愛し合う二人を、好きなだけ

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10/24/2024, 1:24:11 PM

小説
おばみつ※転生if



「行かないで」

遠慮気味に俺の服の端を掴み、蚊のような小さな声で彼女は呟く。その美しい瞳から大粒の涙を幾つも零していた。初めて見る甘露寺の姿に俺はおろおろと情けなくうろたえることしか出来なかった。

彼女は、俺に弱音を吐いたことが一度も無かった。いつも明るく気丈に振る舞い、彼女を見た者は皆笑顔になる。そんな存在が甘露寺だった。

「か、甘露寺、どうしたんだ。何があった」

俯く彼女に俺は何も出来ず、自らの不甲斐なさを恨んだ。彼女にこんな顔をさせたくなど無いのに。

「…いかないでよぉ…」

くしゃりと顔を歪めた彼女は、俺とは目を合わせず掴んだ服の裾を一層強く握りしめる。

「…何処にも行かないよ。ほら、そこに座ろう」

頬の涙を拭うと、近くにあったベンチに二人で座る。

「どうした、何があったんだ?ゆっくりでいいから俺に教えてくれ」

優しく促すと、彼女はぽつりぽつりと話してくれた。

「……あのね、あのね伊黒さん。私、夢をみたの。ずっとずっと昔の時代の夢。…貴方も私も何かと戦っていて…皆傷だらけで…」

彼女の語る夢の話。

「伊黒さんは…私を助けるために、一人で戦いに行っちゃって…。でもね、行かないで欲しかったの」

「…甘露寺…」

「それでね、それをさっき思い出しちゃって、心がぶわーってして、ぎゅーってして、とっても悲しくなっちゃったの」

彼女の手は強く握りしめられていて、真っ白になってしまっていた。

「……ごめんなさい、訳分からないよね。…忘れて…」

俺より少し背の高い彼女が、今は触れてしまえば消えてしまいそうなほど小さく見えた。俺は彼女の白くなってしまった手に自らの手を添える。

「…甘露寺、俺はここにいるよ」

はっと顔を上げる彼女の目を優しく見つめる。若草色の瞳がゆらゆらと儚げに揺れていた。

「…まだ、ちょっと早いかと思っていたんだが…」

俺はポケットの中にある、小さな箱を取り出す。
彼女は目を見開くと、視線を俺に戻した。

「きっとこの先、俺はまた君を不安にさせてしまうかもしれない」

「…」

「けれども約束しよう。俺は何があっても君を一人にはしない。ずっとずっと一緒に生きていこう」

…もっとちゃんとしたレストランとかでしようと考えていた。一生に一度のことだから。彼女が喜ぶのはどんなのだろうと、何度も考えた。だけど、今しなければ意味が無いと思った。今だからこそするべきだと思った。

俺は立ち上がり彼女の目の前に立つ。そして跪くとゆっくりと箱を開けた。

「俺と結婚してください」

もう二度と置いて行ったりしないから。君とずっと一緒にいたいから。

彼女の涙と手元の指輪が光を受け、星のように輝いていた。

10/23/2024, 12:26:35 PM

小説
千ゲン



遡ること三十分前。

「あ゙ーーーー……」

俺は乱暴に頭を掻き回す。アイデア作りの作業に手をつけ始めて早数時間。目の前には白紙の紙一枚。今日までにこれを終わらせないと、この後の作業が滞る。その事実が俺を更に焦らせた。

「千空ちゃ〜ん、捗ってる〜?」

ゲンは間延びした声で俺を呼ぶ。

「…捗ってるように見えっか」

「いーや全然。だからさ千空ちゃん」

「あ?」

「丘に行こうよ」


そして現在。俺たちは小高い丘の上へ来ていた。ゲンと二人並びながら、どこまでも続く青い空をぼんやりと眺める。流れる雲を目で追っていると、視界の端から腕が伸びていることに気がつく。横を見るとゲンが空を指さしていた。

「ねー千空ちゃん、千空ちゃんは何で空が青いと思う?」

「あ゙?空が青いのは、あの太陽の光が地球の大気を通過するときに波長の短い青い光が散乱して…」

「わーっ!違う違う本当のこと聞いてるんじゃなくて」

「?」

「想像してみてよ」

ゲンは立ち上がり、クルクルと踊るように俺の周りを歩き出す。

「実は空には大きな鏡があって、海の色を映してるから青い、とか。神様が絵の具を間違えて垂らしちゃって青くしちゃったとか……それだと夕焼けの説明がつかないか」

ゲンは再び俺の横に座ると、空が青い理由を想像して様々なことを話し続けた。いつもは事実に基づいた証明出来ることばかりを考えているせいか、その柔軟さは中々新しい視点だと思った。本当に楽しそうに話すゲンを見て、俺は思わず目を細める。俺たちの目の前に広がる空と海は、共に青く、深く、そして美しく輝いていた。

「まぁ科学の大好きな千空ちゃんにはちょっと退屈だったかなー」

「…いや、たまには空想話もいいもんだ…。…あ゙」

「えっ、なになに」

「ククク…全部お前のお見通しって訳か…」

「えっえっ」

「てめぇの空想話が俺のグダった脳みそにテコ入れやがったんだ。しっかり手伝ってもらうぞメンタリスト」

あんなに時間をかけても進まなかったアイデア作りが驚く程スムーズに想像出来る。やるじゃねぇかゲン。百億万点やるよ…!

俺はいやいやと駄々をこねるゲンの首根っこをしっかりと掴むと、ズルズルと引きずりながらラボへと戻っていった。

10/22/2024, 11:09:16 AM

小説
迅嵐



「実はまだ衣替えしてないんだよね〜」

へらへら笑う迅の服は、こんなに寒いと言うのに半袖のままだった。

「な、なんだって…」

ちなみに今の気温は12度。しかもこれは暖かい方だ。きっとこれからもっともっと寒くなるに違いない。
絶対に、風邪をひく。

「………するぞ」

「え?」

「衣替え!!!!するぞ!!!!!」


「お前全然服持ってないじゃないか!!!」

「ご、ごめんって…」

彼の必死の静止を振り切ると玉狛支部の迅の自室に向かい、勢い良くクローゼットを開ける。スカスカのクローゼットを前に俺はわなわなと体を震わせ、後ろで縮こまっている迅に顔を向けた。

「どうりで最近俺を玉狛に泊まらせないわけだ…」

「……この未来が…視えてたもんで…」

「しかもなんで三着しかないんだ……」

「ごめん……」

完全にしょぼくれた迅は、飼い犬のコロが怒られた後の様子にそっくりだった。完全に一致したせいで怒るに怒れず、むしろ可愛く見えてきた。

「ふ…いや、こっちこそいきなり上がり込んですまない」

「服か…しばらく買ってないな…」

「前回服を買ったのっていつだ?」

「………………」

「おい迅」

「…………2年前……」

「………………」

「ごめんって!!!」

冗談はさておき、本当にどうすればいいのか。金銭面での問題は無いはずだが、如何せん服を買いに行く時間がない。忙しい彼を連れ回す訳にも行かない。ネットで買うのもいいが、届いてみないと着ることの出来ないネットに頼るのは少々心伴い。

「はっ、いい事を思いついた!!」

「えっ」

「ちょっとまってろ迅!すぐ戻る!」

「ちょ、え、嵐山!?」

俺は迅の遠ざかっていく声を聞きながら、玉狛支部を背に自らの家へと向かった。


「…え、これ全部くれんの?」

「あぁ、全部だ」

「さすがにこれは視えてなかったなぁ」

困惑した様子の迅の足元には、俺の家から持ってきた大量の服が積み重なっていた。
それは撮影で一度だけ着たきりだった服がほとんどだった。

「いやよくこれ持ってきたね」

「大変だったから全部貰ってくれ。背丈は一緒だから、ちょうどいいと思うぞ」

「んじゃお言葉に甘えて…」

最初に手に取った服を着るとぴったしで、よく似合っていた。しかしすぐに脱ごうとはしなかった。

すんすんと袖を嗅ぐ迅は俺の視線に気がつくとへらりと笑って言った。

「嵐山の匂いがする」

かっこいいのにかわいい。こんな矛盾したことが世の中にあっていいのか。

悶えながらも俺は、迅の2年ぶりの衣替えを成功させたのだった。

10/21/2024, 1:17:34 PM

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迅嵐※過去捏造



そこら中から煙とむせ返るような血の香りがした。


「だめだ最上さん!!行かないで!!!」

仲間に支えられないと立ち上がることも難しくなったこの体を、一生懸命にあの人の元へと伸ばす。

「最上さん、最上さん…!!」

だめだよ、ねぇ、最上さん

「いかないで!!」

どんなに泣いても、声が枯れるまで叫んでも、最上さんがこちらを向くことは無かった。

「…おれを一人にしないでよ…」




「……ん…じ……ん…!……迅!!!」

「…っ!!」

目を覚ますと、そこは見慣れた自室だった。
浅い呼吸を繰り返し、肺に酸素を送り込む。けれども混乱しているせいか、中々上手く息を吸い込むことが出来ない。

「迅、落ち着け。まずは息を吐くんだ。そうしないと吸えるものも吸えなくなる」

おれは嵐山の言う通りに息を吐く。そして息を吸う。それを繰り返すと、やっと呼吸が楽になった。

「…嵐山…おれ…」

「…凄くうなされていたぞ。それに酷い汗だ。待っててくれ、今タオルを…」

そう言うと嵐山はベッドからするりと抜け出す。

「…っ、まって、」

今さっき見た夢のせいか戻ってこない気がして、おれは反射的に嵐山の腕を掴んでしまった。

「お願い、ひとりにしないで」

腕を引かれた本人は驚いたように目を見開く。
しかしそれは直ぐに、聞き分けのない子供に対しての困ったような、それでいて優しさを隠しきれていないような笑みに変わった。

「…大丈夫、今はタオルを取りに行くだけだ。きっと寝汗で服が濡れて気持ちが悪いだろう?…必ず戻るから」

嵐山の笑顔は、どんな状況下でも安心できるらしい。
不安が残る中、おれは渋々嵐山の腕を離した。


汗を拭き服を着替えると、既に嵐山はベッドに入っており、こちらに向かって手招きをしていた。

素直に嵐山の元へ向かうと手を引かれ、横になると布団をかけられた。
そしておれの頭を抱えると、ぽつりと小さな声で言葉を零す。

「きっと大丈夫さ」

嵐山のとくとくと規則正しい心音がおれの心を落ち着かせる。

「……嵐山は、おれを一人にしない?」

「うーん、…それは分からないな」

「…はは、嵐山らしいな」

まさに三門市のヒーロー、ボーダーの顔、家族を第一に考える嵐山らしい言葉。それが今のおれには重すぎず丁度良かった。

「ほら寝よう、…そうだ、明日の朝ごはんは鮭を焼こうか」

「ん…いいね、楽しみ」

きっと明日はお前が笑っていられるような未来にするから。


優しい音とあたたかな腕に安心しきったおれは、ゆっくりと眠りに落ちていった。

10/20/2024, 1:57:08 PM

小説
おばみつ※転生if



始まりはいつもの、たわいも無い会話の延長線にすぎなかった。

「ねぇ伊黒さん、今日彗星が見えるらしいわ」

「ん?」

何気なく発した言葉に、彼は手元の作業を止めてこちらを向く。

「彗星?」

「うん、彗星」

私のスマホに映し出されていた、今地球に近づいている彗星の記事を彼に見せる。

「素敵ね、私彗星って見たことないの。写真でもあんなに綺麗なんだから、実際に見たらどんなに素敵なのかしら」

私の話す言葉を記事から目を離さず聞いていた彼は、ぱっと顔を上げるとこちらに笑みを向ける。

「よし、行こうか」

「えっ」

突然の提案に驚いた私は、あまり可愛くない声を上げてしまった。

「少し待ってて」

手元のパソコンを何やら真剣な顔つきで見つめている。中々見れない真剣な表情は、私の心をきゅっと掴みあげた。とってもかっこいい。

「今日は冷えるらしい。しっかりと上着を着ていこう」

そう言うと彼はパソコンを閉じ、上着を取りに向かう。

「えっえっ、いいの?見に行ってもいいの?」

「悪いわけないだろう?君の喜ぶ姿を見たい」

「!!」

そんな話をしている内に、いつの間にか準備万端な状態になっていた。

「さあ行こう」

そうして私達は、冬の気配感じる外へと向かった。


「ところで、彗星ってどこだと見やすいのかしら」

ふと口に出してみる。あら?そういえば私、何も知らないわ。見える時間帯も、場所も、方角も、何もかも知らないじゃない!どうしよう!!

しかし彼は全てお見通しのようだった。

「大丈夫、全部調べた。この先に街頭の光が届かない小さな丘があるらしいんだ。そこで見よう」


丘に着くと、丁度日が沈みかけているところだった。

「やっぱり冷えるね」

「あぁ、そろそろ冬も近いな」

周りはとても静かだった。ただ風が鳴らす木の葉のざわめきしか聞こえてこなかった。

「甘露寺、こっちの空を見て」

「こっち?」

顔を上げた、その時だった。

「わぁ…!!」

そこには美しく尾を引く彗星があった。彗星は煌めく星々と共に私の瞳に映っていた。

「伊黒さん、伊黒さん、みて!彗星よ!本物よ!」

私は初めて実際に見る彗星を目の前にしてはしゃぎ回った。

「あの彗星、周期がだいたい8万年らしい」

「えっ、それって…」

「そう、次にあの彗星が見れるのは8万年後なんだ」

私は驚きを隠せなかった。

「…じゃあ私達が今見れているのは、奇跡に近いのね」

「あぁ、今この時代に二人揃って生まれてこれたおかげだ」

そう言い彗星を眺める彼は、どこかで見たことのあるような顔をしていた。

「…そんな彗星を伊黒さんと見れて、私とっても幸せよ」

「…俺も甘露寺と見ることが出来て、物凄く幸せだ」

私が笑うと、彼も笑う。そんな小さなことが嬉しくて仕方がなかった。

ずっとこんな小さなことを待っていた気がする。
変ね、もう何年も一緒にいるのに。

どちらともなく手を繋ぎ、身を寄せ合う。

もう少しここで見ていよう。

8万年越しの奇跡を君と共に。

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