『正直』
ここは私立ヘンテコリン学園。
現在の時刻は午後12時。
待望のお昼休憩の時間だ。
「主、昼食はいかがなさいますか?
売店で何か買ってきましょうか?」
「その必要はありませんわ。
今日は私がお弁当を作りましたの。
セバスチャンの分もございましてよ」
チェック柄の風呂敷に包まれたお弁当を
渡されて目を丸くするセバスチャン。
二人は、秘密の花園と呼ばれる生徒達が
あまり立ち寄らないテラスへ場所を移動した。
お弁当の蓋を開けると
白米とカラ揚げと卵焼き、
プチトマトやブロッコリーなど
色とりどりの食材が綺麗に敷き詰められている。
「どうですか?」
ソワソワしながら感想を待ちわびる悪役令嬢。
「おいしいです、すごく……!」
普段クールな彼が目を輝かせて褒めるものだから、
悪役令嬢の機嫌は大層良くなった。
「ふふん、まあこのくらい朝飯前ですわね」
得意げな様子で卵焼きに箸をつけて口に含むと、
彼女の顔はたちまち険しくなった。
(この卵焼き……塩辛いですわ!)
どうやら塩と砂糖を間違えて
入れてしまったようだ。
(それにこちらのカラ揚げは味付けが薄い……。
もう少しタレに漬け込んでおくべきだったかしら)
頭の中で一人反省会が繰り広げられている
悪役令嬢の隣で、セバスチャンがおかずを
パクパクと口に運び、あっという間に完食。
「ご馳走様でした」
手を合わせるセバスチャンに
悪役令嬢が申し訳なさそうに尋ねる。
「セバスチャン……正直な感想を述べて
いただいてもよろしいのですよ」
彼のことだからきっと無理して食べたに違いない。
「?本当に美味しかったですよ」
普段はセバスチャンかメイドのベッキーに
起こしてもらう彼女が、
早起きして作ってくれたお弁当。
その事実だけで彼は嬉しかったのだ。
「セバスチャン……!」
正直な感想を聞いて胸がいっぱいになった
彼女は愛すべき執事へ抱きついた。
(あの二人、人目のつかない場所で
ハグしてる……!)
そこへたまたま通りかかったモブ学生の
モブ崎モブ子がその光景をばっちり目撃。
二人の関係を色々と勘違いしたのであった。
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『正直』
とある民家を訪れた
悪役令嬢と執事のセバスチャン。
木製の扉を叩けば、立て付けが悪いのか
軋んだ音を立てながらゆっくりと開かれました。
中から出てきたのは、中年のやつれた農夫。
頬や喉、腕などに赤い発疹が出きており
見るからに具合が悪そうです。
「ごきげんよう、ジョーンズさん」
「お嬢様、遥々この様な場所まで
お越しいただいて、申しわけございません」
「私のことはお気になさらず。
それよりも、体調は大丈夫ですの?」
「はい。わたしは幾分か回復しましたが、
妻や子どもたちがまだ病床に伏せております」
ジョーンズさんは領地に暮らす小作人。
長いこと小作料などの支払いが滞っていたため、
牧師に話を伺ったところ、なんと一家全員が
猩紅熱にかかっているとの報告を受けたのです。
医者はワインを飲ませて滋養のある食べ物を
食べさせろと言うのですが、彼らにはそれを
買うお金もありません。
そこで早速、悪役令嬢とセバスチャンは
食料などの手配に取り掛かりました。
セバスチャンが農夫へ ワインに卵、オレンジ、
バナナ、りんごが入った籠を手渡します。
「こちらの赤い植物はサフランです。
猩紅熱によく効くのでハーブティーに
してお召し上がりください」
それから悪役令嬢が、領主である父の筆跡で
『当面、追い立ては無用』と書かれた
書面を差し出します。
食料と書面を見て恐縮した声を
絞り出すジョーンズさん。
「嗚呼、なんとお礼を言えばよいのでしょう。
本当にありがとうございます……!
伯爵にもよろしくお伝えください」
「ええ、わかりましたわ。
どうかお大事になさってください」
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正直な話をすると、これまで悪役令嬢は自分の
楽しみのことしか頭になく、領地に住んでいる人
たちのことをあまり考えておりませんでした。
ある日のこと、悪役令嬢はセバスチャンに
貴族についてどう思うか質問してみたところ、
彼は奢侈な生活を送る傲慢な連中だと答えました。
その返答にショックを受ける悪役令嬢。
彼女の脳裏に流れるは、
今までの優雅な暮らしと父から教わった言葉。
富と権力に恵まれた者は、
自分の選択に責任がある。
貴族は、領民を幸せにする責務を
背負わねばならないと────。
「セバスチャン。
私、あなたの言葉に気付かされましたわ。
ありがとうございます」
「?……はい」
『終わりなき旅』
悪役令嬢たちが暮らす領地に
見世物小屋がやって来ました。
怖いもの見たさで訪れる者が多いのか、
ものすごい人だかりです。
「さあ!寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!
世にも奇妙なエレファントレディの登場だよ!」
鼻がぶらりと長いモノクルをつけた象が
椅子に座り新聞を読んでいます。
するとそこへ筋骨隆々の男がやってきて、
片腕で象をひょいと持ち上げると、
空中に投げ飛ばしたではありませんか。
それからドスン!と巨大な音と振動を立て
地面に下りたった象は、あっという間に
人間の女の姿へ変わりました。
けたたましく銅鑼を打ちならしながら、
芸人たちが舞台へ上がってゆきます。
生の蛇をばりばりむしゃむしゃと食いちぎり、
生き血を啜る悪食の蛇女、
鈍く光る剣を飲み込む男、
クラリネットを演奏する尻と腰が繋がった姉妹、
芋虫のように床を這い、口先を器用に使って
火を吹く手足のない男。
次から次へとお披露目される奇妙奇天烈な演目に、
火事騒ぎのような歓声が湧き上がります。
そこへタキシードを着た赤子が登場。
「紳士淑女の皆様、ようこそお越しくださいました。
どうぞ最後までお楽しみください」
甲高い声で観客に挨拶して、
深々とお辞儀をします。
その溌剌とした話し方や振る舞いから
彼は成人男性なのだと悟りました。
楽しい時間もあっという間に過ぎ、
すべての演目が終えました。
「こんなに賑やかで楽しい場所に
来たのは初めてですわ」
覚めやらぬ興奮でドキドキしている悪役令嬢と、
意味ありげな表情を浮かべる執事のセバスチャン。
「彼らのショーもいずれ見れなくなる
かもしれませんね」
その言葉に悪役令嬢は顔を曇らせます。
この国には色々な派閥があります。
特に最近は議会派が幅をきかせており、
彼らの手によって国中の芝居小屋が
たちまち閉鎖されている状況です。
「セバスチャンは、どう思われますか?」
見世物小屋は差別的で人々の仄暗い好奇心を満たす
悪しきものだと議会派の者たちは話します。
彼は瞑目した後、おもむろに口を開きました。
「俺たち獣人や、彼らのような先天性の障害を
持つ者は、働ける場所が限られています。
だから、なくして欲しくない、と思っています」
社会から爪弾きにされた者たちの居場所、
というのが彼の考えです。
この国で続ける事が出来なくなったとしても、
団員たちを乗せた馬車は新たな土地へと旅立ち、
人々を魅了し楽しませる事でしょう。
彼らの終わりなき旅はこれからも続きます。
『降り止まない雨』
「ありがとうございます。魔術師」
「いいえ、困った時はお互い様ですよ」
濡れた髪をタオルで拭いながら、
レザーソファに腰を下ろす悪役令嬢。
魔術師に借りたシルクのシャツから
爽やかなミントの香りがする。
ここは崖の上に聳え立つ城。
魔術師が所有する根城の一つだ。
迎えの時間になってもやって来ない馬車を
待っていると突然、大粒の雨が降り出した。
そこへたまたま通りかかった魔術師が
救いの手を差し伸べてくれたのだ。
「どうぞ」
とろりとした琥珀色の液体が入った
マグカップを差し出す魔術師。
「はちみつ酒です。リンゴとはちみつに
シナモンとクローブ、オレンジの皮に
レモン汁、水、赤ワインを煮て作りました」
フーフーと冷ましながら口をつければ、
甘くて優しい味が広がり、
身体の芯からポカポカと温まるの感じた。
「おいしいですわ」
「それはよかった」
薄暗い部屋の中では、ガスランプの炎が
あたりにほのかな赤い光を投げかけ、
陰鬱な雨が窓を叩く音と
風の唸り声が聞こえてくる。
「以前もこんな事ありましたよね」
「いぜん?」
「はい。子供の頃、森で遊んでいた時に急に雨が
降り出して洞窟で雨宿りしたこと、覚えてますか」
「……ええ、そんな事もありましたわね。
懐かしいですわ」
思い出ばなしに花を咲かせる二人。
すると魔術師が悪役令嬢の隣に座り、
ダンスに誘うかの如く彼女の手をとった。
「な、なんですの」
夜闇に包まれる前の空を思わせる
紫色の瞳が彼女の姿を捉える。
「泊まっていきませんか?」
「ここにですか?」
「はい」
悪役令嬢は顎に手を当て考え込む。
ふと窓の外を見遣ると、にわか雨はすっかり止み、
空は淡い黄金色に染まっていた。
雲の切れ間から天使の梯子を降ろす
美しい光景はまるで宗教画のようだ。
「今日はもうおいとましますわ。
はちみつ酒、ご馳走様でした。
シャツはまた今度洗って返しますわね」
悪役令嬢は立ち上がり、
魔術師にぺこりと頭を下げる。
突如、猛烈な眠気と脱力感が彼女を襲い、
がくりと膝から崩れ落ちた。
身体に力が入らない。
「本当に危機感のない方ですね、メア」
朦朧とする意識の中で、
魔術師の笑い声だけがはっきりと聞こえる。
「あなた……飲み物に、何か混ぜて」
毒を盛るだなんて、悪役のする事ですわ。
悪態の一つでもついてやりたいところだが
彼女の意識はそこでプツリと途切れた。
『また明日』
森の中にひっそりと建つ魔女の家に訪れた魔術師。
扉を数回叩くと、鉤鼻に尖った耳と
緑色の目を持つ老婆が顔を覗かせた。
彼女は《北の魔女》と呼ばれる魔法使いだ。
「ふん、あんたかいオズワルド」
「ご無沙汰しております」
中へ通してもらうと、棚には書物や
素材の入った瓶がずらりと並んでおり、
部屋の中央にある木の机には、開かれたままの
分厚い本に髑髏や試験管などが置かれていた。
かまどではぐつぐつと煮立つ大鍋が
吊るされており何か作っている最中だった。
「ほら、受け取りな」
「ありがとうございます」
魔女に頼んでおいたこの地方でしか
採れない珍しい薬草で煎じた薬を受け取る魔術師。
彼女の作る薬は、リルガミン侯爵家の領地の人々
特に労働者階級の女性達に愛用されている。
「自分で作ろうとするとなかなか
上手くいかないんですよね」
「まだまだだね、坊や」
北の魔女は薬草の知識に大変優れており、
彼女から多くの事を学ばせてもらった。
それでも自分はまだ半人前で、この方や
祖父などの偉大なる魔法使い達には遠く及ばない。
「あ、そうそう!貴女に渡したい物があったんです」
魔術師は黒いローブの下からピンクの
カーネーションの花束を取りだして魔女へ差し出す。
「街の花屋で買ったものです。
いつも良くしてもらっているお礼に」
「ふん、素材にならない花なんかもらっても
ちっとも嬉しくないわい」
そう言いながらも、魔女は棚から花瓶を取り出して
大切そうに花を生けると、日差しのよく当たる
窓辺に飾った。
帰り際────
作りすぎたからとハーブのクッキーや
ブルーベリーのジャム、べっこう飴まで頂いた。
「また明日も来るのかい?」
「はい。駄目ですか?」
「ふん、勝手におしい」
突き放すような物言いだが、
どこか嬉しそうだ。
彼女はこの森にずっと一人で暮らしている。
訪れる者もきっと稀だろう。
寂しげな老婆の姿を想像した魔術師は、
用事がない時でも顔を見せに来ようと
心に誓ったのであった。
『透明』
見えない敵という存在ほど
恐ろしいものはございません。
これは少し前に体験したお話です。
南の密林地帯へ訪れた悪役令嬢とセバスチャン。
彼女達のお目当てはこの地でしか
採れないとされる幻の果実キング・バナナ。
現地のガイドに案内され、森の奥地へと足を運ぶ
二人はそこで恐ろしいものと遭遇しました。
「はあはあ、暑いですわ」
「大丈夫ですか、主」
蒸し暑く腐った有機物の臭いが混じる
ドロっとした空気の中を歩く三人。
生い茂る植物をナイフで切り分けながら先へ
進んでいくと、強烈な腐敗臭が漂ってきました。
臭いのする方向へ行くと、そこには皮を剥がされた
人間の死体が木に吊るされていました。
死体には蝿とカラスが群がり、
ブンブン、カァカァと不快な音を
撒き散らしながら死肉を漁っています。
あまりにも凄惨な光景に絶句する一同。
「悪魔の仕業だ」
ガイドが額から汗をダラダラと流しながら
ぽつりと零します。
「悪魔ですって?」
「ああ……古くから伝わる伝承がある。
『蒸し暑い季節になると、悪魔がこの地に現れ、
狩りを始める』と、きっとそいつの仕業に違いない」
ガイドの話に耳を傾けていると、セバスチャンが
突然、死体がぶら下がった木の横にそびえ立つ
大きなベンジャミンの木をじっと見つめました。
「セバスチャン、どうしましたか」
「木の上に、何かいます」
彼が視線を向ける先に目をやるが
何も見当たりません。
「何がいるのです?」
「わかりません」
彼は、狼の影が宿る瞳でその一点を睨み、
マスケット銃を構えると
見えない何かに向けて発砲しました。
するとどうでしょう。
ギィアアアアという人とも獣とも判断できない
おぞましい悲鳴が森に響き渡り、
驚いた鳥たちが一斉に飛び立ちます。
地面には緑色の液体が飛び散っています。
指ですくい取ってにおいを嗅ぐ悪役令嬢。
「これは、血ですわ」
「血が出るなら殺せるはずです」
この地に潜む悪魔の正体は一体何者なのでしょうか?
二人はキングバナナを手に入れ、
無事に生還を果たす事ができるのか?