小説
迅嵐
「だめ、だめだ、迅」
「…何がだめなんだよ」
「それだけは…頼む…」
「いいや、おれはやるよ」
「ああっ…迅……!終わらせないでくれ……!」
ガラガラガラガラガシャーーーーン!!
大きな音を立ててジェンガが倒れる。今現在、俺たちは嵐山隊の隊室でジェンガをしている。
「ほら終わり。今帰れば仲直り出来るって。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「うぅ〜〜…でも……」
大の男が二人、ジェンガをするという意味不明なシチュエーションを作ったのは俺だった。何故なら朝に愛すべき弟妹と喧嘩をしてきたから。喧嘩なんて何年ぶりだろう。下手をするとしたことがない可能性もある。だから仲直りの仕方が分からず途方に暮れていたのだった。都合良く隊室にあったジェンガを、通りかかった迅を道ずれに遊び倒し早数時間。正直帰りたくない。
「てかここまでジェンガ付き合っといて何だけど、喧嘩の理由って何だよ。おまえ達が喧嘩してるの想像出来ないんだけど」
「…副と佐補が最近夜帰ってくるのが遅くて、心配で口出したら喧嘩になった」
「えぇ……」
迅は眉を下げ、くだらないと言いたげに声を出す。しかし俺にとっては重大なことだ。部活動で忙しいのか二人の帰りが遅いことが心配で仕方がない。それを言うと二人は「もう中学生なのに!」と口をとがらせた。それに反論、それまた反論と続けるうちに喧嘩になってしまったのだった。
「二人が誘拐犯になんて攫われたら俺は三門市を滅ぼしかねない」
「ガチでやりそうなのがおまえだよね」
軽口を叩いている間に、着々と帰りの準備が整う。
「ほらー、帰るよー。おれも途中まで一緒に行ってあげるからさー」
「嫌だ!俺のことは置いていけ!屍を越えろ!!」
「はいはーい、帰りますよー」
ズルズルと引きずられ、俺は隊室を後にせざるを得なかった。
ちなみに喧嘩は、副と佐補の可愛い顔を見た瞬間謝罪マシンガンを放った俺により無事収束したのだった。
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おばみつ※ほんのり最終決戦
彼女の瞳は愛情で満ちている。
道端の花を見る目、好きな食べ物を食べる時の目、愛猫の話をしている目。
若草色の美しい瞳は、彼女の表情に更なる彩りを与えていた。
その瞳が、俺を捉える。
「伊黒さんって、とても素敵な瞳を持っているのね」
俺はこの両目が嫌いだった。俺を生かした最悪の元凶であるこの両目が。
それでも、君が素敵と言ってくれるなら。この瞳を大切にしようと思った。
今はもう何も見えなくなってしまったけれど。
彼女の澄んだ瞳がありありと目に浮かぶ。
嗚呼、今なら分かる。あの瞳が何を思って見ていたのか。
もう一度見つめて欲しい。
あの愛情のこもった優しい瞳で。
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迅嵐
「迅、お前熱あるだろ」
「え?」
出会い頭にそう言われ、おれはとぼけた声を出す。嵐山が見ているのはトリオン体のおれ。どこからどう見ても健康体そのもののはずだった。
「えっと…どっからどう見ても普通だと思うんだけど?」
「トリガー解除しろ」
「いやー、今トリガーのバグで解除できなくてさー」
「…迅」
嵐山は眉間に皺を寄せ、いつもより少しだけ低い声を出す。じりじりとこちらへにじり寄ってくる彼を止める術を、今のおれには持ち合わせていなかった。
「……」
美人の無言は怖い。
「……分かったよ、……トリガー解除」
トリガーを解除すると、頭と身体が少しだけ重くなる。今だけは重力を恨めしく思った。
「何度だ?」
「…三十七度ちょっと超えた感じ。微熱かな」
おれの平熱は平均よりも低いから、微熱と言えど結構辛い数字となっている。
「…ちょっと来い」
嵐山はおれの手を引くと、無言で廊下を進む。突き当たりにあった部屋のロックにトリガーをかざすとドアが横に開いた。中には簡易ベッドがあり、ここが休憩室だと今更ながら気がつく。嵐山が先にベッドに上り、自らの太ももをぺちぺち叩く。
「今日は三時から会議だから、一時間だけここで寝ていけ。あとは玉狛の誰かに連絡して迎えに来てもらおう」
魅惑的な太ももから逃げられるはずもなく、おれは崩れるように横になる。
トリオン体でいるとあんなに楽だったのに。生身の体はやっぱり少し不便だ。
熱で動きの鈍くなった頭はおれの願望を素直な言葉に変換する。
「あらしやまー…あたまなでてー……」
「ふふ、甘えんぼさんだな」
髪と髪の間を嵐山の綺麗な指がすり抜けていく。いつもは温かな嵐山の指が、トリオン体のせいか少しだけひんやりしていた。髪を梳きながら鼻歌を歌う彼は、おれを安心させるように笑う。
「……あらしやまもさー…なまみにもどってよー…」
「はいはい」
微睡みながら言うおれのわがままは、嵐山を温かな生身へと戻す。生身の体は不便だけど、近くで嵐山の匂いを感じられるのは良い。
温かくて柔らかくていい匂いな嵐山。…あぁ眠い。久しぶりに生身に戻ったせいかな。すぐに眠れそうだ。
「…おやすみ、迅」
おれは微熱特有の気だるさと嵐山の体温を感じながら、ゆっくりと意識を手放した。
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迅嵐※友情出演:生駒
「好きなところ?」
多分今、俺は隊服と同じくらい真っ赤になっているに違いない。
生駒との模擬戦で課された罰ゲーム。それは『負けた方が迅に自分の好きなところを聞く』というものだった。生駒は随分と勝てる自信があったらしく、負けた後に聞こえてきたのは「これで素直になれるんやないか」という一言。付き合っていても素直になれていないことは、気の置けない友人にはお見通しだったという訳だ。
「……何かあったの急にそんなこと聞くなんて」
「うっ……いや……別に……」
罰ゲームという事を見透かされている気がして少しだけ居心地が悪かった。でも聞きたかったのは嘘では無い。常々知りたいと思っていたのだ。
「…どこが好きで付き合ってくれてるのかなって」
「ふぅん」
ちらと横を見ると、こちらの会話が聞こえるか聞こえないかのギリギリな距離で生駒が見ていた。普段から表情の起伏が乏しい友人は、オーラから言いたいことが伝わってくる。『頑張れじゅんじゅん!』……人の気も知らないで!
「…いいよ教えてあげる」
意地の悪い笑みを浮かべた迅が顔を寄せてくる。驚いた俺が一歩下がると、迅もまた一歩歩み寄る。何度か繰り返すと、背に壁が当たった。しまったと後ろに目をやり視線を戻すと、迅の空色の瞳と視線がぶつかる。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離。この時間帯は人が通らないとはいえ、絶対では無い。それでも好きな人に迫られ抵抗する事など出来ず、俺は固く目を瞑る。
ふ、と小さく笑う声が聞こえたかと思うと、耳元で誰にも聞かれないように迅が囁く。
「好きなものを目にすると輝くように笑うところ、太陽の下でコロと楽しそうに散歩してるところ、……おれの前では恥ずかしがり屋なところ」
「んえっ」
その後も次々と出てくる『好きなところ』のオンパレードに、俺は茹だる顔を隠しながら受け止めることしか出来なかった。
「どんなおまえもぜーんぶ好き」
「か、勘弁してくれ…」
これでは罰ゲームではなくご褒美だ。
頭の中に生駒の声がトリオン体の通信機能を通して聞こえてくる。
『人払いしといたるからな』
友人の気遣いに小さく頷いた俺は、顔から手を離し、迅に躊躇いながらも抱きついてみる。迅はこの未来が視えていなかったらしく、ぴくりと肩を跳ねさせた。きっと今の俺の反応に集中しすぎていたのだろう。
「……生駒が、人払いしてくれるって」
ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めると、迅も俺の背に腕を回してくる。
……生駒のおかげで、少しは素直になれた気がした。俺は心の中で、気を使ってくれた友人にナスカレーを奢る計画を立てたのだった。
後日、生駒と迅の会話にて(トリオン体の通信)
『迅〜俺の好きなところは〜?』
『嵐山の可愛いところを存分に引き出してくれるとこ〜』
『もうちょい好きなところ無かったん?』
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迅嵐
『嵐山准にセーターを着せてはいけない』
いつの頃からか合言葉のように広まっていた謎の文言。おれは不思議に思って、本人には内緒でセーターを用意してみることにした。
「嵐山、これ着てみてよ」
「セーター?…すまない、セーターは着るなと言われててな…」
「いーからいーから、な?」
渋々と言った形ではあるが嵐山はセーターに腕を通す。するとどうだろうか。
「……確かに着せちゃいけないな…」
破壊力がえげつなかった。見た瞬間におれの心は撃ち抜かれていた。
まず可愛い。これが大前提にある。それに加え妙な色気がある。
誰にも見せたくないと、すぐに脱がせようとした時だった。
「嵐山さーん、取材の時間ですよー」
遠くから時枝の声が聞こえた。嵐山が時計を見やり、おれもそれに続く。
ふっと視線を戻すと、そこに嵐山はもう居なかった。
「えっ!?ちょ、待って嵐山…!」
「すまない!!すぐ終わらせてくる!」
物凄い速さでセーターを着たまま取材へ向かう嵐山。視えている未来の中では驚いた顔の男性陣と卒倒する女性陣。興奮と酸欠で倒れた女性は恐らく嵐山のファンだったのだろう。ネットでは#嵐山准 セーター、#じゅんじゅん セーター、など有り得ない程盛り上がっている。まさか嵐山の人気がこれ程までとは思っていなかった。そして根津さんに呼び出されこっ酷く怒られるおれと嵐山。おれに向かっている怒号は、口の動きから察するに『嵐山くんにセーターを着せてはいけないと言っただろう!!!!!!!』だな。……さすが根津さん、全部お見通しって訳か…完敗だ…。勝手に敗北感を味わいながらおれは頭を抱える。
…あぁ…興味本位で嵐山にセーターを着せるんじゃなかった…!
未来の中でおれは根津さん以外の上層部から哀れみの視線を受け、現実では女性陣の黄色い声が、スタートの合図の様に聞こえたのだった。