悪役令嬢

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6/9/2024, 6:00:08 PM

『朝日の温もり』

「セバスチャン、起きてくださいまし!」
名前を呼ばれ、微睡みの中にいた意識が
ゆっくりと浮上して行く。

瞼を開けば、艶やかな黒髪を耳にかけ、
己の体をゆさゆさと揺する主の姿が瞳に映る。

「主……?」
「セバスチャン。
私、朝のお散歩に行きたいですわ」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
鼻をつんと刺激するひんやりと澄み切った空気、
じっとりとした泥臭いにおいが漂う
暗い湿原の中を歩き続ける二人。

空を仰げば、藍色と橙色が入り交じり、
バラ色の小さな雲が幾つも浮かんでいる。
夜明けが近い。

さわやかな風が木々を吹きぬけ、
枝を揺さぶりざわめかせ、
鳥たちが朝のコーラスを歌う。

朝焼けが森を染めあげた頃、
二人は農村が見渡せる丘へと辿り着いた。

霞の中に佇む古びた風車、
朝の風を受けてさわさわと寝返りをうつ
大麦畑はまるで金色の大海原のようだ。

その眺めにセバスチャンは目が眩む。
なんと美しい光景なのだろう。
「あなたにこれを見せたかったのですわ」
隣に並び立ち彼の腕にそっと触れる主。

清々しい朝の空気を肺いっぱいに吸い込み、
素晴らしい景色を心ゆくまで眺めた二人は、
次に人気のない野原へ向かった。

海の滴と呼ばれる青い花を咲かせたローズマリー
小さな鐘のような姿をしたカンパニュラ。

暖かい日射しを浴びた花々は
風が吹く度に花弁を揺らし、
甘い香りを運んできてくれる。

朝露できらきら煌めく草原の上を
気持ちよさそうに駆け回る白銀の狼。
それを見て愛おしげに微笑む彼の主。

「セバスチャン!」
その声にピン!と耳を立てた狼は
一目散に主の元へやって来た。
彼女が頭を撫でると、耳を後ろに倒して
甘えるように顔を擦り付ける。

「えいや!」
彼女が体を軽く押せば、いともたやすく
ころんと転がり、無防備にお腹を見せる狼。

わしわしと豪快に撫でられた彼は、
穏やかな表情を浮かべながら
しっぽをぶんぶんと振り回した。

濡れた野草の感触とにおい、花の香り、
朝日の心地よい温もり、
それから彼女の優しさに触れた
セバスチャンは、その日一日を
幸せな気持ちで過ごすことができたのであった。

6/7/2024, 6:15:09 PM

『世界の終わりに君と』

年代物のシャンパンを片手に
悪役令嬢の屋敷へ訪れた魔術師。

来たる終末の日────
悪役令嬢のお屋敷では
お別れパーティーが開かれていた。

悲しいことに彼女は友達が少ないので
呼べる相手はごく僅か。

父からの返答は「行けたら行く」
お父様、それは絶対に来ない方の常套句ですわ。

限られた友人たちも
最期の日は家族と過ごすと決めていたので
参加者は悪役令嬢と執事のセバスチャン、
魔術師の三人だけ。

ろうそくの仄明かりの中、
純白のテーブルクロス上にご馳走が並べられる。
ローストポーク、ラザニア、マルゲリータ、
焼き立てのパンが入ったバスケット。

バターのコクとレモンソースの風味が
加わったリッチな味わいの白身魚のムニエル。

さわやかなトマトの酸味が口いっぱいに
広がるカチャトーレ。

エビと野菜のアヒージョは、
カリカリに焼いたパンと一緒に召し上がれ。

「セバスチャンの料理は絶品ですね」
美食を堪能する魔術師が執事へ
賛辞を送ると、悪役令嬢が口を尖らせた。
「私も一緒に作りましたわ」
(野菜を切ったりしただけですけれど)

お次にシャンパンのコルクがポン!と
小気味好い音を立てながら解放され、
ぱちぱちと弾けるシトリン色の美酒が
フルートグラスに注がれてゆく。

「乾杯!」

グラスを合わせると涼やかな音が鳴る。
フルーティーかつ芳醇な香りと味わいに
うっとりとした笑みを浮かべる悪役令嬢。

「はぁ、素晴らしいですわ」
「ふふ、実家の酒蔵からくすねてきた
甲斐がありました」

美味しい食事とお酒に和やかな会話。
和気あいあいとした雰囲気から突如、
悪役令嬢がわっと泣き出した。

「主!どうなされましたか」
「私……もうあなた方に会えないと思うと、
悲しくて涙がちょちょ切れてしまって」

巷ではノストゥラサムスンによる
終末論が世間を騒がせている。
悪役令嬢もその噂に感化された一人だ。

アルコールで涙腺が緩んだ彼女は
ナプキンでちーんと鼻をかむ。

それを見た魔術師がセバスチャンに耳打ちする。
「まさか、お嬢様はあの胡散臭い予言を
信じておられるのですか」
「ああ……」
ヒソヒソと密談する二人を
じろりと睨む悪役令嬢。
「あら、殿方たちで私の悪口でも
お話されているのかしら?」
「そんな訳ないじゃないですか、ねえ」
魔術師がセバスチャンに促すと、
見目麗しい執事は目を泳がせた。

隕石の襲来に恐れ慄きながら、
いつの間にか眠りに落ちていた悪役令嬢。
目が覚めると宝石のような朝日が東の空に
浮かんでおり、あの予言がでたらめだった
ことにようやく気がついたのであったとさ。

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※『明日世界が終わるなら』
と話が繋がってます!

6/5/2024, 6:00:17 PM

『誰にも言えない秘密』

これはセバスチャンが悪役令嬢のもとで
働き始めてまだ間もない頃のお話です。

「「「わっしょい!わっしょい!」」」

ある日のこと、青年は屋敷にひっそりと
住み着く妖精のブラウニーたちが、
牛を背負って地下へ続く階段を
降りていく様子を目撃。

あまりにも奇妙な光景に、
彼は妖精たちの後を追うことにしました。

近づいてくる水のにおいと何かの鳴き声。
扉の先には、長い地下水道が広がっていました。

妖精たちはゴンドラを漕ぎ出し、
地下水道の奥へと進みます。

彼らが乗る舟の真下に見えるは
とても大きな魚影。

妖精たちは舟を止めて、「せーの!」という
掛け声と共に牛を水面に放り投げます。

すると水の中から巨大な魚が飛び出してきて、
牛を一瞬で丸呑みにしたではありませんか。

あれは鰐?鮫?鯨?
初めて目にする生き物に青年が驚愕していると、
コツコツと階段を降りてくる足音を拾いました。

振り返るとそこにいたのは、
この屋敷の主であり、彼を拾った美しい娘。

「あなた、見てしまいましたわね」
「あの生き物は……」
「この家で飼っている
モササウルスのモサちゃん (♀)ですわ」
「モサ……」
「私の機嫌を損ねたら、あなたも
モサちゃんの餌になってしまいますからね。
気を付けてくださいまし」
娘の言葉にフンと鼻を鳴らす青年。

この屋敷も目の前に立つ娘も、
謎に満ち溢れています。

疑問に思うことは多々ありましたが、
お互い秘密を抱えた者同士、
余計な詮索はしないでおこうと
青年は心に決めました。

6/4/2024, 5:45:05 PM

『狭い部屋』

目が覚めると、
見知らぬバスルームに閉じ込められていた
悪役令嬢とセバスチャン、魔術師に道化師。

狭い部屋の中央には謎の死体が転がっている。

「この状況知ってますわ。ここからデスゲームが
始まって、一人だけしか生き残れないやつですわ」
「お前の仕業か?オズワルド」
「まさか、違いますよ」

出口は一つだけ。
魔法や物理攻撃を持ってしても
扉はビクともしない。

「😚~♪」
3人が脱出方法を探る傍らで、
道化師が呑気にトランプタワーを積み上げている。

疲れ果てその場にへたり込む悪役令嬢。
「お腹空いたですわ」
「魔法で食料を作れたりできないのか?」
魔術師がチッチッと指を振る。
「セバスチャン、無から生み出せるのならば
それはもう神の領域です」
「😞」

トランプ遊びに飽きて、床をゴロゴロと
転がっていた道化師が突然立ち上がり、
セバスチャンをじーっと見つめた。

「🤔‪。oO(🐺 → 🍖)」
(訳:狼のジビエ料理が食べたいな)

「😳❗️」
(訳:目の前にぴったりの食材があります!)

「😁」
(訳:オマエを食ってやる!)

道化師は目にも留まらぬ速さで
トランプを数枚、セバスチャン目掛けて投げ放つ。

セバスチャンは即座に反応するが、一枚のカードが
彼の頬を掠めて、血がツーッと流れた。
鋭利な刃物の如く切れ味抜群だ。

「何の真似だ」
唸るような低い声を出すセバスチャン。

「🤤🍴」
(訳:ごはん♪ごはん♪)
そんな彼に臆することなく
余裕綽々な態度を取る道化師。

ビリビリと張り詰めた空気が漂い始め、
動揺する悪役令嬢。

「喧嘩はやめてくださいまし!」

すると魔術師が、杖の先端で
道化師の肩をバシッ!と叩いた。
「スタンチク、彼を食べる必要はありませんよ」

「にゃ~、チェシャ猫
う〜ばぁい〜つの登場だにゃ」

丁度のタイミングで、
紫色の猫が壁をすり抜けてやってきた。
両手には大きな配達バッグをぶら下げている。

「ありがとうごいます、チェシャ猫」
どうやら魔術師が呼んだらしい。

彼が注文したのは、ヤンニョムチキン、
キンパ、トッポギ、キムチ、チーズハットグ。

「美味しそうだな」
スパイシーな匂いにつられたのか、部屋の中央に
転がっていた死体がひょいと起き上がる。

「お、お父様?!」
なんと死体の正体は悪役令嬢の父であった。

「伯爵、これは貴方が考えた余興ですか?」
魔術師が尋ねると、お父様は首を縦に振った。
「左様。皆の親睦を深めるために我が
考案したものだ。楽しんでくれたかな?」

「もう、お父様ったら!」
「「………」」
「😋💓」
ぷりぷり怒る悪役令嬢と微妙な表情を
浮かべるセバスチャンと魔術師。
待望のごはんにウッキウキの道化師。

何はともあれ一件落着。
細かいことは置いといて、皆で
仲良くキャンコク料理を食べたのであった。

6/2/2024, 4:45:09 PM

『正直』

ここは私立ヘンテコリン学園。
現在の時刻は午後12時。
待望のお昼休憩の時間だ。

「主、昼食はいかがなさいますか?
売店で何か買ってきましょうか?」

「その必要はありませんわ。
今日は私がお弁当を作りましたの。
セバスチャンの分もございましてよ」

チェック柄の風呂敷に包まれたお弁当を
渡されて目を丸くするセバスチャン。

二人は、秘密の花園と呼ばれる生徒達が
あまり立ち寄らないテラスへ場所を移動した。

お弁当の蓋を開けると
白米とカラ揚げと卵焼き、
プチトマトやブロッコリーなど
色とりどりの食材が綺麗に敷き詰められている。

「どうですか?」
ソワソワしながら感想を待ちわびる悪役令嬢。
「おいしいです、すごく……!」

普段クールな彼が目を輝かせて褒めるものだから、
悪役令嬢の機嫌は大層良くなった。
「ふふん、まあこのくらい朝飯前ですわね」

得意げな様子で卵焼きに箸をつけて口に含むと、
彼女の顔はたちまち険しくなった。
(この卵焼き……塩辛いですわ!)
どうやら塩と砂糖を間違えて
入れてしまったようだ。

(それにこちらのカラ揚げは味付けが薄い……。
もう少しタレに漬け込んでおくべきだったかしら)

頭の中で一人反省会が繰り広げられている
悪役令嬢の隣で、セバスチャンがおかずを
パクパクと口に運び、あっという間に完食。

「ご馳走様でした」
手を合わせるセバスチャンに
悪役令嬢が申し訳なさそうに尋ねる。

「セバスチャン……正直な感想を述べて
いただいてもよろしいのですよ」
彼のことだからきっと無理して食べたに違いない。
「?本当に美味しかったですよ」

普段はセバスチャンかメイドのベッキーに
起こしてもらう彼女が、
早起きして作ってくれたお弁当。
その事実だけで彼は嬉しかったのだ。

「セバスチャン……!」
正直な感想を聞いて胸がいっぱいになった
彼女は愛すべき執事へ抱きついた。

(あの二人、人目のつかない場所で
ハグしてる……!)

そこへたまたま通りかかったモブ学生の
モブ崎モブ子がその光景をばっちり目撃。
二人の関係を色々と勘違いしたのであった。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

『正直』

とある民家を訪れた
悪役令嬢と執事のセバスチャン。

木製の扉を叩けば、立て付けが悪いのか
軋んだ音を立てながらゆっくりと開かれました。

中から出てきたのは、中年のやつれた農夫。
頬や喉、腕などに赤い発疹が出きており
見るからに具合が悪そうです。

「ごきげんよう、ジョーンズさん」
「お嬢様、遥々この様な場所まで
お越しいただいて、申しわけございません」
「私のことはお気になさらず。
それよりも、体調は大丈夫ですの?」
「はい。わたしは幾分か回復しましたが、
妻や子どもたちがまだ病床に伏せております」

ジョーンズさんは領地に暮らす小作人。
長いこと小作料などの支払いが滞っていたため、
牧師に話を伺ったところ、なんと一家全員が
猩紅熱にかかっているとの報告を受けたのです。

医者はワインを飲ませて滋養のある食べ物を
食べさせろと言うのですが、彼らにはそれを
買うお金もありません。

そこで早速、悪役令嬢とセバスチャンは
食料などの手配に取り掛かりました。

セバスチャンが農夫へ ワインに卵、オレンジ、
バナナ、りんごが入った籠を手渡します。

「こちらの赤い植物はサフランです。
猩紅熱によく効くのでハーブティーに
してお召し上がりください」

それから悪役令嬢が、領主である父の筆跡で
『当面、追い立ては無用』と書かれた
書面を差し出します。

食料と書面を見て恐縮した声を
絞り出すジョーンズさん。

「嗚呼、なんとお礼を言えばよいのでしょう。
本当にありがとうございます……!
伯爵にもよろしくお伝えください」
「ええ、わかりましたわ。
どうかお大事になさってください」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
正直な話をすると、これまで悪役令嬢は自分の
楽しみのことしか頭になく、領地に住んでいる人
たちのことをあまり考えておりませんでした。

ある日のこと、悪役令嬢はセバスチャンに
貴族についてどう思うか質問してみたところ、
彼は奢侈な生活を送る傲慢な連中だと答えました。
その返答にショックを受ける悪役令嬢。

彼女の脳裏に流れるは、
今までの優雅な暮らしと父から教わった言葉。

富と権力に恵まれた者は、
自分の選択に責任がある。
貴族は、領民を幸せにする責務を
背負わねばならないと────。

「セバスチャン。
私、あなたの言葉に気付かされましたわ。
ありがとうございます」
「?……はい」

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