悪役令嬢

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6/17/2024, 5:15:11 PM

『未来』

魔術師の怪しい道具により、
未来に飛ばされた悪役令嬢。
辿り着いた先は、
九狼城と呼ばれるスラム街だった。

「よお、姉ちゃん。金目のもの全部置いていきな」
ついて早々、柄の悪い半グレ共に取り囲まれる。

「私、現金は持ち歩かない主義なんですの」
淡々と答えるキャッシュレス決済派の悪役令嬢。

この場をどうにかして切り抜けたい。
そう考えていた矢先────

「何をしている」

低い男の声が聞こえてきた。
そこに立っていたのは、金の刺繍が施された
漆黒の長袍を身に纏う背の高い男性。

半グレ共の顔がサッと青ざめる。

「あ、あなたは、天狼幇の……」
「俺のシマで恐喝とは随分と肝が据わっている」
「ひぃっ!」

冷たい眼差しを向けられた半グレ達は
蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

「助けていただきありがとうございます」
「いや、礼は無用」

二人は顔を見合わせ、そして互いに目を見張った。

「セバスチャン?」
「主?」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

セバスチャンに案内された場所は、
シノワズリ調の家具が取り揃えられた広い部屋。

揚げたての胡麻団子と温かい烏龍茶を
頂きながら悪役令嬢は彼に質問した。

「今の年号はいくつですの?」
「紫竜六年です」

悪役令嬢の住む世界は蒼竜六年。
つまり彼女は三十年後の世界に
迷い込んでいたというわけだ。

彼の容姿は少し髪が伸びただけで、
大きくは変わっていない。

それもそのはず、
魔物の血が入った者は人よりも長く生きる。
そのため歳の取り方も普通の人間とは違う。

だが顔立ちは以前よりも鋭さが増して、
凛とした貫禄を放っていた。

「どうしてあの様な場所に?」
「実は私、過去からやって来たんですの。
信じられない話だと思いますが」

格子窓の隙間から外の景色を眺めて、
悪役令嬢は安堵のため息を零す。

赤提灯が揺らめく幻想的な街。
妖しげな雰囲気を残しつつも、
街並みは一新され美しくなっていた。

「こちらの私は元気にやっていますか」
その言葉に彼の表情が陰りを見せる。

「セバスチャン?」

彼は今にも泣き出しそうに顔を歪ませた後、
悪役令嬢を強く抱きしめた。
首筋に顔を寄せ、彼女の匂いを嗅ぐ。

「主の匂いだ」
その姿はまるで、長い間離れ離れになっていた
飼い主と再開した時の愛犬を彷彿とさせた。

「く、くすぐったいですわ」
身じろぐ悪役令嬢だが、彼は腕の中に
閉じこめたまま一向に離してくれない。

やがて天蓋付きの寝台に押し倒され、
月のような双眸に見下ろされる。

「あっ」
「主……」

セバスチャンの顔がゆっくりと近づいてくる。
果たして彼女は元いた世界に戻れるだろうか。

6/15/2024, 6:00:08 PM

『好きな本』

悪役令嬢の住むお屋敷には
広々とした図書室がある。

天井高い吹き抜けの空間には、
幾重にも重なる本棚が立ち並び、
迷路のように入り組んだ書架の小径を進むと、
柔らかな光が射し込む
落ち着いた窓際の席や、
居心地の良い書斎が広がっている。

暖炉の燃え盛る火が揺らめく書斎で、
悪役令嬢は赤いベルベットの椅子に
身を預け、茉莉花の香りが満ちる
空間で読書に耽っていた。

本日のお茶は九狼城から仕入れてきた茶葉で、
"花茶"と呼ばれるもの。
透明な急須の中で咲く花の姿は
何と可憐なことか。

時が止まったかのような
静謐な空間に聞こえてくるのは、
ページをめくる音と穏やかな息遣い。

「あなた方はどんな本がお好きなんですの?」
不意に悪役令嬢が、執事のセバスチャンと
メイドのベッキーにこんな質問をしてみた。

「あたしは普段あまり本は読まないですけど、
恋愛要素のある作品が好きですね!
禁断の恋や運命の出会いみたいな話に
弱くて……」
頬を紅潮させながら語るベッキーに、
「わかります、わかりますわ」
と共感する悪役令嬢。

「セバスチャンはどうですか?」
「特にこだわりはありません。
小説、自叙伝、図鑑……自分にはない知識や
考え方が得られるものは、どれも興味深いです」
彼は沈着な声でそう答えた。

ふむふむと頷く悪役令嬢に
「お嬢様の好きな本は何ですか?」
とベッキーが尋ねる。

「私?私は悪女が転生して成り上がる物語や
復讐を企てる作品が大好物ですわね」

ほほほと笑う悪役令嬢の膝元には、
月刊連載中の『どすこい!ナスビくん』
の単行本が置かれていた。

かくして三人は、芳醇な古書の香りと
甘美な花茶の香りに包まれながら、
好きな本の世界に浸り、
穏やかな一時を過ごしたのであった。

6/14/2024, 10:00:07 PM

『あいまいな空』

あたしの名前はモブ崎モブ子!
私立ヘンテコリン学園に通う高校一年生。

蒸し暑い雨季が訪れ、
湿った空気が肌に絡む今日この頃。

空を仰げば、灰色の厚い雲が空を覆い、
いつ雨が降り出してもおかしくない
重たい雰囲気が漂っていた。

「天気良くないね」
「だね~」
友だちのリディルちゃんと
口を揃えながら下校するモブ子。

(今日は傘持ってきてないから、
途中で雨が降らないといいけど)

「じゃあね!モブ子ちゃん」
「またねー」

河川敷を早足で歩いていると、
モブ子が想いを寄せている同級生の
セバスチャン・フェンリル君の姿を視界に捉えた。
彼は今日も捨てられた子犬の
お世話をしているみたい。

声を掛けようか迷っていると、
突如、荒々しい雨が地面を叩き付け始めた。

「うわ、最悪!」
雨に打たれまいと、
急いで橋の下に避難するモブ子。

突然の来訪者に彼が声をかけた。
「あんたは……」
「あ、どうも……」

川面を激しく打ち付ける
雨粒の音が響く中で黙り込む二人。

ザーザーと滝のように降る雨を
興味津々で眺める子犬。

雨は余計な雑音を振り払い、
まるでこの世界に二人きりで
取り残された気分に陥らせてしまう。

すると子犬がモブ子の足元に近寄ってきて、
遊びに誘うようにじゃれついてきた。

「きゃんきゃん!」

小さなしっぽをふりふりさせる子犬の
愛らしい仕草にモブ子の頬が緩む。

「かわいい……」
「こいつ、あんたに遊んで欲しいみたいだ」

すぐそばで聞こえてくる低い声音に、
胸がドキドキしてしまうモブ子。

「ねえ、この子……ずっとここにいるの?」
「ああ……早く飼い主を見つけてあげないとな」
「あの、だったらさ!うちでこの子飼うよ!」

モブ子の口走った言葉に
目を見開くフェンリル君。

「本当にいいのか?」
「うん。うちの家族みんな犬好きだし、
ね、うちにおいでよ!」
「きゃん!」

頭を撫でながら声をかけると、
子犬は嬉しそうに返事をした。

やがて雨は上がり、雲間から光が射し込む。
二人は金色に淡く光る曇天の空を見上げた。

「あんた、名前は?」
「も、モブ崎!モブ崎モブ子です!」

フェンリル君はモブ子を見つめ、
柔らかく微笑んだ。

「ありがとうモブ崎。また明日な」
彼はそう言い残し、
子犬の頭を優しく撫でて去っていった。

「……」

(名前、呼んでもらえた……)

腕の中の子犬をぎゅっと抱きしめながら、
嬉しさに浸るモブ子。
それから彼女は陽気な足取りで
帰路についたのであった。

6/11/2024, 4:15:12 PM

『街』

「セバスチャン、私お出かけしてきますわ」
「どちらへ?」
「九狼城へ。会いたい方がおりますの」

街の名前を聞いた途端、
セバスチャンは眉をひそめた。

「あそこは治安が良くない、
一人で行くのは危険です。俺も同行します」

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九狼城。
蜂の巣のように建物が密集し、
歪な城塞都市を形作るスラム街。

ここは犯罪と違法薬物の巣窟であり、
不法移民や難民、犯罪者や魔物の血を引く
者たちの格好の隠れ家でもあった。

無数の屋台が軒を連ね、
地底の迷路のような狭い路地からは
ドブや麻薬特有の甘い臭いが立ち昇る。

壁には大量の落書きと
裸婦のポスターが貼られ、
街の灯りには蛾が群がり、
屋台の料理には蝿がたかる。

治安も衛生環境も劣悪だが、
同時に熱気と賑わいに満ちた
下町情緒が色濃く残る刺激的な場所だった。

屋台で買った肉まんを食べながら街を歩く二人。

「久しぶりだな、フェンリル」

突如、荒々しい目つきをした野犬のような
風貌の男が現れセバスチャンに声をかけた。

「ガルム」

「知り合いなのですか」
悪役令嬢が小声で問いかけると、
セバスチャンは僅かに頷く。

「しばらく見ない間に
随分と垢抜けたこった」

ガルムと呼ばれた男は不敵な笑みを
浮かべながら、悪役令嬢に視線を向ける。

「お前の連れからいい匂いがする。
ここの女とは違う上等な香りだ」

男の視線から遮るように
彼女を背後に隠すセバスチャン。

「この方に指一本でも触れれば、お前を殺す」
「ふん、ナイト気取りが」
男はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

「なあフェンリル、また一緒に組まないか。
そしたらこの街を俺たちの物にできる」
「お前の話に付き合っている暇はない」

セバスチャンは彼女の手を取り、
すぐさまその場を後にした。

薄暗い路地裏を通り抜けながら、
悪役令嬢は執事に尋ねる。

「あなたはここに
暮らしたことがあるのですか」
「はい、少しの間ですが」

セバスチャンと出会ったのはこの九狼城。
彼はボロボロの姿で路地裏に倒れていたのだ。

揺らめく街の灯りを横目に、
悪役令嬢は控えめにセバスチャンの横顔を仰ぐ。

彼の過去や混沌としたこの街との繋がりを
もっと知りたい。
静かな好奇心が彼女の中で募り始めていた。

6/10/2024, 5:15:11 PM

『やりたいこと』

穏やかな日差しが降り注ぐ優しい昼下がり、
領地の修道院では恒例の
炊き出しが行われています。

悪役令嬢と執事のセバスチャンは、この日の
炊き出しを手伝うため修道院へ姿を見せました。

「スープはこちら側にお並びくださいませ」
手際よく案内を続ける若い修道女。
二人は彼女の指示に従い、
早速準備に取り掛かります。

炊き出しには、日雇い労働者や
職を持たない方々がたくさん訪れます。

「ありがとうございます」
「神の御加護がありますように」
悪役令嬢とセバスチャンは一人一人に
丁寧に声を掛けながら、
スープとパンを手渡していきます。

最初はぎこちなかった作業も次第に
滑らかになり、行列の先にいる人々の表情にも
少しずつ安らぎが見て取れるようになりました。

「お嬢様、ごきげんよう」
そこへ何人かの少女たちが、
悪役令嬢のもとにやって来きました。

スカートの裾をちょこんと摘んで挨拶をする
可愛らしいレディ達に、微笑みかける悪役令嬢。

「ごきげんよう、素晴らしい天気ですわね」

その光景を優しい眼差しで
見つめていたセバスチャン。
ふと視線を下に向けると、サッカーボールが
彼の足下に転がってきました。

一人の少年が呼びかけてきたので、
セバスチャンはボールを思わず
力強く蹴り返してしまいました。
疾風の如く少年の横を通り過ぎたボールに
子どもたちは最初唖然としましたが、
やがて大きな歓声が響き渡りました。

「セバスチャン?」
いつの間にか姿を消していた執事を探していると、
なんとそこには無邪気に笑う彼の姿が。
子どもたちと一緒にサッカーを楽しむ
セバスチャンを見て、悪役令嬢は
心底嬉しくなりました。

彼女のやりたいこと
それは領地の方々の暮らしを
もっとよく知ることです。

彼女のお父様が以前、領民を幸せにする事
こそが貴族の責務だと話しておられました。

このような日々を通して、悪役令嬢は
領民の暮らしをより身近に感じられるよう
になりましたとさ。

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