『もしも未来を見れるなら』
やった!遂に手に入れた!
血のように真っ赤に輝く石を
握りしめながら男は笑う。
男には借金があった。
まとまった金を手に入れるには
盗みを働くしかない。
男は金持ちの住む城に忍び込んで
竜の雫と呼ばれる宝石をものにしたのだ。
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気が付くと男は見知らぬ小径に立っており、
遠くから馬の駆ける荒々しい足音が聞こえてきた。
音は次第にこちらへ近づいてくる。
霧の中から姿を表したのは黒い大きな馬と、
それに跨る黒い兜と鎧を纏った騎士
騎士はすぐ傍まで来ると
手にしていた剣を男に振り下ろした。
男は勢いよく起き上がり辺りを見回すが
先程の騎士はどこにもいない。
汗でぐっしょりと濡れた寝巻きに
不快感を覚えながら男はため息をついた。
宝石を盗んだあの日から
毎晩、奇妙な夢を見るようになったのだ。
黒い騎士が男を追いかけてくる夢
まるで盗んだものを返せと
訴えかけるように────
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男は宝石を売り飛ばして得た大金で
家族を豪華客船の旅に誘った。
初めて乗る船に目を輝かせる子どもたち
妻からどうやって金を用意したのか
勘繰られたが男は適当にはぐらかした。
ドン!
突如船に大きな衝撃が走った。
乗客の悲鳴と子どもたちの泣き叫ぶ声が響き渡る
状況がわからず戸惑っている間に
海水が船内へと入り込み
船はゆっくりと傾いてゆく
そこで夢から目覚めた。
なんて生々しい夢だろう。
冷たい水の感触やつんざく様な悲鳴が
今でも頭の中に残っている。
男が計画していた旅行を取りやめると
子どもたちは大層悲しんだ。
だがその判断は正しかった。
数日後、自分たちが乗るはずだったあの船が
氷山にぶつかり沈没したという記事が
新聞の一面を飾ったのだ。
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男は毎晩自分を襲う悪夢から逃れるために
酒場で酒をあおっていた。
意識が朦朧とする中、男はまた夢を見た。
家に黒い影が近づいている
腰の折れ曲がった父が扉を開けると、
それは家の中へ入ってきて父を斬り殺した
異変に気づいた妻が急いで子どもたちを
地下倉庫へ隠して、一人黒い影に命乞いをする
地下倉庫で妻の断末魔を聞きながら
震える体を抱きしめ声を押し殺す子どもたち
暫くすると音が止んだ
子どもの一人が外の様子を伺おうと
蓋をそっと開くと、何かに引きずり出される
そこで夢から目覚めた。
男は馬を走らせ、急いで家に帰り
玄関の扉を開くと、噎せ返るような
血腥い臭いが鼻をついた。
不気味な程に静まり返った部屋に
足を踏み入れると、血溜まりの中に横たわる
父や妻や子どもたちの姿を見つけた。男は叫んだ。
必死に名前を呼ぶが冷たくなった
彼らにその声は届かない。
カシャン
その場に蹲り嗚咽を漏らしていると
男の背後で鎧の擦れる音がした。
振り向けばそこには何度も男の夢に
出てきたあの黒い騎士が立っていた。
「運命からは逃れられない」
4/19/2024, 3:00:22 PM