ひとつの王家の治世が、ひとつの国の繁栄が、ひとつの町の活気が、ひとつの家庭のぬくもりが、ふたりの間の愛情が、ずっと、ずっと、ずっと続きますように。人々はそう願う。それはなにひとつ滑稽ではない。俺だって、俺のいまの気持ちがずっと続いて、あのひとのそばにいられたら。そう願う。ただ、それが誰にとっても素晴らしい、美しい、祝福されるべきものでないことも往々にしてある。もし、俺のこの気持ちが、その対象、あのひとにとって迷惑なものであったなら、端から見ればその気持ちなどとっとと潰えたほうがそのひとのためということになるだろう。だから、いまここで安穏と寝そべって、甘い思いでいられるのは、俺にとって最上の幸せなのだと思う。
お互いに湯を浴びて、きちんと服を着て、背を向けあって寝ている、この状況。消えかけた噛み跡、薄紅色の跡、胸のなかにだけある口づけのあと。そして身体の内側で燃えつづけている酒の火照りと、鈍い股ぐらの痛み。それは数日もすれば消えてなかったことになっている彼女と俺の肉欲の証。この苦痛が消えることなく累積され続けるのであれば、さすがに俺も彼女のもとから逃げだしていただろう。耐えられるものと耐えられないものは間違いなくある。その範囲で享受する苦痛を選り好んで、選りわけて、俺は引き受けている。なんとも都合のいい話だと思わないこともない。それでも。
あなたが許して、俺の耐えられる限りで、ここにいたいです。
わがままだ。そんな言葉が俺のうちで鳴る。堅く、厳然として、そのくせ内側でもろもろに腐った理、老人たちと俺たちが脈々と引き継いできたものが笑う。
「っふふ、」
だったら何なのだ。その反対側にある俺の欲望が幼い牙をむいてせせら笑う。それに殉ずることを俺に放棄させたのはお前たちではないか。その堅牢さが俺を――
暗く、拙く、狂暴な俺の感性を、酒臭い息と、それをこぼしている唇が散らした。
「ヴィオラさん」
「うるさい。寝ろ」
「――」
言葉も、身じろぎもなにひとつしていなかったと思うのだが、いつの間にかすぐ後ろに来ていたあのひとのごくごく短い言葉が俺を射すくめる。
「お前が何で、どこから来たかなど知らん。でもな」
お前は私のものだったのだろう?
ちろ、と裂けた耳に舌が這う。
「はい。僕は、」
身体を反転させてあのひとに向きなおると、俺は唇同士を合わせて、それから深く開いた胸板に顔を寄せる。
「ここにいられるのなら」
「ああ」
その言葉とともに頭が抱えられ、引き寄せられる。
「寝ろ」
「――はい」
この堕落の先に、俺は本当に俺にとって意味のある場所に至れるのだろうか。
いや、意味など。
「――、――――」
久しぶりに口にする故郷の言葉で、これまでとこれからの俺の気持ちを形にして、俺はそこに深く顔を埋め、目を閉じた。
9/29/2025, 8:06:40 AM