小説
おばみつ※転生if
始まりはいつもの、たわいも無い会話の延長線にすぎなかった。
「ねぇ伊黒さん、今日彗星が見えるらしいわ」
「ん?」
何気なく発した言葉に、彼は手元の作業を止めてこちらを向く。
「彗星?」
「うん、彗星」
私のスマホに映し出されていた、今地球に近づいている彗星の記事を彼に見せる。
「素敵ね、私彗星って見たことないの。写真でもあんなに綺麗なんだから、実際に見たらどんなに素敵なのかしら」
私の話す言葉を記事から目を離さず聞いていた彼は、ぱっと顔を上げるとこちらに笑みを向ける。
「よし、行こうか」
「えっ」
突然の提案に驚いた私は、あまり可愛くない声を上げてしまった。
「少し待ってて」
手元のパソコンを何やら真剣な顔つきで見つめている。中々見れない真剣な表情は、私の心をきゅっと掴みあげた。とってもかっこいい。
「今日は冷えるらしい。しっかりと上着を着ていこう」
そう言うと彼はパソコンを閉じ、上着を取りに向かう。
「えっえっ、いいの?見に行ってもいいの?」
「悪いわけないだろう?君の喜ぶ姿を見たい」
「!!」
そんな話をしている内に、いつの間にか準備万端な状態になっていた。
「さあ行こう」
そうして私達は、冬の気配感じる外へと向かった。
「ところで、彗星ってどこだと見やすいのかしら」
ふと口に出してみる。あら?そういえば私、何も知らないわ。見える時間帯も、場所も、方角も、何もかも知らないじゃない!どうしよう!!
しかし彼は全てお見通しのようだった。
「大丈夫、全部調べた。この先に街頭の光が届かない小さな丘があるらしいんだ。そこで見よう」
丘に着くと、丁度日が沈みかけているところだった。
「やっぱり冷えるね」
「あぁ、そろそろ冬も近いな」
周りはとても静かだった。ただ風が鳴らす木の葉のざわめきしか聞こえてこなかった。
「甘露寺、こっちの空を見て」
「こっち?」
顔を上げた、その時だった。
「わぁ…!!」
そこには美しく尾を引く彗星があった。彗星は煌めく星々と共に私の瞳に映っていた。
「伊黒さん、伊黒さん、みて!彗星よ!本物よ!」
私は初めて実際に見る彗星を目の前にしてはしゃぎ回った。
「あの彗星、周期がだいたい8万年らしい」
「えっ、それって…」
「そう、次にあの彗星が見れるのは8万年後なんだ」
私は驚きを隠せなかった。
「…じゃあ私達が今見れているのは、奇跡に近いのね」
「あぁ、今この時代に二人揃って生まれてこれたおかげだ」
そう言い彗星を眺める彼は、どこかで見たことのあるような顔をしていた。
「…そんな彗星を伊黒さんと見れて、私とっても幸せよ」
「…俺も甘露寺と見ることが出来て、物凄く幸せだ」
私が笑うと、彼も笑う。そんな小さなことが嬉しくて仕方がなかった。
ずっとこんな小さなことを待っていた気がする。
変ね、もう何年も一緒にいるのに。
どちらともなく手を繋ぎ、身を寄せ合う。
もう少しここで見ていよう。
8万年越しの奇跡を君と共に。
10/20/2024, 1:57:08 PM