このひとといてこれだけ穏やかな時間を過ごすことは極めて稀なのではないか――ベッドの上で俺は考えていた。
貴重な休暇の昼下がり。2日目の今日が終わり、順調に補給が終われば明後日にはまた旅が始まるだろう。昨日の夕方、珍しく大人数で酒場へ行き、途中で抜け出してお決まりの宿に。その後は、まあ、言うまでもないことを。
窓の外ではぱらぱらと雨が屋根を打つ音がずっと続いている。灰色の単調な空が俺たちの気だるいいまの気分を形づくっているのかもしれない。
「ヴィオラさん」
「ん?」
背中越しにあのひとが動く気配がする。おそらく彼女もむこうを向いてぼんやりしていたのだろう。俺も彼女に向きなおり、目を見る。眠そうにしているくせに、それでもそこには尽きない火が宿っているように見える。触れるだけの口づけをすると、ヴィオラさんは片肘をついてこちらを見おろす。その歪んだ口もとにとくりとするものを感じるが、さすがに昨日の今日でまたそういうことをする気にはならない。俺にそこまでの体力はないし、彼女にその気がないのは見ていれば分かる。
「僕、ここにいられるよう頑張ります。あなたに飽きられないように」
好き、愛しいという気持ちがそんな言葉を吐かせる。
「カル、お前。ここにいるのに頑張る必要なんてあったのか?」
「――」
指が伸びてきて、眉間をなぞられる。
「お前はお前の好きなように振舞っていただけだろう。私も私のしたいようにしてきた。それだけではなかったのか?」
鼻のてっぺんを通って、口もとに指が下りてくる。2、3度唇をつつかれる。
「だったら少し、残念だな」
つぷ、とそのまま指が侵入してくる。舌先がもてあそばれる。
「私はお前に努力させていたのか?」
「フィオラさん」
指が抜かれ、指は再び下がりはじめる。顎を伝い、首筋をなぞり、胸もとに滑り込んでゆく。くすぐったさに息がもれた。
「僕――また欲しくなっちゃいます。ん、」
「その言葉も、狙ったものなのか?」
胸骨に貼りついた薄い皮膚がかり、と刺激される。
「あ、ふ。そんなわけ――ないです。すき、です。ヴィオラさん」
「吐けよ。お前の欲望。お前のその苦しみ。お前の負っているもの。全部吐いちまえ」
爪が立てられ、皮膚が薄く傷つけられた。
「あ、痛――」
俺からも指をのばして彼女の首に触れ、続けるように体を寄せてケープに顔を埋める。
「甘えたやつ」
「はい。ここにいたいです」
彼女の両腕が頭を包んできて、引き寄せられる。
「好きです。これからも、たくさん、ヴィオラさんのものにしてください」
「――好きにするさ」
「はい」
ここには俺と、ヴィオラさんしかいない。
いまこのとき、A****も、俺の旅も、なにもかもがなくなって、ただこのひとだけがいる。
そんな至福の時間。
そんな昼下がり。静かな雨音が閉じ込めた宿の一室のこと。
5/25/2025, 11:24:04 AM