『街』
「セバスチャン、私お出かけしてきますわ」
「どちらへ?」
「九狼城へ。会いたい方がおりますの」
街の名前を聞いた途端、
セバスチャンは眉をひそめた。
「あそこは治安が良くない、
一人で行くのは危険です。俺も同行します」
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九狼城。
蜂の巣のように建物が密集し、
歪な城塞都市を形作るスラム街。
ここは犯罪と違法薬物の巣窟であり、
不法移民や難民、犯罪者や魔物の血を引く
者たちの格好の隠れ家でもあった。
無数の屋台が軒を連ね、
地底の迷路のような狭い路地からは
ドブや麻薬特有の甘い臭いが立ち昇る。
壁には大量の落書きと
裸婦のポスターが貼られ、
街の灯りには蛾が群がり、
屋台の料理には蝿がたかる。
治安も衛生環境も劣悪だが、
同時に熱気と賑わいに満ちた
下町情緒が色濃く残る刺激的な場所だった。
屋台で買った肉まんを食べながら街を歩く二人。
「久しぶりだな、フェンリル」
突如、荒々しい目つきをした野犬のような
風貌の男が現れセバスチャンに声をかけた。
「ガルム」
「知り合いなのですか」
悪役令嬢が小声で問いかけると、
セバスチャンは僅かに頷く。
「しばらく見ない間に
随分と垢抜けたこった」
ガルムと呼ばれた男は不敵な笑みを
浮かべながら、悪役令嬢に視線を向ける。
「お前の連れからいい匂いがする。
ここの女とは違う上等な香りだ」
男の視線から遮るように
彼女を背後に隠すセバスチャン。
「この方に指一本でも触れれば、お前を殺す」
「ふん、ナイト気取りが」
男はつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「なあフェンリル、また一緒に組まないか。
そしたらこの街を俺たちの物にできる」
「お前の話に付き合っている暇はない」
セバスチャンは彼女の手を取り、
すぐさまその場を後にした。
薄暗い路地裏を通り抜けながら、
悪役令嬢は執事に尋ねる。
「あなたはここに
暮らしたことがあるのですか」
「はい、少しの間ですが」
セバスチャンと出会ったのはこの九狼城。
彼はボロボロの姿で路地裏に倒れていたのだ。
揺らめく街の灯りを横目に、
悪役令嬢は控えめにセバスチャンの横顔を仰ぐ。
彼の過去や混沌としたこの街との繋がりを
もっと知りたい。
静かな好奇心が彼女の中で募り始めていた。
6/11/2024, 4:15:12 PM