぜひ皆で見ましょう!」
魔術師の一声によって、
悪役令嬢の屋敷で鑑賞会が始まった。
カーテンを閉めきった涼しい室内には、
バターの香りが漂うポップコーンとコーラ
ふかふかのクッションとソファが用意され、
オシャレなシアタールームの完成だ。
悪役令嬢、魔術師、執事のセバスチャン、
メイドのベッキーの四人は期待と不安が
入り交じった表情でゴクリと息を飲む。
イービルアイのプロジェクターにより
壁に映像が映し出された。
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(何ですのこれは、クソつまんねーですわ!)
映画の内容は、死霊と名乗る女性たちが
延々と踊り続ける意味不明なものだった。
ちらりと他の者たちの様子を伺う悪役令嬢。
セバスチャンは礼儀正しく座っているものの、
明らかに寝ている。
ベッキーは目を擦りながら睡魔と戦っている。
魔術師は目を爛々と輝かせながら、
映画に魅入っていた。
ようやく映画は終わり、エンドロールに突入。
「私、人生の中でこれほどまでに
くだらないものを見たのは初めてですわ」
どっと疲れた悪役令嬢。
「いやあ、なかなか見応えがありましたね!
特に二番目に登場した女優さんが良かったです」
面白そうに感想を語る魔術師。
「ですね!女優さんたちが皆お綺麗で
ダンスが上手でした!」
頑張って褒めようとするベッキー。
「すみません、途中から寝てました」
ようやく起きたセバスチャン。
こうして映画鑑賞会は幕を閉じた。
「お嬢様!あれを見てください!」
突然、窓の外を指差すベッキー。
視線の先に広がっていた光景────
空には暗雲が立ち込め、なんと地面からは
朽ちた手が飛び出してきたではないか。
「な、な、な、一体全体
どうしたというのですか!」
「もしかするとあのDVDには、死霊を復活
させる呪いがかけられていたのかもしれません」
「なんですって!?」
魔術師の言葉に唖然とする悪役令嬢。
眠りから蘇った死霊たちが、呻き声を
上げながら悪役令嬢の屋敷に近づいてくる。
「主、戦闘準備を!」
悪役令嬢は扇子、セバスチャンはナイフ、
魔術師は杖、ベッキーはフライパンを手に持つ。
こうして死霊たちとの激しい攻防戦が
幕を開けたのである。
果たして彼らは無事に
この危機を乗り越えられるのか?
それとも────。
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ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙
🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️
🏠👸🏻🐺🧙♂️👧⁉️
悪役令嬢の屋敷に死霊の大群が
襲いかかってきた!
腐敗した肉の臭気が風に乗って漂う中、
悪役令嬢たちはすぐさまバリケードを作り
魔術師が魔法の城壁を張り巡らさせる。
「一時的な防壁です。長くは持ちません」
「主、ベッキー。噛み付かれたり、
引っかかれないよう気をつけてください」
「もちのろんですわ!」
「了解です!」
悪役令嬢が扇子を持って舞うと、宙に木の杭が
幾重にも現れ、死霊たちの頭蓋骨を貫く。
「お嬢様、すごいです!」
「奴らには頭への攻撃が有効なようですね」
ベッキーが感嘆の声を上げ、セバスチャンが
鋭い眼光で死霊共を見据えた。
セバスチャンの放ったナイフが空気を
裂いて、次々と死霊の脳天に突き刺さる。
近づいてきた死霊相手には背後に回り込み、
首の骨をこきりと折る。
魔術師が杖を構えて呪文を唱えると、
死霊たちの周りに炎の壁が築き上げられた。
刃と化した火炎が屍たちを焼き尽くす光景は、
まるで地獄の業火のようだ。
「えいやっ!これでもくらえ!」
ベッキーがバリケードのすぐ側まで来ていた
死霊の頭をフライパンの底で力いっぱい叩き潰す。
「くっ、数が多すぎる」
次から次へ湧いてくる死霊たち。
倒しても倒してもキリがない。
「最後の手段ですわ。皆さん、私に続いて
この呪文を唱えてくださいまし」
悪役令嬢が呪文を唱え初め、
他の三人も声を合わせた。
「イワコデジマイワコデジマ、
ホンコワ・ゴジキリ!」
「カイ」「トウ」「ホウ」「ブ」
「ジャッキ・タイサン」
「「「「カーーーーッ!!!!」」」」
しゅわわわわああああ✨️✨️✨️✨️
眩い光が闇を払い、
死霊たちが天へ召されていく。
「死霊たちよ、安らかに眠りなさい」
夜が明け、四人は疲れた表情で朝日を眺めた。
「全く、なんて一日だったのかしら」
「予想外の展開でしたが、結果オーライという
ところでしょうか。皆さんお疲れ様でした」
「ともかく全員無事でよかった」
「ほっとしてまだ手の震えが……」
朝日に照らされた庭で、
淹れたてのコーヒーを飲む四人。
コーヒーの芳醇な香りが彼らを包み込む。
こうして死霊たちとの激しい闘いは
幕を閉じたのであった。