愛し合う二人を、好きなだけ

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小説
おばみつ



カラン。

染め粉の入った底の浅い皿に、無造作に櫛を落し入れる。
手は染め粉で黒く染まり、爪の中まで色が入り込んでいた。

やおら視線を上げると、そこには顔色の悪い少女がいた。

「……私、こんなにやつれてたっけ?」

ろくに食べず、無理して笑い、もう既に限界は近かった。あんなに食べることが大好きだったのに。あんなに笑うことが楽しかったのに。今はもう、何をしても私でないみたい。

それでも、それが素敵な殿方との結婚へと繋がるのならば。

鏡の中の自分に向かって手を伸ばす。

鏡に触れ、真っ黒に染まった手を下へとずり下げてゆく。鏡面に残る黒線は、さながら涙のようだった。

「……さぁ笑って。そうしないときっと、だぁれも私のことを好きになってはくれないわ」




「君は、とても美しい髪色をしているのだな」

隣に並ぶ彼は、目線を合わせずそう答える。いつものように、私が髪色の話をしていた時だった。初めて会った殿方は皆、この奇抜な髪色に戸惑いを表情に滲ませるのが常だった。今回もそうだと思っていた矢先、彼は予想外の返答をした。

「…え…」

「……すまない。初対面の女性に失礼なことを言った」

初めて家族以外から髪色を褒められた。

その後に一緒に行った食事でも、私は気が抜けて沢山食べてしまったのに「沢山食べることはいい事だ」って言ってくれた。

初めて家族以外からそんなことを言われた。

…貴方と出会ってから、初めのことが沢山あるの。

屋敷に戻り、鏡の中の自分を見つめる。

「……私、こんなに嬉しそうだったの?」

沢山食べ、心の底から笑い、仲間から認められた。
そして、私の髪色を美しいと褒め、沢山食べる姿を優しく見ていてくれる素敵な殿方と出会うことができた。

鏡の中の自分に向かって手を伸ばす。



そこには頬を桃色に染め、一人の青年に恋する普通の女の子がいた。

11/3/2024, 1:57:53 PM