『私だけ』
ここは私立ヘンテコリン学園一年P組の教室。
「さすがメア様!」
「物知り~!」
「おほほほほ、私は何でも知ってますわよ」
今日も今日とて悪役令嬢は取り巻きたちに
ヨイショされていた。
「そういえば、この間の
ズンドコベロンチョ見た?」
「見た見た!すごく可愛かったよね!
メア様もご覧になられましたか?」
「えっ……」
初めて耳にする単語に戸惑う悪役令嬢。
「え、ええ……とてもよかったですわ」
「「ですよねー!」」
その日、クラスの間ではズンドコベロンチョ
(略してズンベロ)の話題で盛り上がっていた。
「ズンドコベロンチョ最高!」
「斬新すぎるだろ、ズンベロ」
「ズンベロしか勝たん」
ズンドコベロンチョ?何ですのそれ。
「ねえ、あなた。ズンドコベロンチョに
ついてご存知かしら」
悪役令嬢は学級委員こと魔術師に尋ねた。
「もちろん。最近流行ってますよね、ズンベロ」
「ふ、ふ~ん」
「もしかして……お嬢様、ご存知ない?!」
「そ、そ、そ、そんな訳ないじゃないですか!
知ってますとも、当然ですわ!」
悪役令嬢は放課後、こっそり学校の図書室に
入り浸り、ズンドコベロンチョについて調べた。
だが、辞書を引いて図鑑を開いて文献を漁れど、
それらしき情報はどこにも載っていない。
(こうなったら最後の頼みの綱、
セバスチャンに聞くしかないですわ!)
「セバスチャン、ちょっといいですか」
「主?どうなされましたか」
「フェンリル君!」
丁度のタイミングで、
同級生のモブ崎モブ子が乱入してきた。
(ちっ、余計な邪魔が入りましたわ)
悪役令嬢の横で話す二人の内容も
ズンドコベロンチョについてだ。
右も左も、老いも若きも、男も女も
ズンドコベロンチョの話で持ち切り。
もしや、知らないの……私だけ?
食べ物?音楽?ファッション?動物?遊び?
キャラクターの名前?キャッチフレーズ?
あーもう全然わかりませんわ。
ズンドコベロンチョって何ですの?
ズンドコベロンチョってなんですのー?!
『終わりにしよう』
華やかな貴族のサロンに、色とりどりの
ドレスを纏ったレディ達が集う。
その中でも一際目を引くのは、
深紅のドレスに身を包んだ悪役令嬢。
「前から疑問に思っていた事なのですが、
メア様はなぜ悪役令嬢と名乗って
いらっしゃるのでしょうか?」
貴婦人の問いかけに、
悪役令嬢が自信満々に答える。
「ふふん、それはですね……。私が神から
悪役令嬢になるようにと命じられ、
この地に産み落とされたからですわ」
「まあ、なんと崇高な使命を……!
素晴らしいですわ、メア様!」
「おほほほほ!そんなに褒めないでくださいまし」
周りからヨイショされてご満悦の悪役令嬢。
だがしかし、彼女の地獄耳は隅で囁き合う
若い令嬢たちの声を聞き逃さなかった。
「神から与えられた使命?ですってw」
「自分で言ってて恥ずかしくないのかしら」
「そこのコソコソ話してる二名!
聞こえてますわよ」
悪役令嬢の言葉に、二人は慌てて
扇子をパタパタとあおいだ。
コツコツと踵の高い靴を鳴らして
回廊を歩く悪役令嬢。
「メアか、久しいな」
振り返ると、黒髪を後ろに撫で付けた美しい
紳士、彼女の兄であるウィルムが立っていた。
「お、お兄様……ご機嫌麗しゅう」
「お前が悪役令嬢と名乗っていると貴族たちが
噂していたぞ。最近、流行っているらしいな。
異世界転生?無双?あんなのは現実の暮らしが
上手くいってない輩が読む本だろう?お前も
いい歳なのだから、いい加減卒業したらどうだ」
「うっ」
殺傷能力高めの言葉が悪役令嬢を襲う。
それからも兄の小言は延々と続き、
ようやく解放された彼女は
薔薇園のガゼボで深い溜息をついた。
「もう、これで終わりにしようかしら」
「何を終わりにするのですか?」
優雅な足取りで近づいてきた魔術師。
フロックコートを華麗に着こなす姿は、
まるでどこかの貴公子のようだ。
「あら、あなたがこのような場に
顔を出すのは珍しいですわね」
彼は孤児院の子どもたちが作った
ビーズのアクセサリーを売りに来ていたという。
「金と暇を持て余した貴族たちは施しの機会に
飢えていますからね。ところで先程は
一人で何を話されていたのですか」
「もう悪役令嬢と名乗るのをやめようかと」
「えーっ!」
事情を聞いた魔術師は
うんうんと深くと頷いた。
「僕もよく祖父に言われますよ。お前には
責任感がない、貴族が中流階級や労働者階級
の人々のように働くのは恥ずべき行為だとか」
「あなたは家督を継いだら
店を閉じてしまうのですか」
「とんでもない!これからも続けていきますよ」
我が道を行く魔術師に悪役令嬢を目を細める。
「ふっ、素晴らしい心がけですわね」
彼に励まされた悪役令嬢は、これからも
自分らしく生きていこうと決意したのであった。
『優越感、劣等感』
あたしの名前はモブ崎モブ子!
私立ヘンテコリン学園に通う高校一年生。
「はあ~」
モブ子は鏡の前で溜息をつきながら、
先日耳にした男子たちの会話を思い出していた。
「クラスで一番可愛い子は誰だと思う?」
「リディルちゃんだろ。この前消しゴム
拾ってくれたし、絶対俺に気がある」
リディルは純金と見まがうブロンドの髪と
サファイアのような青い瞳を持つ美少女で、
モブ子の友だちだ。
「メア・リースーは?」
「美人だけど性格がきつい」
メア・リースーは夜空を思わせる黒髪と
ガーネットのような赤い瞳を持つ美少女で、
モブ子のライバルだ。
「じゃあモブ崎は?」
自分の話題が出てドキッとするモブ子。
「んー、良くも悪くも普通」
「中の下?いや、中の中か」
は?なーに好き勝手言っちゃってんの!
その言葉が、
モブ子の胸に深く突き刺さった。
あたしにはリディルちゃんみたいな可愛いさも、
高飛車お嬢様みたいな美しさもない。
目がもっと大きかったらなあ。唇は
もっと小さく、顔のラインはしゅっとして。
あ、こんなところにホクロができてる。
一つ気になりだしたらキリがない。
中庭で落ち込んでいると、
学級委員が声をかけてきた。
「何か悩みでもあるのですか。
この学級委員に何でもご相談を」
モブ子は躊躇しながらも、自分の容姿に
ついてのコンプレックスを話した。
「ふむ、そんな貴方にピッタリの品がこちらに!
『魔法のアイシャドウ』。目元を大きく見せる
効果があります。試しに使ってみますか?」
学級委員が差し出した手鏡に映るは、
少女漫画のヒロインのようなキラキラおめ目。
「今なら半額です。この機会をお見逃しなく!」
「買います!」
それからモブ子はお小遣いをはたいて
美容品を買い漁り、毎朝メイクに
時間をかけ、髪型も変え、校則ギリギリの
スカート丈で学校に通った。
ある日、ドキドキしながら絶賛片思い中の
セバスチャン・フェンリル君に声をかけた。
「おはようフェンリル君!
あ、あのさ、いつもと違うのわかる?」
「?どこが変わったのかわからない」
がーん!!あたしの今までの努力は……。
「あら、モブ崎さん。ごきげんよう。
魔術師から事情は聞きましたわ」
項垂れるモブ子に高飛車お嬢様が
声をかけてきた。
「モブ崎さん、私とあの子は神が丹精込めて
作った至高の芸術作品ですから、
いちいち比べていたら身が持ちませんわよ」
優越感をひけらかすように
胸を張る高飛車お嬢様。
はえ~、ここまで来るとむしろ清々しい。
その夜、モブ子は自分の素顔を見つめ直した。
他人と比較する事の無意味さ、虚しさを痛感した
彼女は、過度な美しさへの執着をやめ、
心身共に鍛えることにしたのであった。
『目が覚めると』
「セバスチャンさん大変です!」
セバスチャンが朝食の準備をしていると、
ベッキーが息を切らして厨房に駆け込んできた。
「どうしたベッキー」
「お嬢様の姿がどこにも見当たらないんです!」
「主が……?」
眉をひそめたままセバスチャンは、
悪役令嬢の寝室へと急いだ。
扉をノックするも返事はない。
「主、失礼します」
中へ入ると、朝日に照らされた
静寂な空間が広がるばかり。
散歩にでも出かけたのか、それとも……。
不安が胸をよぎる中、微かな声が響いた。
『セバスチャン、こちらでちゅわ!』
目を凝らすと、
ドレッサーの上に小さな生き物を発見。
頭にリボンをつけたハムスターが、
つぶらな瞳でセバスチャンを見上げている。
「……主ですか」
🐹『でちゅわ!』
くしくしと小さな手で顔を整える
主の姿に、言葉を失うセバスチャン。
「一体、何が起こったのですか……」
🐹『目が覚めるとこの姿になっていまちたの。
きっと魔術師の仕業でちゅわ』
セバスチャンが手のひらを
出すとちょこんと上に乗ってきた。
🐹『さあ、あの者を探しに行きまちゅわよ。
出発進行でちゅわ!』
魔術師の匂いを辿って深い森の中に
足を踏み入れた二人。
お目当ての人物はあっさり見つかった。
どうやらハーブを摘んでいる最中のようだ。
「おや、おはようございます」
🐹『魔術師、今ちゅぐ私を元に戻しなさい!』
「またお前の仕業か」
「またってなんですか。
ご心配なく、これですぐに戻れますよ」
そう言って黄色い花を差し出す魔術師。
この花の名前はルー。
柑橘系の強い香りが特徴的な、
魔法解除の能力を秘めたハーブだ。
花をムシャムシャと食べる悪役令嬢ハムスター。
✨️✨️🌼🐹🌼✨️✨️
口に含んだ瞬間、彼女は光に包まれ、
元の美しい姿に戻った。
「主!」
安堵の表情を浮かべるセバスチャン。
彼女にかけられていた"とっとこハム魔法"。
魔術師が編み出した呪文で、相手を
ハムスターに変えてしまう恐ろしい魔法だ。
「まだまだ試作の段階なんです」
「許可も取らずに私を実験台に使うだなんて
あんまりですわ!」
ぷりぷり怒る悪役令嬢。
「どうかお許しを、お嬢様」
魔術師はローブの下から
氷魔法がかけられた白い箱を取り出した。
「お詫びに特製アイスケーキをご用意しましたから
……お茶と一緒にどうですか」
「あら、あらあら……ふっ、仕方ないですわね。
今回は私の優しさに免じて許してあげましょう」
「それでいいんですか、主」
かくして三人は屋敷に戻り、朝日が森を
金色に染める光景を眺めながら朝食をとった後、
皆でアイスケーキを頂いたのであった。
『街の明かり』
夏の夕闇が街を優しく包み始める頃、
セバスチャンは日用品の買い出しと
速達の手配を済ませた。
街の至る所に笹の葉が飾られ、風に揺れる
色とりどりの短冊には人々の願いが綴られている。
東の国から伝わった星祭りで
七夕というものらしい。
時計台のある円形広場に差し掛かると、
午後6時を知らせる鐘の音が響き渡った。
赤茶色の三角屋根を持つ家々から
オレンジ色の光が漏れ始め、
街灯も瞬きながら次々と灯りをともしていく。
昔は街の明かりを見ると、言い表せないほどの
寂しさに襲われものだ。だが今は違う。
カフェに立ち寄り、主とベッキーへのお土産に
キャラメルフラペチーノと桃のフラペチーノ
いちごのカスタードタルト、
ブルーベリーのレアチーズケーキを選ぶ。
紙袋を手に街を出て、夕暮れ時のヒースの花が
紫色に染まる湿原を颯爽と駆け抜けた。
遠くに見える屋敷の窓から漏れる温かな光に、
彼の足取りは自然と軽くなっていく。
「ただいま戻りました」
玄関の扉を開けると、黒のワンピースに
白いフリルのエプロン姿、髪をリボンで一つに
まとめた麗しい主が彼の帰りを待ち構えていた。
「おかえりなさい、セバスチャン。
ごはんにしますか?お風呂にしますか?
それとも……わ・た・く・し?」
「主、変なものでも食べましたか」
主に続いて、髪を二つ結びにしたメイド服姿の
ベッキーが晴れやかな笑顔で彼を迎え入れた。
「おかえりなさい、セバスチャンさん!
今日のごはんは冷やしチウカですよ~。
お嬢様と一緒に腕を振るいました!」
「ふふん、私がハムときゅうりを切りましたわ」
誇らしげに胸を張る悪役令嬢と
はにかむベッキー。
その姿に、セバスチャンの口元が自然と緩む。
帰る場所がある。明かりの灯る家で、
自分の帰りを待っていてくれる人がいる。
何気ない日常こそが何よりも尊く、
そんな日々を送れる自分は
なんて幸福なのだろう。
「さあさあ、手を洗ってきてくださいまし。
もう準備は整っていますわよ」
「承知いたしました」
主の切った不揃いなハムときゅうりを
想像しながらセバスチャンは洗面所へ向かった。