ドルニエ

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4/25/2025, 9:20:49 AM

 喧嘩ではない。行き違いでもない。ただ「合わなかった」だけだと思っている。そう信じたい。
「信じたいんだけどなぁ」
 どやどやとした宵をこえたあたりのグランポートの人の波のなかをさまようように歩いている。
 ぐ、と一瞬険しくなったような気がしたと思ったら、次の瞬間あのひとは俺に背を向けてどこかへ行ってしまった。追いかけられる雰囲気ではなかった、気がする。普通なら感覚的な感触はそれなりに信じられるのだが、何度も思い返しているせいでそのあたりもあいまいになってしまっている。判断材料にはもうならない。
 さっきまで一緒に飲んでいたギルデロイさんは、話を聞き終わって少し考える素振りを見せていたが、やがて怒らせも悲しませもせずに人となんか関わってはいられない、という月並みなこと言ったあと、ちょっと笑ってお前は偽物を掴ませてあいつを弄ぼうとなんかしないだろう――と、本物か偽物なのか素人にはちょっと判別できない小ぶりな石を懐から出して俺に見せた。それはそうだが、俺の「つもり」などあのひとには関係はない。あのひとのことはあのひとだけが決められることだ。そう思いながらグラスを傾けていると、すぐに酔いが回ってきてしまったので、担がれて帰るはめにはなりたくないと、お金だけ置いて早々に退散した。
 そしていま。
 あまりこんな状態でうろうろしていると危ないかもしれない、という思いと、部屋にこもっていたら余計にネガティブな思考に引きずられるだろうという予感の間で右往左往している群衆の人が、俺のはまっている状況だ。
 ああ、でも少し飲み足りないな――そう、手持ちを思い出そうとしていると。
「あ――」
「いやがった」
 明かりの灯る窓の下。少し安らげるほんのわずかなスペースで、俺たちは何の偶然か鉢合わせた。俺は突然のことに人間らしい表情を失う。突然立ち止まった俺は後ろを歩いていた労働者風の男に突き飛ばされ、あのひとに抱きとめられた。
「おい、私の連れに何をした?」
 頭上から降ってくる剣呑な声と、背中で感じるたじろいだ気配。振り返ると男は小銭をあのひとに放り、人の波に溶け込むように去っていった。
「やれやれ、こんなんじゃつまみひとつにもなりやしない」
「ヴィオラさん、僕は――」
 浮びあがっているあのひとのシルエットから半歩下がる。たぶん今日は何もする気になっていないのだ。余計なことを言う前に――
「逃げるな。ひと仕事終えたばかりで懐は上々。――これ以上言うことがあるか?」
「え、いえ。それは」
 少しためらう。後ろ暗い金がどうということではなく、もしこのひとを追いかけている人たちがいた場合の心配だ。が、そんな心配はいらない、というこのひとの言葉に、俺は不安を感じながらもうなずく。
「大丈夫だ。仕事が分かるのはあす朝以降のはずだし、そうでなかったとしてもお前ひとりくらい簡単に守りきれる。少し飲んでいるようだが、まだ余裕だろう?」
「まあ。驚いたらかなり醒めましたし」
「上等だ。――」
 あのひとがす、と俺の耳元に顔を寄せ、思いもよらぬ言葉を口にする。俺は驚きと意外さに胸が締めつけられる。このひとがこんな言葉を――そんな種類の内容だった。
「じゃ、行くぞ」
 そう言うとあのひとは俺の手をとって早足に歩きはじめる。俺はその手を握り返すと、頼もしすぎる背中を追って、グランポートの夜に再び飛び込んだ。

4/22/2025, 9:59:01 AM

 ヴィオラさん、入りますよ――ノックしてそう言うと辛うじて返事らしきものが聞き取れたものの、何と言ってるか短いうえに声がこもりすぎていて分からなかった。駄目だ、よりもずっと短かったから、おそらく「ん」だったのだろう。念のため入りますよ、と言ってからノブを回す。
 開けた視界は相変わらずごちゃごちゃしているが、そのなかに脱いだものやごみらしいものがないのには正直なところほっとする。好きな人の部屋がごみだらけというのは俺も嬉しくない。
 重いカーテンを引いて暗い部屋を、それでもスムースに歩いてあのひとの座っているベッドに近づく。丸めた背を向けたままということは、おそらくゲームに夢中なのだろう。悲しくなるほどガチャ運に恵まれないこのひとがいまだに引退しないのだから、違う部分で面白いのか、それともプレイテクが並ではないのか。
「また吸いにでも来たのか?」
「そんなところです」
 俺は応えながらベッドのふちに座って、横向きにあのひとの背にもたれかかる。癖の強い髪が広がる背中の感触はあまりよくはないが、構わず首元に顔を埋める。
「......」
 音を絞ったゲームの戦闘BGMがヴィオラさん越しに聴こえてくる。肩の動きが熱中の度合いを伝えてくるが、俺はそのままの体勢でいた。
「また、そういう話だったのか、ここに来たということは?」
 そのままの姿勢、意識のほとんどをゲームに向けたままのあのひとの声の振動が伝わってくる。
「ええ。今回は78歳のおじいさんだそうで。義理の息子がやっかいな存在になってると」
「まったく、クズばかりだな。だが、お前もお前だ。いい加減慣れろよ」
 頭を少し動かし、肩口に乗せると、犬や猫の頭を撫でるかのようにあのひとの手が伸びてくる。
「無理ですよ。仕事だってのは分かってますし、僕なりに線引きもしてます。でも――」
「身内にそういう被害者でもいたか?」
 端末が切られたのか、聴こえていたBGMが止まり、あのひとがこちらを向いたので、頬と頬が触れる。少し寄りかかる加減を増して、その温度を感じようとする。
「いえ。ちょっと違いますけど、毛色は近いといいますか」
「そうか」
 ふ、とあのひとの体が離れたかと思うと、ぐるりと反転して目の前にあのひとの顔が現われた。
「まあ、なんだかんだ言ってもお前もまだ若いからな。それに、頑張って慣れるようなものでもない」
「はい」
 唇を重ねると、す、といつの間にか回されていた両腕によって引き倒される。
「ヴィオラさん」
「被雇用者への福利厚生だ。明日からの仕事に備えて少し寝ておけ」
 距離が近すぎるために、その目から表情を覗うことはできない。
「ヴィオラさんそんな言葉知ってたんですか?」
 少し距離をとっても、やはり何を考えているのかがつかめない。俺を見ているのかもよく分からない。
「うるさいな。放り出されたいか?」
 そう言ってヴィオラさんは体の位置を入れ替え俺を睨む。ただ、それが俺にはひどく魅力的に見えてしまい、首を伸ばして再び唇を重ねた。
「なんだか最近図々しさが酷くなってきた気がするぞ」
 顔が離れたかと思うと、首筋がひと舐めされる。噛むのだな、と俺は首を伸ばしたが、思っていた痛みが走らないので視線を向けると、にぃ、と笑われた。
「そこまでのサービスはしてやらん。そういう気分でもない。まあ、あれだ。眠るまでいてやるよ。さっきの続きだ」
 そう言うとヴィオラさんは俺を抱えるようにしてベッドを転がり、落ち着くとどこかで聴いたような唄を歌いだした。
「これ――」
 もう15年は前だろうか。家族で祖母の家を訪ね、そこで眠るときに聴いたものと似ている気がする。
「――、――――、――――」
「......」
「――――、――、――」
 ばあ、ちゃ、
背中が撫でられるごとに、思考が落ちる。燃え広まりかけていた甘く、暗い火がくすぶり消えてゆく。
「――、――」
 ああ、会いたくなってきたな。ばあちゃん。

 目覚めたときにはあのひとはおらず、ただ目の前にメモが残されているだけだった。
『しっかり働いてこい』とだけ。

3/27/2025, 10:53:06 PM

 この季節といえば桜の花びらと黄砂だ。この国に来てから最初の春。この散った花びらがどこへ行くんだろう、と思ったのと、あのひとの、もう処分してしまった二人乗りの車のガラスを汚していた砂粒が怖かったのを憶えている。洗濯物を外に干すのがメジャーなのに驚いて、それに慣れたころにこの砂のことを知ったものだから、その衝撃の深さは察してほしい。
 そういうわけで、美しいかもしれないが同時にちょっと困った季節だというのが俺の「日本の春」のイメージだ。

「客は帰ったか?」
そう言って事務所にあのひとが入ってくる。分かっていて入ってくのだから何を言っているんだろう、と思うのだが、それも無駄な問いなので口にはしない。
「また爆死ですか?」
 グラスに氷を満たし、紅茶を注ぎながら尋ねるが返事はない。今日、新しいガチャが実装されたのを聞いていたから、わざわざ降りてくる用があるとすればそんなところだろう、と思ってのことだった。
 グラスを置くとすぐにそれに手が伸ばされ、ソファに寝そべって端末をいじっているあのひとの口もとに運ばれていった。
「一体は引けたんだが、そのあとが駄目だな」
 スキルがどうとか、ステータスの伸びがどうとかぶつぶつと言うが、これはおそらくひとり言だ。俺がそこまで詳しくないことくらいこのひとは分かっている。
「そういうわけでまた引いてくれよ。2回でいいから」
「当たらなくても怒らないでくださいよ?」
 そう言いながら端末を受け取り、画面に触れる。中あたりのエフェクトが出るが、最高レアのキャラクターは出ない。横で演出を見守っていたあのひとが唸る。何千回見ているのか分からないが、エフェクトをスキップすると文句を言うので数十秒とはいえいい加減にはできない。が、あのひとが横で息を殺して見守っているのを意識すると、ほんの少しの甘い気持ちが忍び込んでくる。続けてもう一度。今度はエフェクトはなし。次々と結果が表示されていき、一度最高レアの演出が出るが、どうやら目当てのキャラクターではなかったようで、あのひとはぼふりとソファに沈んでしまった。
 すり抜けで出てきた高レアキャラについて訊くと、強いのだがすでに完凸していて旨みはないという返事が返ってきた。
「しょうがない、そのへん歩いてくるよ。邪魔したな」
 残されていた紅茶を飲みきるとあのひとが立ち上がる。そういえば外に出られるような格好をしている。
「俺も行っていいですか?今日はもうお客さん来ないので」
 そう声をかけると、扉の前で少し意外そうな顔であのひとは振り向いた。
「構わんが。どうした、甘えたくなったか?」
「そんなところです。行きましょう」
 俺はあのひとに並ぶと、あのひとの腕をとる。少し冷えてきていたのか、触れている部分がすぐに温かくなってきて、胸がざわつく。
 階段を降りきって、通りに出るタイミングで一旦腕を解いてサングラスをかける。
「大好きですよ、ヴィオラさん」
「なんだ、いきなり?」
 ちょっと意外だ、という顔であのひとが目をのぞき込んでくる。
「いえ、なんか言いたくなって」
 そう言って体を寄せて軽い口づけをする。
「春だから、か?」
「一年中大好きです」
 知らず、ちょっと拗ねたような声が出る。あのひとはあきれたように俺を見ると、知るか馬鹿、とだけ言って歩きだす。自然俺は引きずられる形になるわけだが、その感触さえも愛しくて、俺は絡めた腕の感触を、もう少しだけ強く意識した。

3/25/2025, 6:36:35 PM

 過去において自分が幸運だったか、不幸だったか。稀にそんなことをちらと考えるが、その答は大体が「どうでもいい」だ。生まれた場所が、産んだ親たちが、生まれついたものが、そしてどう育ってきたか。そんなことはどう考えたって変えようがないし、変えたくもない。それらはすべていまの自分に絡みついていて、ひとつとして都合よく摘出して書き換えようとしたところでできることではないし、もしできたとしても、その結果を引き受けられるかは疑わしい。それに――
 隣で、こちらに背を向けて寝ているひとに意識を向ける。いつも俺を好きにもてあそんで――満足してくれているかは疑問だが――ひとりで湯を浴びに行って、ひとりだけきちんと服を着て眠る、ちょっとだけひどいひと。今日は俺も体を洗うことができたからか、いつもより距離が近い気がする。たまにあるやたらと甘ったるくて却って居心地の悪くなる匂いのする石鹸ではなく、素っ気ない、安っぽい匂いがお互いの体からわずかにする。夜具から覗く肩と背中の線。貧しさからではない、その職業ゆえの一切の無駄をそぎ落した、無言でこのひとの生きざまを誇示するかのような線を見ていると、ひどく甘い気持ちにさせられる。
「――」
 ただ、終わったあと、寝入ったあとに触れることは許されていない。手ひどく裏切られたために眠っているときに触れられるのは耐えがたい、下手をしたら絞め殺してしまうだろう――そう言われている。それがどういう感覚なのか俺には想像がつかなかったが、それが彼女に引かれた線であるのならば、俺はそれに従うだけだった。
 そしてそれは俺にも言えること。ただ触れられることがないから示す必要のない、都合のいい線。生まれ、育ち、刷り込まれた風習と文化。それに彼女が触れることはない。触れる必要がないのか、触れることを避けているのか、そこまでは分からない。そしてそれらが俺がここにいる理由であり、俺がこの旅の先に始末をつけたいことでもある。ただ、その先に――
「起きているのか?」
「――」
 不意に目の前のひとが、身動きひとつせずに声を発した。
「変な気配がした。強張った、あまりいい気分のしない感じだ」
「はい。あの、いつから――」
 このひとはこちらを向かない。そこまでのことではないと思っているのか、こっちを見たくないのか、単に面倒だと思っているのか、それは分からない。
「そんなこと分かるか。気がついたら、だ」
「――」
「いつも言っているだろう。私を見ろ。お前にとって私は安い女じゃないだろう。捨てられたくなかったら――」
 嫌です――その言葉のかわりに俺はこのひとの背中に貼りつく。
「つまらないことを考えるな、とは言わん。が、お前は私のものなのだろう?なら、」
 声とともに背中が震える。心地のよい響きだ。
「すみません。今日はここで寝てもいいですか?あなたの背中で」
「――」
 無音。思うことは、少しはある。ただ、それ以外は。
「ありがとうございます」
 俺はこのひとのそんなに広いわけではない背中に額をつけ、礼を言う。
「――」
「――」
 気配が和らぐ。
 このひとも、俺もそれ以降言葉を発することはなかった。ほんの少しの夜が過ぎていく。
 でも、このひとはきっとこう思ったのだ。
 甘ったれめ、と。
 そうだ、俺は甘ったれだ。甘えて、ぐずぐずに崩れて、堕落して。それでもその先に。
 未来を引き寄せるしかないのだ。

3/11/2025, 1:23:39 PM

 たまに、ごくたまに、町の宿の屋根にふたりで腰をかけて空を眺めることがある。大抵は酔っているので俺の足どりはいつも危なっかしいが、あのひとは職業柄なのか、それとも異常に酒に強い体質のせいなのか、いつも足音ひとつ響かせずに棟を歩く。今日の空は――曇りだ。星ひとつ見えない、真っ黒な空。ただ、俺はどうしてか星空よりもこっちのほうが落ち着いた。
「お前も本当に変わっているな。何も見えんだろう?」
 そう、隣で足下で行きかう人々の群れを盗賊の目で見ながらあのひとが言う。
「落ち着くんですよ。雲の模様が。全然、何にも見えないってことはないです。見通せない空の向こうにも星はある。未来みたいじゃないですか」
「そんなものか?」
 くふ、とあのひとがたぶんげっぷをおさえた。俺は厚い雲の模様を睨みつける。
「僕の故郷はですね、この空みたいなものだったんです。老人たちがいろんなことを隠して、都合のいいことを人々に吹き込んで――いえ、彼ら自身信じていたのかもしれませんが――、それを俺たちは信じて。それはそれで幸せだったと思うんです。そこに収まっていればやるべきこと、言うべきことに迷うことはありませんから。でも、」
 僕はあなたに出会って、それが壊されて――いえ、壊してしまったんです。
「でも、星空の向こうに別の景色が、もしかしたらあるのかもしれない。星の向こうに、星よりも冷たくて、曖昧で、なんのよすがにもなってくれない何かがあるかもしれないじゃないですか」
「――分からん。なにを言ってるんだ」
 ちっとも酔いを感じさせない口調で、つまらなさそうに俺を見る。
「そう、星空がカーテンだったら、その向こうに一体何があるんだろうって、そういうことです」
「――」
 なあ、とあのひとは俺の顔をのぞき込む。
「お前はどこへ行きたいんだ?故郷を捨てて、老人たちとやらの甘言を振り切って、まだその先があると?ここでは駄目なのか?腐ったこのオルステラに縫い留められた私をも振り切って、お前はどこへ行くんだ?」
「――」
 襟を掴まれる。宿の部屋で触れてくるときよりも熱い手で。
「ここにいろ。いま、このときはここだ。雲の向こうなんか見るな」
「――」
 無言で唇を重ねる。触れては離れ、離れては触れる。酒臭い、堕落した臭いが鼻につき、ほんのわずかにうろたえたところを俺は抑えこまれ、屋根に突き倒される。熱い体がのしかかってくる。
どうして、僕がここにいないって、思うんですか――唇を重ねる合間に、切れ切れに問う。
「分かっていて訊くか。なあ、」
 す、とあのひとの手が腰に伸び、ひた、と彼女の得物が首筋に押しあてられる。
「僕はA****にいて、あなたのそばにいて、そして自分の旅の中にいます。僕には僕の目的があります」
 喉が動くたびに刃がめり込み、ちくちくとした痛みが走るが、押さえつけられた俺には逃れるすべはない。彼女が少しでもその気になればそれは簡単に皮膚に食い込むことだろう。
「だから、僕は選ばなくてはならないときが来るかもしれない。もし、そのときにあなたがA****よりも僕を選んでくれるなら、僕は――」
「甘ったれるな。私も、私の旅にいる。だから、私の旅になるんだ、お前が。それならお前を選んでやってもいい」
 ちく、とさらにナイフが食い込む。痛みではないものが俺の涙を呼んだ。
「僕は――」
 つう、とあふれた涙が目じりから落ち、屋根に溜まり、充分な大きさになったそれは傾斜を伝ってどこかへと消えてゆく。
「僕は、『持っている』んですね」
「『持たれて』いるんだ。お前を持っているのは私だ。私の中で、偏りを生んでいる」
 はい。
「あなたに認めてもらえたら、僕は僕の旅に出られる」
 俺が俺の楔となって、鎖を断つ。断たなくては、この旅もいずれ終わってしまうだろう。その前に、俺は。
 ナイフが引かれ、鞘におさめられたらしい。あのひとの両の手で頬が挟まれる。
「私に染まれ。染まって染まって、どこまでも深い赤になって、そして私の中の淀みになってみせろ」
「――」
 僕、は――
 唇が塞がれ、割られ、彼女が侵入してくる。絡み、絡めとられ、それでも一体になれずになぶられる。
「何も約束などしてやらん。絶対にだ」
 俺は俺のために、どこまでもあなたに。
「っ、えっ――」
 どうしてかは分からない。涙だけでは足りずに、ついに変な声まで出はじめて。
「行こうか。あまりうるさくすると見つかってしまうからな」
「――っ、――、はい」
 俺はようやっとそれだけを返すと、たぶん真っ赤な顔で、あのひとの背を追ってふらふらと棟を歩きはじめた。

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