『特別な存在』
月明かりが差し込む夜の教会で
祈りを捧げる殉教者。
月光を浴びたステンドグラスが煌めきを放ち、
澄みきった空気は教会を静謐な空間へと変える。
殉教者は師であり神であり主人である
あのお方に祈りを捧げていた。
あの方への感情は「好き」という
言葉だけでは言い表せない。
あの方の凛々しいお姿、あの方の赤い瞳、あの方の低い声、あの方の馨しい上品な香り、あの方の口から放たれた言葉、あの方の高貴な魂、全てがワタクシの心を捉えて離さない。
ワタクシがこれほどまでにあの方をお慕いしているにも関わらず、あの方はちっとも振り向いてくれない。どうにかしてあの方の関心を引きたかったワタクシは、この溢れる想いを文字にしてリャイン(この世界における情報交換アプリ)で送った。既読無視された。既読が付くだけまだマシかもしれない。そう自分に言い聞かせる。あの方から反応が欲しくてずっと部屋中をうろついてたが、何も返事が来なかった。なんてワタクシは愚かなのだろう!あの方が強い関心を向ける相手といえば、実の娘である「悪役令嬢」のお嬢様と幹部の中で一番偉い「黒騎士」。お嬢様は血の繋がった者だからまだ納得出来るが、問題は「黒騎士」の方だ。そう、黒騎士!ワタクシは奴が嫌いだ。あの方の右腕と謳われる黒騎士へシアン。何が右腕だ、ふざけるな。ただほんの少し、あの方のお傍にいた時間が長かっただけ。確かにワタクシは他のメンバーより加入した時期は遅いが、けれどあの方への忠義は誰にも負けない。黒騎士(笑)なんて厨二病な名前つけやがって、どうせあの黒い鎧の下にはしま〇らで買った服でも着てるに違いない。奴もワタクシの事を妬ましく思っている事だろう。「†漆黒ノ闇倶楽部†」のグループリャインを見たらワタクシを除いた皆で任務に行っていた。ワタクシだけ仲間はずれ。別にワタクシだけ行けなかった事に対しては気にしてないし、全然、全く気にしていないが、せめて行くなら報告の一つでもして欲しかった。どうせみんなワタクシの事なんかどうでもいいと思っているんだ。
嗚呼、死にたい。いや消えてしまい。肉片一つ残さずこの世から消滅したい。ワタクシがいなくなれば少しは気を向けていただけるかも。いや、そんな訳がない。ワタクシ一人いなくなったところで、あの方は別に気にも留めない。ワタクシ一人消えたところで、この世界は当たり前のように回り続ける。あの方も世界もなんて非情なものだろう。「生」とは即ち「苦しみ」。この世は煉獄。絶望の淵に立たされていたワタクシを救ってくれたのはあの方。光のように、彷徨えるワタクシの生きる方角を照らしてくれ、闇のように、ワタクシの魂を優しく抱き寄せてくれた。そんなあのお方が、今ではワタクシに深い絶望を与える存在となってしまった。全て、全てを無に返してしまえば、この苦しみからも解放されるのだろうか。
殉教者は手にしたナイフで手首に傷を入れていく。
腕を伝う鮮血が磨き上げられた床へ滴り落ちる。
己の身体に罰を与えることで、
己が抱える罪も軽くなった気がした。
"ピコーン"
突如、胸元に入れていた
スーマホ(魔法道具の名称)が鳴った。
ご主人様からのメッセージだ。
『なかなか情熱的な詩だな。悪くない』
殉教者は口元を押さえたままその場に蹲る。
頬にはとめどなく涙が流れていた。
やっと反応がもらえた!
この日を!この瞬間を!
ワタクシはどれだけ待ち望んでいたことか!!
先程までの絶望的な感情は何処へやら、
今は清々しい気持ちで胸が満たされていた。
今日は帰って、ご飯を食べて、ぐっすり寝て、
明日に備えよう。うん、そうしよう。
こうして殉教者は教会を後にした。
『二人ぼっち』
謎の空間に閉じ込められた
悪役令嬢とメインヒロイン。
『××しないと出られない部屋』
扉の上に掲げられた看板には
そう書かれてあった。
びくともしない扉を前に悪戦苦闘する
悪役令嬢と、はしゃいだ様子で部屋中を
探索して回るメインヒロイン。
「ねえ、きてきて!おっきなお風呂があるよ!」
彼女に手を引かれて行った先には新品のように
綺麗なバスルームがあった。
ここはキッチンやトイレまでもが設備されており、
キッチンには野菜や果物、パンやチーズや卵、
保存用の肉に魚、調味料や香辛料が置いてあった。
「ここで暮らせそうだね!」
声を弾ませて話す彼女に悪役令嬢は頭を抱えた。
それから彼女達は、用意してあった食材でごはんを
作って食べたり、一緒に泡風呂に入ったりした。
キングサイズのベッドの上で横になる二人。
(セバスチャンはどうしてるかしら…。
私が突然いなくなって、きっと心配してますわ)
隣でメインヒロインがモゾモゾと動いている。
「あら、あなたまだ起きていらしたの」
「えへへ、なんだか楽しくて」
「楽しい?」
「うん。友達の家にお泊まりしに来てるみたいで」
「呑気ですわね~。一生ここから
出られなかったらどうしますの?」
短い沈黙のあと、彼女が囁いた。
「あのさ、さっき看板に書かれてた事
試してみない?」
悪役令嬢はその言葉を聞いて飛び上がった。
「あなた、本気で言ってます?」
「うん、……貴女とならわたし、
してみたいなって思ってたの」
くっ、私が男性ならば
イチコロで参っていた事でしょう。
ですが、彼女がそうおっしゃるのならば、
私も覚悟を決めねばなりません。
「お、お覚悟はよろしくて……?」
「はい……」
悪役令嬢は彼女の顎をクイッと持ち上げ、
青い瞳を見つめた。
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目の前でお父様がラーメンを啜っている。
「な、なんですのっ?!」
状況がわからず、悪役令嬢は辺りを見回した。
先程までいた部屋も、メインヒロインの姿も
どこにも見当たらない。
「今まで見ていた光景は?」
「ここは、深層心理で強く意識する相手を
映し出す空間。つまりお前はずっと
幻と対話しておったのだ」
「なっ?!ま、幻……?」
「左様。それに気付かぬとは、まだまだ
修行が足りていないようだな。我が娘よ」
父から告げられた真実に打ちひしがられ、
その場に蹲る悪役令嬢。
深層心理で強く意識する相手を映し出す……。
彼女が?まさか!ありえない!
……いえ、ありえますわ。
きっと私の悪役令嬢としての血が、細胞レベルで
メインヒロインを憎み、妬み、嫌悪しているのだ。
そうに違いない。
悪役令嬢は心の中で、
メインヒロインに対して闘志を燃やした。
待っていなさい、あなたを倒すのはこの私です。
※××→決闘(デュエル)
『胸が高鳴る』
「ククク、よく集まった。我が†闇の同胞†たちよ」
一番奥の中央の席に座るお父様は
皆にそう語りかけた。
ここはお父様主催の「†漆黒ノ闇倶楽部†」の拠点
お父様の隣に座るは「黒騎士」
その身を漆黒の鎧で覆う古株の騎士であり、
お父様からの信頼も厚いですわ。
その真向かいで毛繕いをする黒豹は「アサシン」
彼女は暗闇に身を隠し獲物を狩るハンターですわ。
その横でずっしりとした面構えで座る巨体の男。
彼は「狂戦士」血と殺戮を好む荒くれ者ですわ。
狂戦士の真向かいには「魔術師」が座っており、
目が合うと小さく手を振ってきた。
魔術師の横に座るのは「道化師」
所在無げにカードを切っていた。
彼の真向かいで背筋を伸ばして座るものは「殉教者」
お父様を崇拝する同担拒否過激派ですわ。
「息災か?我が娘よ」
「ええ。お父様もお元気そうでなによりですわ」
「黒騎士よ、例の件はどうなっている?」
「問題ありません。順調に事を運んでおります」
「アサシンよ、先の任務ご苦労。
見事な働きぶりであった」
「ぐるるるる」
「魔術師よ、商売は順調か」
「はい、おかげさまで。最近は黒字続きでお客様にも
満足の声をいただいており、私は嬉しい限りです」
さて、今日は一体どういったご要件かしら。
期待で胸を高鳴らせていると、
お父様は話し始めた。
「今日ここへ呼び出したのは、
お前たちの顔が見たかったからだ」
……え、もしかしてそれだけ?
もっとこう、重要な任務を与えられるだとか、
そういうのを期待してましたわ。
私と同じ事を思ったのか狂戦士と道化師が抗議した。
「伯爵よ。最近は身体が鈍って仕方がない。
何か血が沸き立つような場はないのか」
「😠」
「ククク、安心するがよい。お前たちには胸が高鳴るような任務を用意している。詳細は後日伝えよう」
「ほお、期待してるぞ。伯爵」
「😃❗️」
「ご主人様!ワタクシは?ワタクシには何か出来る事はございませんか?!貴方様のためならワタクシ、この命をいくらでも差し出す準備は出来ております……!」
「殉教者よ。今お前に頼む要件はない。
大人しく待機せよ」
「そんなっ……!」
殉教者はこの世の全てに絶望したような声を出した。
「さて、我が娘よ。お前に一つ頼みたい事がある」
きたきた、さあ、なんですの?
「お前に婚約者を用意した。その者を陥落させ、とある情報を盗み出して来て欲しい。よろしく頼むぞ」
婚約者?!いきなり急展開ですわ。
衝撃と同時に今胸が高鳴っております。
まだ見ぬ婚約者よ、震えて待っていなさい。
この悪役令嬢が相手ですわ。
『不条理』
とある集会にて、悪役令嬢は苛立っていた。
「どうしましたか?」
「あら、魔術師。あなたでしたの。ここへ来る前に
タチの悪い酔っ払いに絡まれましたのよ」
「それは災難でしたね。セバスチャンは何処に?」
「彼はお休みですわ。最近働き詰めだったから
私が休暇を取らせました。
それよりも、聞いてくださいまし!」
悪役令嬢は先程の出来事を語り始めた。
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路上に立ち客引きをする女たち。
それを値踏みするかのように眺める男たち。
ここは治安があまりよくないとは聞いていたが、
その異様な光景を目にして悪役令嬢は呆然とした。
足早に歩みを進める彼女にある男が声をかけてきた。
薄汚れた服に垢の溜まった爪、無精髭を生やした赤ら顔の男がニヤついた顔でこちらを見ている。
この者に関わってはいけない。
直感でそう判断した悪役令嬢は無視して立ち去ろうとするが、それでも男はしつこく付きまとってきた。
「冷たいなあ。そんなんじゃ選んでもらえないよ?」
酒気を帯びた息を吹きかけられて
悪役令嬢は眉をひそめる。
「綺麗なおべべを着てるね~、いいねえ。
さぞ大切にされて育ったんだろうなあ。
おじさんも若くてべっぴんさんに生まれたら、
もっとラクに稼げただろうになあ」
男の舐めるような視線に嫌悪感を覚える悪役令嬢。
「この先に休める場所があるから一緒に行こうよ」
そう言って、肩を抱いてこようとする男の手を
悪役令嬢は扇子でぴしゃりと叩く。
「無礼者!気安く触れないでいただけます?」
男にそう言い放った悪役令嬢はドレスの裾を持ち上げ、全力疾走でここまで逃げてきた、と。
話終えると先程まで燻っていた怒りも収まってきた。
「なるほど…その者は恐らく、この近くの鉱山で働く労働者でしょう。ここ一帯の娯楽施設は、元々彼らのために作られた場所ですから」
炭鉱者
過酷な労働環境にも関わず、
大した賃金はもらえないと聞く。
一日中働いで稼いだ日銭も仕事の疲れを
忘れるための酒や女に消えていくとか。
粗末な身なりの炭鉱者に路上に立つ娼婦。
彼らはこの先も、己の身を削りながら
働き続けるのだろうか。
貴族の娘として生まれ、何不自由なく暮らしてきた
悪役令嬢がそんなことを考える傍らで、
魔術師が何やら語り始めた。
「やはり、いざという時己の身は己で守らないといけませんね。そんなお嬢様にぴったりの道具がここに!最新式の防犯グッズはいかがですか?こちらお値段…
「結構ですわ!」
『怖がり』
※前回の『星が溢れる』と話が繋がってます。
「あの、それなら俺いい場所知ってます」
星が取れる絶好の場所を知る執事に
ついていく悪役令嬢。
夜道を歩いていると、セバスチャンが足を止めた。
「主は先に帰られてください。ここから先は、
俺一人で行きます」
「まぁ、どうしてですの?」
悪役令嬢が抗議の意を唱える彼は目を伏せた。
「その、そこへ行くまでに魔物が出没するからです」
「魔物?」
「はい。その場所は昔、大きな戦いがあり多くの者が
犠牲になったと聞きました。その者達の怨念が
今でもこの地を彷徨っているとか」
「……………」
「主?」
「……なぁんだ、そんな事でしたの。
心配ご無用、私これでも鍛えてますから。
そんな魔物など蹴散らしてあげますわ」
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カラカラと音を立てながらこちらに近付く骸骨の群れ
宙には人の顔をした幽体がぷかぷかと浮いている。
錆びた剣を持ちながら襲いかかってくるスケルトンの攻撃をセバスチャンは躱して、その身を蹴り上げた。
すると骸骨の体は崩れ落ち、骨が地面に散らばった。
カタカタと小刻みに震えながら冷や汗をかく
悪役令嬢を、セバスチャンは心配そうに見つめた。
「主、大丈夫ですか?」
「はい?今、私が口先だけのへっぽこチキン野郎
だと、そうおっしゃいました?」
「そこまで言ってません」
「大丈夫です。ええ、大丈夫ですとも!当然です。
私を誰だとお思いで?泣く子も黙る悪役令嬢
ですわよ。そんな悪名高き私が骸骨や幽霊
なんぞにビビり散らかすとでも?!」
すると何処からか子どもの笑い声が聞こえてきた。
悲鳴をあげる悪役令嬢と
険しい表情を見せるセバスチャン。
実体のない亡霊には物理攻撃が通用しない。
悪役令嬢はふとある事を思い出し鞄から取り出した。
それは魔術師から貰った「魔法のカメラ」だった。
亡者たちは光に弱いと聞く。
悪役令嬢がシャッターを切ると眩いフラッシュが
放たれ、その光を浴びた亡霊たちは、
呻き声をあげながら霧のように消えていった。
「やった!やりましたわよ!セバスチャン!」
悪役令嬢が興奮気味に語りかけると、
彼女の執事は微笑みを浮かべた。
「見事な腕前です。主」
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何だかんだあって魔物を倒し、星を手に入れた二人は
無事屋敷へと帰り着くことが出来た。
セバスチャンの淹れた紅茶を飲みながら
悪役令嬢はため息を零す。
「もうお化けはごめんですわ。くわばらくわばら」
「お疲れ様でした。主」