『何もいらない』
「セバスチャン、ちょっといいかしら?」
「なんでしょうか?」
セバスチャンは主に声をかけられ
掃除する手を止めました。
「城下街で珍しい屋台が出てるみたいですわ。
それが終わったらすぐに出発しますわよ!」
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屋台が開かれている街道は行き交う
人々でごった返していました。
「まずはサバサンドと行きましょうか」
外はカリッ中はふわっのバスケットに
じゅわっと焼いたサバとレタスと
スライスした玉ねぎを挟んだサンドイッチです。
「しゃきしゃきの野菜とジューシーなサバが
絶妙なハーモニーを奏でていますわ」
「屋敷に帰ったら真似して作ってみます」
「お次はミディエ・ドルマですわ」
ムール貝にピラフを詰めた料理で、貝をパカッと
開けてレモンを搾り、殻ですくって食べます。
「口に入れた瞬間に広がる磯の香りとムール貝の
ぷりぷりとした食感がたまりませんこと!」
「レモンがよく効いてますね」
「次はお待ちかねのドネルケバブですわ」
下味のついた塊肉を垂直の串に刺し、
外側を削ぎ落としたら、薄い生地に
トマトとピクルスを一緒に巻いていただきます。
香ばしい肉汁が溢れ出し、
肉の旨味が口全体に広がり、
悪役令嬢とセバスチャンは舌鼓を打ちました。
「いけますわね!セバスチャン」
「はい。味がしっかりと染みていて、
何も付けなくてもおいしいです」
彼はこれが気に入ったようです。
喉が渇いた二人はアイランを注文しました。
しょっぱい塩味のヨーグルトドリンクです。
銅のコップの縁まで注がれた
ブクブクと泡立つアイランを悪役令嬢は
ぐびっと一気に飲み干しました。
こってりとした肉料理を食べたあとの冷たくて
さっぱりとした味わいが喉を潤してくれます。
「ぷはーっ!生き返りますわ」
「あっ、主、口の周りに泡が……」
彼女の姿はまるで口髭を生やした老爺の様で
セバスチャンは思わず吹き出してしまいました。
「デザートは伸びるアイスですわ」
店員が棒を使ってアイスを華麗に操る姿は
まるで魔法使いの様です。
差し出されたアイスを受け取ろうとすると、
サッと棒を回転させ奪われてしまいました。
「えっ」
何度もアイスに手を伸ばしますが、
その度にかわされて、ノリに乗った店員は
ウィンクを投げてきます。
「キーッ!さっさとアイスを渡しなさい!」
焦らされてムキになる悪役令嬢の隣で、
セバスチャンが口元に手を当て、
肩を震わせながら笑っていました。
歩き疲れた悪役令嬢はセバスチャンと
共に木陰のベンチに座って休憩します。
「あなたは何か食べたいものはございませんの?」
「はい。俺はこれで十分です」
アイスを美味しそうに頬張る悪役令嬢を
眺めながらセバスチャンは目を細めました。
彼は、愛する主が楽しそうにしている姿を
見るのが何よりも嬉しくて仕方がないのです。
「今日は屋台の料理を全て制覇しますわよ。
さあ、ついてらっしゃい。セバスチャン!」
『もしも未来を見れるなら』
やった!遂に手に入れた!
血のように真っ赤に輝く石を
握りしめながら男は笑う。
男には借金があった。
まとまった金を手に入れるには
盗みを働くしかない。
男は金持ちの住む城に忍び込んで
竜の雫と呼ばれる宝石をものにしたのだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
気が付くと男は見知らぬ小径に立っており、
遠くから馬の駆ける荒々しい足音が聞こえてきた。
音は次第にこちらへ近づいてくる。
霧の中から姿を表したのは黒い大きな馬と、
それに跨る黒い兜と鎧を纏った騎士
騎士はすぐ傍まで来ると
手にしていた剣を男に振り下ろした。
男は勢いよく起き上がり辺りを見回すが
先程の騎士はどこにもいない。
汗でぐっしょりと濡れた寝巻きに
不快感を覚えながら男はため息をついた。
宝石を盗んだあの日から
毎晩、奇妙な夢を見るようになったのだ。
黒い騎士が男を追いかけてくる夢
まるで盗んだものを返せと
訴えかけるように────
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
男は宝石を売り飛ばして得た大金で
家族を豪華客船の旅に誘った。
初めて乗る船に目を輝かせる子どもたち
妻からどうやって金を用意したのか
勘繰られたが男は適当にはぐらかした。
ドン!
突如船に大きな衝撃が走った。
乗客の悲鳴と子どもたちの泣き叫ぶ声が響き渡る
状況がわからず戸惑っている間に
海水が船内へと入り込み
船はゆっくりと傾いてゆく
そこで夢から目覚めた。
なんて生々しい夢だろう。
冷たい水の感触やつんざく様な悲鳴が
今でも頭の中に残っている。
男が計画していた旅行を取りやめると
子どもたちは大層悲しんだ。
だがその判断は正しかった。
数日後、自分たちが乗るはずだったあの船が
氷山にぶつかり沈没したという記事が
新聞の一面を飾ったのだ。
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男は毎晩自分を襲う悪夢から逃れるために
酒場で酒をあおっていた。
意識が朦朧とする中、男はまた夢を見た。
家に黒い影が近づいている
腰の折れ曲がった父が扉を開けると、
それは家の中へ入ってきて父を斬り殺した
異変に気づいた妻が急いで子どもたちを
地下倉庫へ隠して、一人黒い影に命乞いをする
地下倉庫で妻の断末魔を聞きながら
震える体を抱きしめ声を押し殺す子どもたち
暫くすると音が止んだ
子どもの一人が外の様子を伺おうと
蓋をそっと開くと、何かに引きずり出される
そこで夢から目覚めた。
男は馬を走らせ、急いで家に帰り
玄関の扉を開くと、噎せ返るような
血腥い臭いが鼻をついた。
不気味な程に静まり返った部屋に
足を踏み入れると、血溜まりの中に横たわる
父や妻や子どもたちの姿を見つけた。男は叫んだ。
必死に名前を呼ぶが冷たくなった
彼らにその声は届かない。
カシャン
その場に蹲り嗚咽を漏らしていると
男の背後で鎧の擦れる音がした。
振り向けばそこには何度も男の夢に
出てきたあの黒い騎士が立っていた。
「運命からは逃れられない」
『夢見る心』
魔術師から紹介したい者がいると呼ばれて
やってきた悪役令嬢とセバスチャン。
魔術師の隣には水色の髪に深海の様な
青い瞳を持つ女性が立っていた。
「そちらの方は?」
「彼女はセイレーン。歌手を夢見て
田舎の漁村から上京して来たのです」
どうやら明日王都で開催される
のど自慢大会に出場するそうだ。
「こんにちは!」
女性は元気よく挨拶した。
「彼女は魔物と人のハーフです」
「「!」」
悪役令嬢とセバスチャンは目を見開いた。
魔術師の考えはこうだ。
魔物と人の間に生まれた者への
偏見や差別は未だに根強い。
もし彼女が歌手として人気になり、人々にとって
身近な存在となれば、それも少なくなるかもしれないと。
そしてのど自慢大会当日────
壇上に立つセイレーンは緊張した面持ちで
マイクを握りしめ、そっと口を開いた。
「それでは聞いてください」
『社畜はつらいよ 』
作詞・作曲 セイレーン
✨.゚・*..☆.。.:*✨.☆.。.:. *:゚✨.゚・*..☆.。.:*✨
夢も希望もナイナイ(ヾノ・∀・`)ナイナイ🎶
金も未来もナイナイ(ヾノ・∀・`)ナイナイ🎶
働け働け愚民どもフリ(ง ˘ω˘ )วフリ🎶
残業(੭˙꒳˙)੭残業 (੭˙꒳˙)੭
増税( ゚∀゚)o彡°増税( ゚∀゚)o彡°
✨.゚・*..☆.。.:*✨.☆.。.:. *:゚✨.゚・*..☆.。.:*✨
悪役令嬢とセバスチャンは耳を塞いだ。
何なんですのこの電波ソングは!!
頭パッパラパーになりますわよ!
✨.゚・*..☆.。.:*✨.☆.。.:. *:゚✨.゚・*..☆.。.:*✨
上司は粉砕♪( 'ω' و(و ♪( 'ω' و(و "
会社は倒産 ୧(୧ 'ω' )୧(୧ 'ω' ) "
✨.゚・*..☆.。.:*✨.☆.。.:. *:゚✨.゚・*..☆.。.:*✨️
セイレーンが歌い終え、周りを見回すと、
観客のほとんどが魂の抜けたような顔をしていた。
あへえあへえあへえあへえあへえあへえあへえ
꜀ (゚∀。) ꜆꜀ (゚∀。) ꜆꜀ (゚∀。) ꜆꜀ (゚∀。) ꜆꜀ (゚∀。) ꜆
セイレーンは国民を洗脳した罪で逮捕された。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「あそこまで刺激的な歌とは思いませんでしたわ」
「はい…今でも頭に響いてきます」
「彼女はこのままどうなりますの?」
「最悪、処刑されるかもしれませんね」
「そんなの後味が悪いですわ!助けに行きましょう」
セバスチャンが頷き、魔術師が何かを取り出した。
「それは一体?」
「これは『どこでもトンネル』。目的地までの
抜け道を作ってくれる便利な道具です」
「魔術師、あなたはドラ〇もんですわね」
三人がセイレーンの入れられた牢屋まで来ると、
彼女は声も出さずに泣いていた。
悪役令嬢たちの姿に気が付くと、
何かを訴える様に口をパクパクと動かす。
魔術師が彼女の首元に付いてるチョーカーに
手をかざすとぱきりと音を立てそれは外れた。
「見張りが来る前に急ぎましょう」
暗いトンネルを歩きながら、
身の上話を語り始めるセイレーン。
「あたしね、小さい頃から歌うことが好きだったの」
「ママは人間を惑わす悪い魔物と呼ばれて殺され、
パパだけがアタシの歌を褒めてくれた。
いつかおまえは立派な歌手になれる、
実力で周りを黙らせろって」
「それで歌手の道を目指し始めましたの?」
「うん」
セイレーンの脳裏にかつて己に
投げかけられた言葉が蘇ってくる。
(あいつは魔物の血が流れている)
(あいつとは仲良くするな)
(あいつの歌を聞くな)
話しているうちに潮のにおいが漂い始め、
海岸へ辿り着いた。
セイレーンは涙を拭い、
強い眼差しで水平線の彼方を見つめる。
「助けてくれてありがとう。
いつか必ず、周りの人達に
あたしのことを認めさせてやるんだから!」
それからセイレーンは三人に別れを告げて
海の中へ飛びこんで行ったのであった。
『届かぬ想い』
悪役令嬢は箱の中に閉じ込められていた。
ここはどこ?
暗くて何も見えない。
それに暑くて息苦しい。
起き上がろうとすると何かにぶつかった。
「誰か助けてくださいまし!」
低い天井や周囲の壁をどれだけ叩こうが
びくともしない。
焦り、不安、恐怖に駆られた
悪役令嬢の呼吸が浅くなってゆく。
(落ち着け、悪役令嬢。まずは状況把握ですわ)
悪役令嬢が魔法を使って指先に炎を灯し、
辺りを見回すと、顔の横にスーマホ
(声などを送れる魔法道具)が置かれていた。
「もしもしセバスチャン?」
『主、今どこですか?』
「わかりません。暗い箱の中にいます」
『箱?』
現在の状況を説明する悪役令嬢。
『…すぐにそちらへ向かいます。
主、どうかお気を確かに』
悪役令嬢は再びスーマホを手に取った。
『お嬢様、何か御用ですか?』
「魔術師!私、今どこかに閉じこめられていますの。
あなたの力が必要ですわ」
『閉じこめられている?〇〇しないと
出られない部屋ですか?』
「それよりもっと最悪ですわ。暗く狭い箱の中…、
恐らく棺桶か何かだと思います」
『ふむ。お嬢様、そのまま安静にしてください。
下手に動いたりすれば酸欠になりますよ』
「あ、ちょっと…」
一方的に切られてしまった。
悪役令嬢は再びセバスチャンに
メッセージを送った。
『主!主、無事ですか?
今あなたの居場所を探しています。
もう少しの辛抱ですから…』
「セバスチャン…私、このまま出られなかったら
どうしましょう。まだあなたに
今月分のお給料も支払ってないのに」
『そんな事どうだっていいです。
主、諦めてはなりません。
俺が必ずあなたを見つけ出します』
執事の励ましに悪役令嬢の目が潤んだ。
「セバスチャン…
私、あなたにずっと伝えたかった事が」
ぷつり
スーマホの充電が切れた。
万事休す、ですわ。
悪役令嬢の意識もそこで途切れた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
眩しい…。
ここは天国?それとも地獄?
誰かが私を呼ぶ声がする。
瞼を開けると、そこにはセバスチャンと
魔術師がおり悪役令嬢の顔を覗き込んでいた。
「主!よかった、ご無事で…!」
「お嬢様、心配しましたよー!」
「ここは一体…?」
どうやら彼女は寂れた教会の墓地で
棺の中に入れられ埋まっていたそうだ。
「お嬢様の持っていたスーマホを逆探知して、
大まかな場所をセバスチャンに伝えたのです。
あとは彼の嗅覚に任せてここまで辿り着きました。
いやー、間に合ってよかったです」
「地中深くに埋められていたので、手間取って
しまいました…。遅れてしまい申し訳ありません」
そう話す二人の姿を見て、
悪役令嬢は目頭が熱くなった。
「二人とも、本当にありがとうございます」
『ククク、よく生き延びた。我が娘よ』
突如、三人のもとに天の声が降り注いだ。
この声の主はよく知っている。
「お父様…」
『我が考えた余興は楽しんでもらえたかな?』
「これは一体どういうおつもりですの?」
『人は極限の状況下でしか気付けない事が多い。
お前はそれを知る必要があったのだ』
「そのために私を閉じこめたというのですか」
デスゲームの主催者が考えるような戯れを実の娘
相手に行うとは、この方は本当にタチが悪い。
悪役令嬢は父への不満を募らせていたが、
それ以上にセバスチャンと魔術師への
感謝の気持ちが大きかった。
これからもこのご縁を大切にしよう。
そう悪役令嬢は心に誓ったのである。
『神様へ』
あるところにリヒトという子どもがいた。
リヒトはもともと気が弱く、 その性格のせいで
クラスメイトたちからいじめられていた。
破れた教科書と泥だらけの体操服を鞄に入れて
家へ帰ると、親に見られて頬を打たれた。
たまらなくなって、家を飛び出し、
辿り着いたのがこの小さな教会だった。
教会の中はひっそりと静まり返り、
外から物音ひとつ聞こえてこない。
リヒトは長椅子の一番後ろの席に座り、
教会のステンドグラスをぼんやりと眺めていた。
ステンドグラスから差しこむ夕日がキラキラ
と降り注ぎ、教会の床を煌びやかに彩っている。
これからどうしようか。
家に帰れば暴言と暴力を奮う親がいて、
学校に行けば馬鹿にして仲間はずれにする
いじめっ子がいる。
自分には居場所がない。
リヒトは惨めな自分の姿を思い出して
また涙が止まらなくなってしまった。
「どうしましたか」
不意に声をかけられ顔を上げると、そこには
髪も目も着ている祭服さえも白い人が立っていた。
「あなたは誰?」
「ワタクシは、神に殉ずる者です」
殉教者と名乗る人はリヒトの横に座り、
静かな声で語りかけた。
「ここは行き場のない者たちが辿り着く場所、
君は何か悩みがあるのですか」
リヒトはその人が放つ不思議な雰囲気に
当てられて、ここに来るまでの出来事や
抱えている事を全て話した。
殉教者はリヒトの話にじっと耳を傾けていた 。
「リヒトは、神様へお祈りをしていますか?」
「してない」
「どうしてですか?」
「だって意味ないから」
祈ったところで何も変わらない。
神様はいつだって、肝心な時に助けてくれない。
「リヒト、思うようにいかないからといって、
すぐにあきらめたり、神様を疑ったり
してはいけませんよ。
祈り続けているかぎり
神様はリヒトのことを見捨てませんし、
ずっと見守っていてくれます。
いつか全てが良くなります。
今はまだその時ではないんですよ」
「そんなことない」
「何事も信じることからですよ、リヒト。
君が神様を忘れずに信じて祈り続ければ、
神様はきっと君を救ってくださる」
殉教者はリヒトの手を取り、
やさしく言い聞かせた。冷たい手だった。
「リヒト、よく聞いてください。
誰にも助けてもらえないと思っているから、
だからそんなに悲しいのです。
ですがワタクシは君を救いたい、
君は一人ではないです」
殉教者は優しい目でリヒトを見つめる。
どうしてこの人は見ず知らずの自分に
ここまで親身になってくれるのだろう。
リヒトは瞳を揺らしながら震える声で尋ねた。
「ねえ、またここへ来てもいい?」
「ええ、いつでも歓迎しますよ」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
気が付いたら先程までいた小さな教会も
真っ白なあの人もどこにもいなかった。
もしかしたら全て夢だったのかもしれない。
リヒトはその日から眠る前や悲しい事
があった時には心の中で祈りを捧げた。
神様へ、どうかこの苦しみを取り除いてください。
いつの日か何の憂いもなく笑って過ごせる時が
来るように、と────