悪役令嬢

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5/16/2024, 6:15:03 PM

『愛があれば何でもできる?』

路地裏を歩いていたところを
何者かに拉致された悪役令嬢。
目を覚ましたのは、どこかの倉庫だった。
後ろ手に縛られて柱にくくりつけられている。

「よお、お目覚めかい」
「こいつ貴族だぜ」
「売り飛ばせば高くつくぞ」

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる半グレ共。
(金目当ての輩ですか……)
悪役令嬢がキッと彼らを睨みつける。

「なんだあ?その目つきは」
半グレの一人が生意気な態度を取る女を
殴りつけようとした次の瞬間────
倉庫の外で大きな物音が聞こえてきた。

「何だ?!」
飛び交う怒号とぎゃああという
断末魔にも似た悲鳴。
やがて音は止み、倉庫の扉がゆっくりと開かれた。

中に入ってきたのは、燕尾服を風に靡かせ、
銀髪を後ろに流した青年。

突然の襲撃に驚いた奴等が、
一斉に青年へと銃を向ける。
「野郎!ふざけやがって」

銃口から繰り出される鉛玉を青年は
難なく避けて、手にしたナイフを半グレ共
目掛けて放つ。

正確な投擲により奴等の喉は貫かれ
その場に崩れ落ちた。

奇跡的に急所を逃れた男の一人が、
ブラックジャックを腰から抜き去り
青年に襲いかかる。

「死に晒せええええ」

青年はくるりと一回転して攻撃をかわし、
流れるように男の懐へ忍び込むと
その身体を一直線に深々と切り裂いた。

まるで肉食獣を思わせるしなやかで繊細な動作だ。

この場を支配していたちりちりと肌を
刺すような張り詰めた空気が収まる。

一瞬で血の海と化した倉庫と
その中心に立つセバスチャン。

彼は床に転がる半グレ達には目もくれず、
主の元へ駆け寄り彼女を縛る縄を解いた。

「セバスチャン……」
「主」

先程まで殺気に満ちていた彼の目が和らぐ。

「ご無事でよかった」

5/15/2024, 6:15:02 PM

『後悔』

屋敷で働くメイドのベッキーには
一つ気がかりな事があった。
執事のセバスチャンさんがここ最近、
体調不良でずっと休みを入れているのだ。

心配になったベッキーは、
ミルク粥と生姜入り紅茶を木製のトレイに
乗せて彼の部屋まで運ぶ事にした。

セバスチャンさんが寝泊まり
しているのは確か東の別館。

夜空を見上げるとまん丸な月が浮かんでいる。
別館まで辿り着いたベッキーは
カサッという物音を感じ取り、
中庭の方へ視線を向けた。

黒雲の隙間から月の光が降り注ぎ、
暗闇に潜む何かの姿を照らす。
そこにいたのは、
人間のように二本足で立ち、
おぞましい獣の頭を持つ魔物。

ベッキーは手にしていたトレイを
芝生の上に落とした。

人狼が唸り声を上げながらこちらへ近付いてくる。

足が竦み、その場から動けずにいるベッキー。
人狼の鋭い爪が彼女に振り下ろされようとした
その時────
「ベッキー!」

ドン!とベッキーの身体に衝撃が走る。
寸刻遅れて顔を上げると、
お嬢様が覆いかぶさっていた。

彼女の背中は切り裂かれ、
寝巻きに赤い染みが広がる。
「お嬢様!」
わなわなと震えるベッキーの
顔から血の気が引いてゆく。

お嬢様は人狼の目を見つめて低い声で
「ダメ!」と叫んだ。

その言葉を聞いた人狼はぴたりと動きを止め、
後ずさりした後、ばっと駆け出し、
森の奥へ消えていった。

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背中に走るズキリとした痛みで
目を覚ました悪役令嬢。

窓の外では鳥たちがちゅんちゅんと鳴き、
柔らかな朝日が部屋の中に差し込む。
寝台の横には目元に隈を作り
泣き腫らした様子のベッキーがいた。

悪役令嬢の身体には胸元から背中にかけて
包帯が巻かれている。
「あなたが手当てしてくださいましたの」
ベッキーが嗚咽を漏らしながら
こくこくと頷く。
「お医者さんを呼ぼうとしたけど、夜更けだし、人里から離れてるし、セバスチャンさんはどこにもいないし……」

「あなたが適切な処置をしてくれたおかげで
助かりましたわ。ありがとうございます」

「ごめんなさい!あたし、約束破って……」

悪役令嬢から満月の夜に東の別館へ行くなと
言われていた事を思い出すベッキー。

悪役令嬢はベッキーの濡れた瞳を見つめる。
「ベッキー、昨夜の事は全て忘れなさい」
「……はい」
ベッキーの意識は遠のいて行き、
やがて疲れきった彼女は深い眠りについた。

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森の中へ足を踏み入れる悪役令嬢。
辺りを見回していると、大木の陰から
白い毛がはみ出ているのを視界に捉えた。

「セバスチャン?」
すると白銀の毛並みをした狼がひょっこり
顔を出して、悪役令嬢の前にゆっくりと姿を現した。

まるで粗相をした犬のように
耳をぺしょんと下げて身震いしている。

悪役令嬢が両腕を広げて「いらっしゃい」と
呼ぶと、狼は彼女の胸元にすっぽりと頭を埋めた。

ホッとため息をつく悪役令嬢。
「あなたが、あの子を傷つけなくて良かったですわ」

狼の形態が徐々に変化して行き、
やがて人の姿となる。

「申しわけ、ございません、主、俺……」
腕の中で何度も謝罪する青年の
頭を彼女は優しく撫でた。

5/15/2024, 8:15:04 AM

『風に身をまかせ』

魔術師のお店で飼われているチェシャ猫は
風に身をまかせてお散歩するのが日課です。

今日は一体どこへ行くのでしょう?

チェシャ猫が河川敷を眺めていると、
少年たちが一人の男の子を
取り囲んでいる現場を目撃。

「やーい、泣き虫リヒト」
「お前のからあげクンよこせよ」

男の子が首を横に振ると、リーダー格らしき
横幅の広い少年が「ライダーキーック!」と
叫びながら蹴りを入れました。
男の子はその場に倒れ込み、周りの少年
たちはそれを笑いながら見ています。

「にゃ~いじめはダメにゃ」
チェシャ猫がふよふよと空から舞い降りてくると、
少年たちは突然現れた謎の生物にギョッとしました。

「うげ!魔物だ!」
チェシャ猫が魔法を唱えると、少年たちの頭上から
タライの雨が降り注ぎ、頭をぶつけた少年たちの
目にチカチカと星が飛んで、そのまま気絶しました。

「ありがとう」
助けてもらったお礼にと男の子はチェシャ猫に
からあげクンを分けてあげました。

からあげクンをもぐもぐと頬張りながら
チェシャ猫は次の場所へ向かいます。

辿り着いた先は銭湯でした。
「あんたまた来たのかい」
受付のおばあちゃんが新聞から顔を上げて
チェシャ猫の方を見ました。
このおばあちゃんはたまに煮干しをくれたり
するいい人です。

受付で香箱座りをしていると、常連さんたちが
やってきてチェシャ猫の頭を撫でました。

「あら猫ちゃん、今日も店番お疲れ様」
「にゃおん」

「よう、調子はどうだい」

お客さんの中でも特にチェシャ猫の事を
可愛がってくれる人がいます。
それはチェシャ猫が歴戦の戦士と
呼んでいるおじさんです。

おじさんの体には傷跡がたくさんあります。
きっと兵士か何かでしょう。

おじさんがお風呂へ行くとチェシャ猫も
そのあとをついて行きました。

おじさんが湯船に浸かると
ざばーっとお湯が大量に流れます。

木製の風呂桶にすっぽりと入ったチェシャ猫は
何だかうとうとしてきました。

「ばばんば ばん ばん ばん」
おじさんが突然歌い始めます。
「にゃにゃんにゃ にゃん にゃん にゃん」
チェシャ猫もつられて一緒に歌いました。

おじさんは風呂上がりにいつもコーヒー牛乳を
奢ってくれます。チェシャ猫はこれが大好きです。
「ぷはーっ!キンキンに冷えてやがるにゃ」

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気が付けばもう夕方です。
どこからかチャルメラの音が聞こえてきて、
夕ごはんの匂いがチェシャ猫の鼻を掠めました。

夕暮れが街をオレンジ色に染め上げる光景は
どこか哀愁が漂います。

お店に帰ったチェシャ猫は今日の出来事を
魔術師に話しました。

「町の人たちに可愛がってもらえてよかったですね」
「んにゃ」

チェシャ猫は満足げににんまりと笑いました。

5/11/2024, 5:45:05 PM

『愛を叫ぶ。』

あたしの名前はモブ崎モブ子!
私立ヘンテコリン学園に通う高校一年生。

あたしは今、気になっている男子がいる。
同じクラスの不良系イケメン、
セバスチャン・フェンリル君だ。

授業中も彼の事を目で追っていた。
窓際の席に座る彼の横顔を見つめていると、
胸の奥に言葉にできない感情がこみ上げてきた。

お昼休憩の時間、
高飛車お嬢様が彼に何やら話しかけている。

「セバスチャン、売店で焼きそばパンを
買ってきて欲しいですわ。
それとオレンジジュースも飲みたいですわ」
「かしこまりました」

彼は飼い主からボールを取ってこいと命じられた
忠犬のように、機敏な動きで教室を後にした。

は?あの人何様なの?!
彼を召使いみたいにこき使って……。
信じらんない!

あたしは席を立ち高飛車お嬢様に声をかけた。

「ちょっといいですか?」
「あら、貴女は確か……モブ山さん?
モブ川さん?だったかしら」
「モブ崎です!それよりも……彼をあんな、
パシリみたいに扱うのやめてくれませんか?」

「彼?セバスチャンの事ですか?
あの者は私の屋敷で働く執事ですわ。
私の願いを聞き入れる事こそが彼の仕事。
外野が余計な口を挟まないで頂戴」

「でもここは屋敷じゃなくて学校ですよ。
外でまで彼の自由を奪うのはどうかと思います!」

それを聞いた高飛車お嬢様は
腕を組み、あたしをキッと睨みつけた。

「貴女、さっきから何なんですの?
もしかして彼の事が好きなのですか?」
「え」
あたしが、彼を、好き?

モブ子の脳裏に彼との思い出が蘇ってくる。
入学式での最悪な出会いから、
河川敷で子犬のお世話をしている姿、
花園で髪に付いた芋けんぴを取ってもらった事。

「何とか言ったらどうなんです?」
モブ子は拳をぎゅっと握りしめる。

あたしは────
「あたしは、彼のことが好きだー!」
教室の中心で、愛を叫ぶ。
口に出してようやく理解した。
これが、恋なのだと。

クラスの皆の視線がモブ子に集中しているが、
もうこの際構わない。

モブ子の愛の叫びに驚きを隠せないお嬢様は、
ひくりと引き攣った笑みを零し、
「まあ、まあまあ、おめでたい事。
そんなに好きなら告白でも何でもしなさいな」
と意地悪く言い放つ。

「ええ、言われずとも」
モブ子はその言葉に対して強気に返してやった。

セバスチャンが食堂から帰ってくると、
教室内が何やら騒がしい。

入口から中の様子を窺うと、
主とクラスの女子がまるで
猫の喧嘩のように互いを睨み合っていた。
二人の間にはバチバチと火花が散っている。

「これは一体……」

「セバスチャン、女の戦いに男は
口を挟まない方が賢明ですよ」
学級委員のオズワルドはセバスチャンの
肩に手を置き、首を横に振った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
モブ子は帰宅後、昼間の出来事を
思い出して、羞恥心から枕を殴っていた。

(あたし、みんなの前でなんて事!
彼に聞かれてなければいいけど……)
高飛車お嬢様に目を付けられる結果と
なってしまったが、後悔はしていない。

彼は絶対に渡さないんだから!
モブ子は心の中でそう決意したのであった。

5/10/2024, 5:00:03 PM

『モンシロチョウ』

ここは教会の裏にある寂れた墓地。

かつて美と力を持っていた人間の肉体が、
ウジ虫の餌食となっている場所だ。

殉教者はこの忘れ去られた場所で一人、
せっせと掃除をしていた。

伸びきった雑草を抜いて蜘蛛の巣を取り払い、
濡らした雑巾で墓石を丹念に磨く。

聞こえてくるのは虫の鳴き声と鳥のさえずり。
足元には可愛らしい草花が揺れ、墓地全体が
穏やかな静けさに包まれている。

ふと殉教者は作業の手を止め、気配を感じた方へ
視線を向けると、木陰で道化師がロリポップを
ぺろぺろと舐めていた。
「😋🍭」
この者はワタクシと同じ
「†漆黒ノ闇倶楽部†」の団員だ。

道化師はスタスタと殉教者の方へ近づいてきて、
彼の顔を覗き込んだ。
「😟?」
(訳:何してるの~?)
「掃除をしているのですよ」

何せここは人が滅多に訪れないものだから、
自分以外に彼らの面倒を見る者は誰もいない。

身寄りのない者も、生前栄華を極めた者も、
行き着く先は皆同じ。やがて人々から忘れ去られ
土に還るだけだ。

「ふう」
作業を終えて一息つく殉教者の背後に
いつの間にやら道化師が立っていた。
手にはシロツメクサやタンポポ、イヌノフグリ
やサンガイグサなどが握られている。

「おや、花を摘んできてくれたのですね。
ありがとうございます、スタンチク」
「😆🌼」

墓標に花を添えると、殉教者は
土の下に眠る者たちへ祈りを捧げた。
彼の真似をして道化師も隣で手を合わせる。

「😑🙏」
(訳:おててのしわとしわを
合わせてしあわせなーむー)

二人の頭上に白い小さな蝶がひらひらと舞う。
東の宗教では蝶は生まれ変わりの象徴とされている。
もしかしたらこの蝶たちは、肉体から
抜け出した魂を天の国まで連れて
行ってくれる使者なのかもしれない。

どうか彼らが安らかな眠りにつかれますように───。

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