『どこにも書けないこと』
誰しもが他人には言えない性癖をひとつやふたつ
お持ちだと思います。私もですわ。
なのでここ(悪役令嬢の日記)に記すことにします。
私はただいま絶賛連載中の「どすこい!ナスビくん」という作品にどハマりしてますの。
バトルあり人情あり涙ありの熱いストーリーが繰り広げられている素晴らしい作品ですわ!
その作品で私は、
運命的な組み合わせを見つけたのです。
そう、『トマ斗×ナスビ』ですわ。
私はこの二人がどうなるか気になって気になって、
夜しか眠れない病にかかってしまいました。
誰かとこの想いを共有したいと昂っておりましたが、
悲しい事に「どすこい!ナスビくん」は世間ではあまり知られておらず、周りの者に聞いてもなんですそれは?という反応ばかりでした。
宮廷サロンの貴族たちにとっては他人のスキャンダルの方がよっぽど面白い娯楽なんですのね。
私は布教を諦めて、ひそやかに
推しを愛でようと決心しました。
とはいえ、この有り余る熱情を己の中にだけ
留めておくのは難しかったので、
セバスチャンに語ることにしました。
「トマ斗とナスビは同じ夏野菜村出身で、幼なじみなんですの。華やかで明るいトマ斗と地味で目立たないナスビくん。人気者のトマ斗にナスビは嫉妬して距離を置いてしまいますが、トマ斗が一番気にかけているのはナスビくんなのです。二人のすれ違いと絆を深めていく過程が本当にまじ尊いですわ。嗚呼、神に感謝。セバスチャン、聞いてます?」
「はあ」
私はセバスチャンの他に、以前街で仲良くなった美少女にも話を聞いてみることにしました。
すると彼女は青い目を輝かせながらこう答えました。
「あれ面白いよね!わたしもお気に入りなんだ」
まあ!ここにも「どすこい!ナスビくん」の
愛読者がいたとは!私が歓喜に震えていると、
「トマ斗×にんにくん最高だよね!」
と彼女は花が綻ぶ笑顔で言いました。
……。
……はい?
あなた、今なんておっしゃいました?
にんにく?あれはどんな食材にもいい顔するし○がる野郎ですわ。「トマ斗×ナスビ」しか勝たんですわ。
ええ、あなたの気持ちはよくわかりました。
よろしい、ならば戦争ですわ。
『1000年先も』
あなたの将来の目標は何ですかって?
学校でも面接でもよく聞かれる質問ですわね。
1000年先も人々の記憶に残る悪名高き悪役令嬢になることですわ!おーほっほっほ!
「ではここで、世界の有名な悪女たちを
見ていきましょう」
魔術師がコツンと杖で床を叩くと、
壁に映像が映し出された。
若さと美しさを保つため大量の処女を殺めて
その血を飲み浴びた伯爵夫人。
気に入らない国民を片っ端から処刑した
「首を切れ!」が口癖の女王。
宿敵相手の女性を言葉にするのも恐ろしい方法で
拷問して殺めた女帝。
……。
…………。
なんだか気持ち悪くなってきましたわ。
私グロ耐性は持ち合わせていませんの。
こんな事に動揺していたら真の悪役にはなれない?
私は所詮、ファッション悪役令嬢、自称悪役令嬢(笑)
なんですって?!
キーッ!今に見てなさい!
泣く子も黙る最恐最悪の悪役令嬢に
なってみせますから!
1000年先に生きる民たちよ、震えて待ってなさい!
『勿忘草』
「また会ったね」
嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる女性。
先日街で男性にしつこく口説かれている場面を助けたら、懐かれてしまいました。全く、やれやれですわ。
よかったら一緒に散歩をしようと彼女は言います。
見かけによらずグイグイと来る娘ですわね。
私はセバスチャンを先に帰らせて、
その子と近くの公園を散策することにしました。
彼女は歩きながら色々なお話を聞かせてくれました。
勇者がドラゴン退治に行った話や、メイドが魔法のポットを爆発させて屋敷が紅茶の海と化した話…。
彼女の奇天烈なおとぎ話に耳を傾けていると、
足元に小さな青い花を見つけました。
この花、以前も散歩をしていた時に見かけましたわ。
道端にひっそりと咲いていて、
誰かに踏まれ痛そうにしてましたわね。
「あら、可愛らしい花」
私の視線の先に気づいた彼女も足を止め、
屈んでその花を見つめました。
「あなたの瞳と同じ色ですわね」
彼女は目をぱちくりとさせました。
まあ、私ったら、殿方がレディが口説く時のようなセリフをつい零してしまいましたわ。
恥ずかしくなって頭の中で枕を殴っていると 、
彼女は私をまっすぐ見ました。
「ありがとう、すごく嬉しいわ。わたし......、
貴女にまた会いたいとずっと思っていたの」
あらあら、あなたとは先日と今日たまたまお会いしただけの仲なのに、随分と好かれてしまいましたわね。
あー、困りますわ困りますわ。
彼女はほんの一瞬だけ、寂しげな表情を見せ、
それからまたいつもの明るい笑顔に戻りました。
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その後、彼女と別れ屋敷に帰った私は、
花瓶に飾られた青い花を見つめていました。
帰り際に彼女から贈られたものです。
「今度はお菓子を持ってきてお茶しましょう」
勝手に約束を取り付け、彼女はそそくさと帰っていきました。いつどこで会うかも決めていないのに!
ですが、悪い気はしておりません。
彼女の声を聞きながら紅茶を嗜む、そんな光景を想像しながら、知らぬ間に笑みがこぼれていました。
『ブランコ』
昔はよく乗っていましたわね。
ええ、従姉妹と取り合いになるほど
夢中になりました。
紙の箱をお城に見立てたり、
針金や海岸で拾った貝殻でティアラを作ったり、
便利なおもちゃを与えなくても、子どもは
勝手に自分で遊びを作り出すのが得意なんですの。
今では子どもの頃に出来なかった遊びも物も簡単に手に入れられるようになりましたが、あの頃のような新鮮な気持ちになることは少なくなりましたわね。
「では童心に帰ってみるのはいかがでしょうか?」
振り向けば魔術師がブランコの前に立ち、
ニコニコと笑顔で手招きしていました。
私は不審に思いながらも魔力に取り憑かれたように、
足を運び、知らぬ間にブランコに座っていました。
魔術師が鎖を握る私の手を上から優しく包むこみ、
背中を押せばブランコがゆっくりと動き出します。
ゆらゆらと揺らされていると、
なんだかこころもからだもかるくなってきましたわ。
きがつけばわたくしのからだは
ちいさくなっていました。
さきほどまでいたまじゅつしのすがたは
どこにもみあたりません。
わたくしはこれからどうすればよいのでしょう?
こどものすがたのまま、もとにもどらなかったら…。
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子どものように泣き喚く悪役令嬢の元にセバスチャン
が駆け付け、屋敷へと連れ戻されました。
その後一日経つと、悪役令嬢は元の姿に
戻っておりましたとさ。
『旅路の果てに』
太陽の照りつける土地、霧に覆われた街、氷の大地
様々な場所を旅してきた。
金が底をつけばその土地で仕事を探して、
暫く経てばまた次の土地へ旅立つ。
同じ場所にはとどまれない
なぜなら自分は人狼だから
満月の夜が近づくとその衝動は抑えきれなくなる。
怯える人々の顔が今でも頭から焼き付いて離れない。
人は惨めで醜い生き物を嫌うのだ。
人間の世界という喧騒から離れ、
自然の中で暮らしたこともある。
穏やかな陽の光、草木や土の匂い 、
雨風が吹けば洞窟や木の根の隙間を探して
枯葉を敷きつめそこを寝床にする。
雄大な自然は自分という存在や自分が
抱えている問題など、この世界の中では
ちっぽけなものだと思わせてくれる。
自然は人間よりも寛大で親切だ。
だが、自然が与えてくれる感動にも
癒せぬものがあった。
常に寂しさが付きまとうのだ。
様々な土地を見てきて共通することが一つあった。
それは皆仲間がいることだ。家族、友人、恋人…
人も狼も群れを作って暮らす生き物だ。
だが俺には共に生きる相手がいない。
人にも狼にもなりきれず、
己の正体を見破られることを恐れ、
転々と住む場所を変え続ける日々。
そんな自分が今は屋敷で使用人として働いている。
屋敷の主は俺の正体を知っているが、
恐れや嫌悪を抱く事もなく、それどころか、
名もなき俺に"セバスチャン"という
名前と居場所を与えてくれた。
暖かな日差し、紅茶の香り、鳥のさえずり、
庭の花の香りを運ぶ優しい風。
テラスで寛ぐ主人の横顔を見つめる。
自分は一体いつまでここにいられるのだろうか。
今はただ、この穏やかな時間を
胸に刻み付けておきたかった。