『神様へ』
あるところにリヒトという子どもがいた。
リヒトはもともと気が弱く、 その性格のせいで
クラスメイトたちからいじめられていた。
破れた教科書と泥だらけの体操服を鞄に入れて
家へ帰ると、親に見られて頬を打たれた。
たまらなくなって、家を飛び出し、
辿り着いたのがこの小さな教会だった。
教会の中はひっそりと静まり返り、
外から物音ひとつ聞こえてこない。
リヒトは長椅子の一番後ろの席に座り、
教会のステンドグラスをぼんやりと眺めていた。
ステンドグラスから差しこむ夕日がキラキラ
と降り注ぎ、教会の床を煌びやかに彩っている。
これからどうしようか。
家に帰れば暴言と暴力を奮う親がいて、
学校に行けば馬鹿にして仲間はずれにする
いじめっ子がいる。
自分には居場所がない。
リヒトは惨めな自分の姿を思い出して
また涙が止まらなくなってしまった。
「どうしましたか」
不意に声をかけられ顔を上げると、そこには
髪も目も着ている祭服さえも白い人が立っていた。
「あなたは誰?」
「ワタクシは、神に殉ずる者です」
殉教者と名乗る人はリヒトの横に座り、
静かな声で語りかけた。
「ここは行き場のない者たちが辿り着く場所、
君は何か悩みがあるのですか」
リヒトはその人が放つ不思議な雰囲気に
当てられて、ここに来るまでの出来事や
抱えている事を全て話した。
殉教者はリヒトの話にじっと耳を傾けていた 。
「リヒトは、神様へお祈りをしていますか?」
「してない」
「どうしてですか?」
「だって意味ないから」
祈ったところで何も変わらない。
神様はいつだって、肝心な時に助けてくれない。
「リヒト、思うようにいかないからといって、
すぐにあきらめたり、神様を疑ったり
してはいけませんよ。
祈り続けているかぎり
神様はリヒトのことを見捨てませんし、
ずっと見守っていてくれます。
いつか全てが良くなります。
今はまだその時ではないんですよ」
「そんなことない」
「何事も信じることからですよ、リヒト。
君が神様を忘れずに信じて祈り続ければ、
神様はきっと君を救ってくださる」
殉教者はリヒトの手を取り、
やさしく言い聞かせた。冷たい手だった。
「リヒト、よく聞いてください。
誰にも助けてもらえないと思っているから、
だからそんなに悲しいのです。
ですがワタクシは君を救いたい、
君は一人ではないです」
殉教者は優しい目でリヒトを見つめる。
どうしてこの人は見ず知らずの自分に
ここまで親身になってくれるのだろう。
リヒトは瞳を揺らしながら震える声で尋ねた。
「ねえ、またここへ来てもいい?」
「ええ、いつでも歓迎しますよ」
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気が付いたら先程までいた小さな教会も
真っ白なあの人もどこにもいなかった。
もしかしたら全て夢だったのかもしれない。
リヒトはその日から眠る前や悲しい事
があった時には心の中で祈りを捧げた。
神様へ、どうかこの苦しみを取り除いてください。
いつの日か何の憂いもなく笑って過ごせる時が
来るように、と────
4/14/2024, 3:00:15 PM