悪役令嬢

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4/24/2024, 4:25:18 PM

『ルール』

湿原を越えた先にあるお屋敷へ
やって来た一人の若い娘。
大きな玄関の扉を叩くと若い執事が出てきた。

「ご用件は何でしょう」
「あの、酒場の掲示板で求人を見かけて、
それで応募したくて来ました」

執事に通された内部は広い玄関ホールになっており、
昼間にも関わらず薄暗く、壁に飾ってある肖像画や
鎧を着た彫像がなんとも不気味に感じられた。

執事に連れられ広い階段を上り、
長い廊下を歩いて部屋の前に辿り着いた。

「主、お客様です」
「どうぞ」

中へ入ると暖炉の火がぱちぱちと音を立てながら
燃えており、窓辺には艶やかな波打つ黒髪を
背に流した女性が佇み外の景色を眺めていた。

女性が振り返ると娘は息を呑んだ。
夜明けのように美しい人だった。

ゴクリと喉を鳴らしてから娘が口を開く。

「ここで働かせてください!」
「あなたのお名前は?」
「ベッキー・リンです」

女主人の赤い瞳が娘の姿をとらえる。

「ではベッキー、ここで働く上で
守って欲しい事がいくつかありますわ」

一つ目 名前を呼ばれたら必ず返事をする事
二つ目 満月の夜、東の別館には近付かない事
三つ目 地下室には絶対に行かない事

「その他、わからない事があれば
セバスチャンに聞いてください」

後ろに目をやると執事が一礼した。
「これからよろしくお願いしますね、ベッキー」

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テラスで紅茶を飲みながら悪役令嬢は
隣に立つ執事に尋ねた。

「今度の子は長く続けられるかしら」
「どうでしょう」

「前みたいに突然いなくなったり、気が狂って
辞めたりしなければ良いのですけれど」

4/23/2024, 5:45:08 PM

『今日の心模様』

気分は体調によって左右されます。
私の今の気分は"悪"

深夜、不快感に目が覚めると案の定、
私が想定していた最悪の事態が起きていました。
ため息をつきながら私はシーツを剥いで、
燭台を片手に暗い廊下を歩いていると、
我が執事と遭遇してしまいました。

蝋燭の火に当てられた彼の銀髪は煌めき、金色の
瞳の中には橙色の炎が揺らめいてとても綺麗です。

「セバスチャン、あなたまだ起きていらしたの?」
「はい……それよりも、主、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「血の匂いがします…どこか怪我をされてるのでは」

彼の言葉で顔に熱がこもっていくのを感じました。
そうでしたわ。この者の正体は人狼。
人よりも遥かに優れた嗅覚を持っています。

「なんでもありませんわ!余計な詮索なさらず
さっさとお休みになられてくださいまし!」

心配そうに顔を覗き込んでくる執事の胸を押しやり、
半ば八つ当たりするように足音を立てながら
早足で洗濯場へ向かいました。

セバスチャンはなぜ主が怒っているのかわからず、
暫くその場に佇んでおりました。
後日、彼は魔術師に事情を話して
その意味を知りましたとさ。

4/21/2024, 10:35:05 AM

『雫』

白銀の鎧を纏う騎士が黒い馬を操り荒野を駆ける。
王都近辺の森まで来ると、歩みを止めた。

「へシアン!」
不意に誰かが自分を呼び止める声がした。
金色の髪を持つ美しい乙女が
こちらへ駆け寄ってくる。
木々の間から差しこむまばゆいばかり
の黄金の光が、乙女をそっと照らす。
へシアンはその姿に目が眩んだ。

「姫様」

それは、とある事情から王城ではなく
この森で暮らす王女リディルの姿であった。

「まあ、どうしてここに?」

彼女は花が綻ぶような笑顔を見せたかと
思いきや、突如、顔を曇らせた。
彼の腕から滴り落ちる赤い雫を
見逃さなかったのだ。

「へシアン!貴方、怪我してる」
「ただの切り傷ですので、お構いなく」
「ダメだよ。傷を放っておくとそこから
悪い精霊が入ってきて、命を落として
しまう事もあるんだから」

へシアンはリディルに半ば強引に連れられて、
小屋までやって来た。

きれいな水をバケツに汲んで持ってきた
リディルはへシアンの傷から滴る
血を洗い流して、腕に包帯を巻いた。

「申し訳ございません、姫様」
「いいのよ!それよりも
あまり無理はなさらないでね」
「……承知いたしました」

暫くすると、今度は彼の愛馬を近くの
小川まで連れて行った。

疲れきった馬は、むさぼるように水を飲む。
リディルは、愛情をこめて黒馬の鼻先を撫でてやり、
体を草で拭いてあげながら、へシアンに問いかけた。

「兄さんは元気にしてる?」

「……近頃の殿下は、食事も睡眠もあまり
取られず、芳しくないご様子です。
国王が病床に伏せられてからずっと 」

「やっぱり、そうなのね……。以前お会いした時
よりも、やつれて顔色が悪かったもの」

リディルはそっと目を伏せた後、
澄んだ瞳で騎士を見上げた。

「へシアン、兄さんは貴方の事を
とても信頼しています。
だから、貴方が常に傍にいて支えてほしいの。
わたしはあの人の傍にはいられないから……」

「姫様……」

リディルはへシアンの手を掴んで
ぎゅっと握り締める。

「お願いへシアン。兄さんにも、貴方にも
無事でいてほしいのよ。
健やかに生きてくれたらそれだけで十分なの」

その言葉は祈りの様にも思えた。
ずっと抱え込んできた想いを打ち明けた事で
リディルの視界は霞み、頬に一筋の涙が伝う。

へシアンは、はっとして息をのんだ。
その雫を拭おうと手を伸ばしたが、
既のところで止めた。

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城へ辿り着いたへシアンは、
主の前に跪き恭しく頭を垂れた。

「竜の雫を取り戻しました」
「ご苦労であった、へシアン」
ドレイク伯爵は彼の働きに満足気に頷いた。

近衛騎士団長へシアンには忠誠を誓う主が二人いる。
一人はこの国の王太子、
もう一人は目の前に立つこのお方。

「偶には比奴にも血を吸わせてやらんとな」

伯爵が己の瞳と同じ色を持つ赤い宝石を掲げると、
それはシャンデリアの煌めきを浴びて妖しく光った。

竜の雫
かつてこの地を支配していた竜が王家の先祖である
勇者に女神の剣で貫かれる際、瞳から流したとされる
古の宝石
竜の血が流れていない者が手にすれば
災いが降りかかるという呪われた石だ。

たった一滴の雫には様々な想いが込められている。
苦悶、憤怒、恐怖、悲哀、自責の念 ────

ふと彼は、
森で出会ったリディルの姿を思い出した。
家族のため、そして自分のために
涙を流してくれた優しき姫。

彼らを欺き、偽りの忠誠を向ける己に
彼女の涙を掬う資格などない。

騎士は心の中で自嘲して、頭を垂れたまま
大理石の床を静かに見つめていた。

4/20/2024, 3:00:20 PM

『何もいらない』

「セバスチャン、ちょっといいかしら?」
「なんでしょうか?」
セバスチャンは主に声をかけられ
掃除する手を止めました。
「城下街で珍しい屋台が出てるみたいですわ。
それが終わったらすぐに出発しますわよ!」

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屋台が開かれている街道は行き交う
人々でごった返していました。

「まずはサバサンドと行きましょうか」
外はカリッ中はふわっのバスケットに
じゅわっと焼いたサバとレタスと
スライスした玉ねぎを挟んだサンドイッチです。

「しゃきしゃきの野菜とジューシーなサバが
絶妙なハーモニーを奏でていますわ」
「屋敷に帰ったら真似して作ってみます」

「お次はミディエ・ドルマですわ」
ムール貝にピラフを詰めた料理で、貝をパカッと
開けてレモンを搾り、殻ですくって食べます。

「口に入れた瞬間に広がる磯の香りとムール貝の
ぷりぷりとした食感がたまりませんこと!」
「レモンがよく効いてますね」

「次はお待ちかねのドネルケバブですわ」
下味のついた塊肉を垂直の串に刺し、
外側を削ぎ落としたら、薄い生地に
トマトとピクルスを一緒に巻いていただきます。

香ばしい肉汁が溢れ出し、
肉の旨味が口全体に広がり、
悪役令嬢とセバスチャンは舌鼓を打ちました。

「いけますわね!セバスチャン」
「はい。味がしっかりと染みていて、
何も付けなくてもおいしいです」
彼はこれが気に入ったようです。

喉が渇いた二人はアイランを注文しました。
しょっぱい塩味のヨーグルトドリンクです。

銅のコップの縁まで注がれた
ブクブクと泡立つアイランを悪役令嬢は
ぐびっと一気に飲み干しました。

こってりとした肉料理を食べたあとの冷たくて
さっぱりとした味わいが喉を潤してくれます。

「ぷはーっ!生き返りますわ」
「あっ、主、口の周りに泡が……」
彼女の姿はまるで口髭を生やした老爺の様で
セバスチャンは思わず吹き出してしまいました。

「デザートは伸びるアイスですわ」
店員が棒を使ってアイスを華麗に操る姿は
まるで魔法使いの様です。

差し出されたアイスを受け取ろうとすると、
サッと棒を回転させ奪われてしまいました。
「えっ」

何度もアイスに手を伸ばしますが、
その度にかわされて、ノリに乗った店員は
ウィンクを投げてきます。

「キーッ!さっさとアイスを渡しなさい!」

焦らされてムキになる悪役令嬢の隣で、
セバスチャンが口元に手を当て、
肩を震わせながら笑っていました。

歩き疲れた悪役令嬢はセバスチャンと
共に木陰のベンチに座って休憩します。

「あなたは何か食べたいものはございませんの?」
「はい。俺はこれで十分です」

アイスを美味しそうに頬張る悪役令嬢を
眺めながらセバスチャンは目を細めました。

彼は、愛する主が楽しそうにしている姿を
見るのが何よりも嬉しくて仕方がないのです。

「今日は屋台の料理を全て制覇しますわよ。
さあ、ついてらっしゃい。セバスチャン!」

4/19/2024, 3:00:22 PM

『もしも未来を見れるなら』

やった!遂に手に入れた!
血のように真っ赤に輝く石を
握りしめながら男は笑う。

男には借金があった。
まとまった金を手に入れるには
盗みを働くしかない。

男は金持ちの住む城に忍び込んで
竜の雫と呼ばれる宝石をものにしたのだ。

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気が付くと男は見知らぬ小径に立っており、
遠くから馬の駆ける荒々しい足音が聞こえてきた。
音は次第にこちらへ近づいてくる。

霧の中から姿を表したのは黒い大きな馬と、
それに跨る黒い兜と鎧を纏った騎士
騎士はすぐ傍まで来ると
手にしていた剣を男に振り下ろした。

男は勢いよく起き上がり辺りを見回すが
先程の騎士はどこにもいない。
汗でぐっしょりと濡れた寝巻きに
不快感を覚えながら男はため息をついた。

宝石を盗んだあの日から
毎晩、奇妙な夢を見るようになったのだ。

黒い騎士が男を追いかけてくる夢
まるで盗んだものを返せと
訴えかけるように────

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男は宝石を売り飛ばして得た大金で
家族を豪華客船の旅に誘った。

初めて乗る船に目を輝かせる子どもたち
妻からどうやって金を用意したのか
勘繰られたが男は適当にはぐらかした。

ドン!
突如船に大きな衝撃が走った。
乗客の悲鳴と子どもたちの泣き叫ぶ声が響き渡る
状況がわからず戸惑っている間に
海水が船内へと入り込み
船はゆっくりと傾いてゆく

そこで夢から目覚めた。

なんて生々しい夢だろう。
冷たい水の感触やつんざく様な悲鳴が
今でも頭の中に残っている。

男が計画していた旅行を取りやめると
子どもたちは大層悲しんだ。

だがその判断は正しかった。
数日後、自分たちが乗るはずだったあの船が
氷山にぶつかり沈没したという記事が
新聞の一面を飾ったのだ。

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男は毎晩自分を襲う悪夢から逃れるために
酒場で酒をあおっていた。
意識が朦朧とする中、男はまた夢を見た。

家に黒い影が近づいている
腰の折れ曲がった父が扉を開けると、
それは家の中へ入ってきて父を斬り殺した
異変に気づいた妻が急いで子どもたちを
地下倉庫へ隠して、一人黒い影に命乞いをする

地下倉庫で妻の断末魔を聞きながら
震える体を抱きしめ声を押し殺す子どもたち

暫くすると音が止んだ

子どもの一人が外の様子を伺おうと
蓋をそっと開くと、何かに引きずり出される

そこで夢から目覚めた。

男は馬を走らせ、急いで家に帰り
玄関の扉を開くと、噎せ返るような
血腥い臭いが鼻をついた。

不気味な程に静まり返った部屋に
足を踏み入れると、血溜まりの中に横たわる
父や妻や子どもたちの姿を見つけた。男は叫んだ。

必死に名前を呼ぶが冷たくなった
彼らにその声は届かない。

カシャン

その場に蹲り嗚咽を漏らしていると
男の背後で鎧の擦れる音がした。

振り向けばそこには何度も男の夢に
出てきたあの黒い騎士が立っていた。

「運命からは逃れられない」

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