小説
おばみつ
カラン。
染め粉の入った底の浅い皿に、無造作に櫛を落し入れる。
手は染め粉で黒く染まり、爪の中まで色が入り込んでいた。
やおら視線を上げると、そこには顔色の悪い少女がいた。
「……私、こんなにやつれてたっけ?」
ろくに食べず、無理して笑い、もう既に限界は近かった。あんなに食べることが大好きだったのに。あんなに笑うことが楽しかったのに。今はもう、何をしても私でないみたい。
それでも、それが素敵な殿方との結婚へと繋がるのならば。
鏡の中の自分に向かって手を伸ばす。
鏡に触れ、真っ黒に染まった手を下へとずり下げてゆく。鏡面に残る黒線は、さながら涙のようだった。
「……さぁ笑って。そうしないときっと、だぁれも私のことを好きになってはくれないわ」
「君は、とても美しい髪色をしているのだな」
隣に並ぶ彼は、目線を合わせずそう答える。いつものように、私が髪色の話をしていた時だった。初めて会った殿方は皆、この奇抜な髪色に戸惑いを表情に滲ませるのが常だった。今回もそうだと思っていた矢先、彼は予想外の返答をした。
「…え…」
「……すまない。初対面の女性に失礼なことを言った」
初めて家族以外から髪色を褒められた。
その後に一緒に行った食事でも、私は気が抜けて沢山食べてしまったのに「沢山食べることはいい事だ」って言ってくれた。
初めて家族以外からそんなことを言われた。
…貴方と出会ってから、初めのことが沢山あるの。
屋敷に戻り、鏡の中の自分を見つめる。
「……私、こんなに嬉しそうだったの?」
沢山食べ、心の底から笑い、仲間から認められた。
そして、私の髪色を美しいと褒め、沢山食べる姿を優しく見ていてくれる素敵な殿方と出会うことができた。
鏡の中の自分に向かって手を伸ばす。
そこには頬を桃色に染め、一人の青年に恋する普通の女の子がいた。
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迅嵐※友情出演:弓場
最近、眠りにつく前に、嵐山はいつもうつ伏せになって枕の下に手を入れる。
何故だかはよく知らなかった。ただ、安心するからかな、とかひんやりして気持ちいいのかな、とか思ってた。
ある日、何となしに聞いてみた。
「嵐山ってさ…なんで最近寝る前に枕の下に手入れんの?」
「えっ…………いや別に」
普段とは違う歯切れの悪い返しに、おれはモヤモヤしていた。おれに隠さなきゃいけない物があるってこと?まさか浮気…?その枕の下に浮気相手の何かが隠されているとか…?いやいやそんなまさか。
だけどその日からずっと、頭の中では枕の下に何があるのかばかりを考えてしまっていた。
任務が終わり帰路に着く。部屋を覗くと、嵐山は既に寝息をたてていた。
ふと、頭の方に目を移すと枕がズレており、そこから一枚の紙がはみ出ているのに気がついた。
「…」
悪い未来は視えないけれど、浮気相手の何かだったら嫌だし。まぁ、嵐山に限ってそんなことないだろうけど?確認するだけだし。
嵐山が見せたがらなかった物を勝手に見るという最低な行動の言い訳を頭の中で呟きながらも、そっと紙をつまみ上げてみる。
「……え」
それは写真だった。しかもそれは今しがた写真をつまみ上げた張本人、おれの写真だった。…この画角の撮り方は弓場ちゃんか…?しかも写真の中のおれは締りのない顔をしている。
「……ん……じん…?」
おれの声で起こしてしまったのか、嵐山は眠たそうな目を擦りながら身体を起こす。
「…あれ、……ん?……あ!いや待て迅、それ!!」
おれの手の中にある写真に気づくと眠気が飛んだのか、嵐山はこちらに勢いよく手を伸ばしてきた。
それを視越してひらりと躱す。
「嵐山、これ、なぁに?」
「……」
手を伸ばした状態でぴたりと固まる嵐山。
目の前でひらひらと写真を揺らすと、困ったように眉を下げほんのりと顔を赤く染める。
「…………お前の、写真」
「なんで枕の下に入ってるの?」
「…………」
なかなか答えようとしない嵐山に、おれはゆっくりと顔を近づけてみる。
距離にして数センチ。嵐山の瞳に映る自分が中々に締りのない顔をしていて、もしかして写真の中のおれは嵐山を見てたのかな、とぼんやりと思った。
「…………会えない日が多いから…枕の下に入れたら……お前の夢が…みれるかと思って……」
おれから目を離さず、健気に瞳を揺らしながら答えるその姿は、あまりにも可愛くて心が蕩けそうだった。
「……っはぁ〜。浮気じゃないのか、良かった…」
「…浮気?そんなのする訳ないだろう?」
ぼふ、と嵐山の身体に顔を埋め息をつく。そりゃそうだ。だって嵐山だもん。そんなことする訳がない。
………でも、
「ちょっとだけ、心配になっただけだよ」
「というか、勝手に見るな。せっかく隠してたのに…」
「悪かった。ほら、生の悠一くんですよ〜」
嵐山の程よい筋肉のついた細い腰を抱くと、上からチョップが降ってくる。
「今日はもう寝るぞ」
「えー」
「えーじゃない」
「ちぇ」
渋々起き上がり、部屋着に着替えると嵐山の待つベッドへと向かう。
子供体温の嵐山が入るベッドの中は暖かかった。
「あ、こうすれば夢みれるんじゃない?」
「…………」
嵐山の頭を俺の胸元に押し付けてしばらくすると、背中に温かい手が回ってきた。
「ちなみにどんな夢をみたかったの?」
「……言わない」
「素直にイチャイチャする夢って言えばいいのに」
直後、俺は背中をつねられ、非常に情けない声をあげるのだった。
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迅嵐
「永遠に変わらないものなんてないんだよ」
迅は缶コーヒーを手にしながらボソリと呟いた。
屋上からは市民たちの暮らしがよく見えた。少し冷たい風が髪の間をすり抜ける。
「…そうか?」
「あぁそうだよ。どんなものでもいつかは変わる」
どこか投げやりに聞こえるその言葉に俺は無言で耳を傾け続けた。
「ずっと変わらないで欲しいものも全部変わる。そりゃ確かに変わんなきゃダメな時もあるだろうけどさ、今は…寂しくなるから変わらないで欲しいんだよ」
それは、いつも上手く本音を隠してしまう迅の小さな綻び。手の中の缶を苦しげに握りしめる彼の背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。
「嵐山は、そのままでいてよ」
「……」
「明るく真っ直ぐに、綺麗なままでいて」
「嫌だ」
俺は咄嗟に言葉を吐き出した。
「…え」
「明るく真っ直ぐはともかく、綺麗なままでなんていられない」
「…」
「綺麗なままなんて、面白くないだろう?」
「……」
「ちょっと汚れてたり、崩れてた方が愛着も湧くもんさ」
「…たしかに」
俺の目を見て神妙な面持ちで頷く様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。
「永遠に変わらないものなんてない。それは俺もお前も同じだ。いつかは変わらなければならない。…なら一緒に変わっていけば、あまり差が開かずに二人で変わっていけるんじゃないか?」
俺はいつもしてもらうように、迅の頭を優しく、めいいっぱい撫で回す。
「そうすればきっと、寂しくない」
らしくなく迅は瞳を大きく揺らすと、困ったように、でも少しだけ安心したように笑った。
理想郷※自我
私にとっての理想郷は、お父さんお母さんがずっと元気に生きてて、仕事しなくて良くて、好きなことを沢山出来て、いっぱい寝れて、おなかいっぱいご飯が食べれて、戦争がなくて、病気がなくて、誰も傷つかない、みんなが笑顔で居られる世界。
あと勉強しなくて良くてテストがない世界。
明日テストなんだけどさ……ノータッチで寝てやるよ
…!2教科赤点だったから来週は再試まみれだけど強く生きるよ…!
ちなみに世界平和を願う私はINFJです。
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迅嵐※過去捏造
「ほら、大人しく寝てろって」
「うぅ…不覚……」
ピピ、と脇に差した体温計が軽快な音を奏でる。
数値を見ると38.6度。紛れもなく風邪をひいていた。
「…数字見たらもっと具合悪くなってきた…」
「あー見るな見るな」
自覚した途端頭が重くなった、気がした。いや絶対悪化した。
「もうだめだ…迅、俺のことは忘れて進むんだ…!」
「はいはいリンゴ切ってあげるからな」
百パーセント死ぬゲームのキャラクターのようなセリフを吐くと、迅は上手く躱しながらリンゴを剥きに下へ向かう。冗談はさておき、本当に具合が悪くなってきた。迅が戻ってくるまで少し寝よう…。そう思い、俺は目を瞑った。
時偶、懐かしく思うことがある。
俺は風邪なんて滅多にひかない、元気を体現したような子供だった。だから、たまに引く風邪は本当につらくて、怖くて、嫌だった。そんなときに、母はよくリンゴをうさぎ型に切ってくれた。そのリンゴは、ただのリンゴよりもずっとずっと美味しかった。
今は風邪をひくことも少なくなり、あのうさぎ型のリンゴも食べることが無くなった。
だから日常の中でリンゴを見ると時偶に、懐かしく思ってしまうのだ。
「……嵐山」
「…ん……?あ……寝てた……?」
「ごめんね起こして。ほら、リンゴ。食べな」
俺の目の前に置かれたリンゴは、うさぎの形をしていた。
「……」
「あれ、食べれない?やっぱ具合悪い?」
「…いや、食べれる。ありがとう」
リンゴを口に含むと昔食べたリンゴと同じ味がした。いつも食べるリンゴよりも、ずっとずっと美味しかった。
「んむ、うまい」
「そりゃ良かった……早く治せよ」
「うん」
素直に頷くと、迅は俺の頭を優しく撫でた。
……たまには、熱を出すのもいいもんだな。