悪役令嬢

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『後悔』

屋敷で働くメイドのベッキーには
一つ気がかりな事があった。
執事のセバスチャンさんがここ最近、
体調不良でずっと休みを入れているのだ。

心配になったベッキーは、
ミルク粥と生姜入り紅茶を木製のトレイに
乗せて彼の部屋まで運ぶ事にした。

セバスチャンさんが寝泊まり
しているのは確か東の別館。

夜空を見上げるとまん丸な月が浮かんでいる。
別館まで辿り着いたベッキーは
カサッという物音を感じ取り、
中庭の方へ視線を向けた。

黒雲の隙間から月の光が降り注ぎ、
暗闇に潜む何かの姿を照らす。
そこにいたのは、
人間のように二本足で立ち、
おぞましい獣の頭を持つ魔物。

ベッキーは手にしていたトレイを
芝生の上に落とした。

人狼が唸り声を上げながらこちらへ近付いてくる。

足が竦み、その場から動けずにいるベッキー。
人狼の鋭い爪が彼女に振り下ろされようとした
その時────
「ベッキー!」

ドン!とベッキーの身体に衝撃が走る。
寸刻遅れて顔を上げると、
お嬢様が覆いかぶさっていた。

彼女の背中は切り裂かれ、
寝巻きに赤い染みが広がる。
「お嬢様!」
わなわなと震えるベッキーの
顔から血の気が引いてゆく。

お嬢様は人狼の目を見つめて低い声で
「ダメ!」と叫んだ。

その言葉を聞いた人狼はぴたりと動きを止め、
後ずさりした後、ばっと駆け出し、
森の奥へ消えていった。

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背中に走るズキリとした痛みで
目を覚ました悪役令嬢。

窓の外では鳥たちがちゅんちゅんと鳴き、
柔らかな朝日が部屋の中に差し込む。
寝台の横には目元に隈を作り
泣き腫らした様子のベッキーがいた。

悪役令嬢の身体には胸元から背中にかけて
包帯が巻かれている。
「あなたが手当てしてくださいましたの」
ベッキーが嗚咽を漏らしながら
こくこくと頷く。
「お医者さんを呼ぼうとしたけど、夜更けだし、人里から離れてるし、セバスチャンさんはどこにもいないし……」

「あなたが適切な処置をしてくれたおかげで
助かりましたわ。ありがとうございます」

「ごめんなさい!あたし、約束破って……」

悪役令嬢から満月の夜に東の別館へ行くなと
言われていた事を思い出すベッキー。

悪役令嬢はベッキーの濡れた瞳を見つめる。
「ベッキー、昨夜の事は全て忘れなさい」
「……はい」
ベッキーの意識は遠のいて行き、
やがて疲れきった彼女は深い眠りについた。

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森の中へ足を踏み入れる悪役令嬢。
辺りを見回していると、大木の陰から
白い毛がはみ出ているのを視界に捉えた。

「セバスチャン?」
すると白銀の毛並みをした狼がひょっこり
顔を出して、悪役令嬢の前にゆっくりと姿を現した。

まるで粗相をした犬のように
耳をぺしょんと下げて身震いしている。

悪役令嬢が両腕を広げて「いらっしゃい」と
呼ぶと、狼は彼女の胸元にすっぽりと頭を埋めた。

ホッとため息をつく悪役令嬢。
「あなたが、あの子を傷つけなくて良かったですわ」

狼の形態が徐々に変化して行き、
やがて人の姿となる。

「申しわけ、ございません、主、俺……」
腕の中で何度も謝罪する青年の
頭を彼女は優しく撫でた。

5/15/2024, 6:15:02 PM