愛し合う二人を、好きなだけ

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小説
おばみつ※転生if



「行かないで」

遠慮気味に俺の服の端を掴み、蚊のような小さな声で彼女は呟く。その美しい瞳から大粒の涙を幾つも零していた。初めて見る甘露寺の姿に俺はおろおろと情けなくうろたえることしか出来なかった。

彼女は、俺に弱音を吐いたことが一度も無かった。いつも明るく気丈に振る舞い、彼女を見た者は皆笑顔になる。そんな存在が甘露寺だった。

「か、甘露寺、どうしたんだ。何があった」

俯く彼女に俺は何も出来ず、自らの不甲斐なさを恨んだ。彼女にこんな顔をさせたくなど無いのに。

「…いかないでよぉ…」

くしゃりと顔を歪めた彼女は、俺とは目を合わせず掴んだ服の裾を一層強く握りしめる。

「…何処にも行かないよ。ほら、そこに座ろう」

頬の涙を拭うと、近くにあったベンチに二人で座る。

「どうした、何があったんだ?ゆっくりでいいから俺に教えてくれ」

優しく促すと、彼女はぽつりぽつりと話してくれた。

「……あのね、あのね伊黒さん。私、夢をみたの。ずっとずっと昔の時代の夢。…貴方も私も何かと戦っていて…皆傷だらけで…」

彼女の語る夢の話。

「伊黒さんは…私を助けるために、一人で戦いに行っちゃって…。でもね、行かないで欲しかったの」

「…甘露寺…」

「それでね、それをさっき思い出しちゃって、心がぶわーってして、ぎゅーってして、とっても悲しくなっちゃったの」

彼女の手は強く握りしめられていて、真っ白になってしまっていた。

「……ごめんなさい、訳分からないよね。…忘れて…」

俺より少し背の高い彼女が、今は触れてしまえば消えてしまいそうなほど小さく見えた。俺は彼女の白くなってしまった手に自らの手を添える。

「…甘露寺、俺はここにいるよ」

はっと顔を上げる彼女の目を優しく見つめる。若草色の瞳がゆらゆらと儚げに揺れていた。

「…まだ、ちょっと早いかと思っていたんだが…」

俺はポケットの中にある、小さな箱を取り出す。
彼女は目を見開くと、視線を俺に戻した。

「きっとこの先、俺はまた君を不安にさせてしまうかもしれない」

「…」

「けれども約束しよう。俺は何があっても君を一人にはしない。ずっとずっと一緒に生きていこう」

…もっとちゃんとしたレストランとかでしようと考えていた。一生に一度のことだから。彼女が喜ぶのはどんなのだろうと、何度も考えた。だけど、今しなければ意味が無いと思った。今だからこそするべきだと思った。

俺は立ち上がり彼女の目の前に立つ。そして跪くとゆっくりと箱を開けた。

「俺と結婚してください」

もう二度と置いて行ったりしないから。君とずっと一緒にいたいから。

彼女の涙と手元の指輪が光を受け、星のように輝いていた。

10/24/2024, 1:24:11 PM