小説
迅嵐
『嵐山准にセーターを着せてはいけない』
いつの頃からか合言葉のように広まっていた謎の文言。おれは不思議に思って、本人には内緒でセーターを用意してみることにした。
「嵐山、これ着てみてよ」
「セーター?…すまない、セーターは着るなと言われててな…」
「いーからいーから、な?」
渋々と言った形ではあるが嵐山はセーターに腕を通す。するとどうだろうか。
「……確かに着せちゃいけないな…」
破壊力がえげつなかった。見た瞬間におれの心は撃ち抜かれていた。
まず可愛い。これが大前提にある。それに加え妙な色気がある。
誰にも見せたくないと、すぐに脱がせようとした時だった。
「嵐山さーん、取材の時間ですよー」
遠くから時枝の声が聞こえた。嵐山が時計を見やり、おれもそれに続く。
ふっと視線を戻すと、そこに嵐山はもう居なかった。
「えっ!?ちょ、待って嵐山…!」
「すまない!!すぐ終わらせてくる!」
物凄い速さでセーターを着たまま取材へ向かう嵐山。視えている未来の中では驚いた顔の男性陣と卒倒する女性陣。興奮と酸欠で倒れた女性は恐らく嵐山のファンだったのだろう。ネットでは#嵐山准 セーター、#じゅんじゅん セーター、など有り得ない程盛り上がっている。まさか嵐山の人気がこれ程までとは思っていなかった。そして根津さんに呼び出されこっ酷く怒られるおれと嵐山。おれに向かっている怒号は、口の動きから察するに『嵐山くんにセーターを着せてはいけないと言っただろう!!!!!!!』だな。……さすが根津さん、全部お見通しって訳か…完敗だ…。勝手に敗北感を味わいながらおれは頭を抱える。
…あぁ…興味本位で嵐山にセーターを着せるんじゃなかった…!
未来の中でおれは根津さん以外の上層部から哀れみの視線を受け、現実では女性陣の黄色い声が、スタートの合図の様に聞こえたのだった。
11/25/2024, 9:57:24 AM