小説
迅嵐
「実はまだ衣替えしてないんだよね〜」
へらへら笑う迅の服は、こんなに寒いと言うのに半袖のままだった。
「な、なんだって…」
ちなみに今の気温は12度。しかもこれは暖かい方だ。きっとこれからもっともっと寒くなるに違いない。
絶対に、風邪をひく。
「………するぞ」
「え?」
「衣替え!!!!するぞ!!!!!」
「お前全然服持ってないじゃないか!!!」
「ご、ごめんって…」
彼の必死の静止を振り切ると玉狛支部の迅の自室に向かい、勢い良くクローゼットを開ける。スカスカのクローゼットを前に俺はわなわなと体を震わせ、後ろで縮こまっている迅に顔を向けた。
「どうりで最近俺を玉狛に泊まらせないわけだ…」
「……この未来が…視えてたもんで…」
「しかもなんで三着しかないんだ……」
「ごめん……」
完全にしょぼくれた迅は、飼い犬のコロが怒られた後の様子にそっくりだった。完全に一致したせいで怒るに怒れず、むしろ可愛く見えてきた。
「ふ…いや、こっちこそいきなり上がり込んですまない」
「服か…しばらく買ってないな…」
「前回服を買ったのっていつだ?」
「………………」
「おい迅」
「…………2年前……」
「………………」
「ごめんって!!!」
冗談はさておき、本当にどうすればいいのか。金銭面での問題は無いはずだが、如何せん服を買いに行く時間がない。忙しい彼を連れ回す訳にも行かない。ネットで買うのもいいが、届いてみないと着ることの出来ないネットに頼るのは少々心伴い。
「はっ、いい事を思いついた!!」
「えっ」
「ちょっとまってろ迅!すぐ戻る!」
「ちょ、え、嵐山!?」
俺は迅の遠ざかっていく声を聞きながら、玉狛支部を背に自らの家へと向かった。
「…え、これ全部くれんの?」
「あぁ、全部だ」
「さすがにこれは視えてなかったなぁ」
困惑した様子の迅の足元には、俺の家から持ってきた大量の服が積み重なっていた。
それは撮影で一度だけ着たきりだった服がほとんどだった。
「いやよくこれ持ってきたね」
「大変だったから全部貰ってくれ。背丈は一緒だから、ちょうどいいと思うぞ」
「んじゃお言葉に甘えて…」
最初に手に取った服を着るとぴったしで、よく似合っていた。しかしすぐに脱ごうとはしなかった。
すんすんと袖を嗅ぐ迅は俺の視線に気がつくとへらりと笑って言った。
「嵐山の匂いがする」
かっこいいのにかわいい。こんな矛盾したことが世の中にあっていいのか。
悶えながらも俺は、迅の2年ぶりの衣替えを成功させたのだった。
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迅嵐※過去捏造
そこら中から煙とむせ返るような血の香りがした。
「だめだ最上さん!!行かないで!!!」
仲間に支えられないと立ち上がることも難しくなったこの体を、一生懸命にあの人の元へと伸ばす。
「最上さん、最上さん…!!」
だめだよ、ねぇ、最上さん
「いかないで!!」
どんなに泣いても、声が枯れるまで叫んでも、最上さんがこちらを向くことは無かった。
「…おれを一人にしないでよ…」
…
「……ん…じ……ん…!……迅!!!」
「…っ!!」
目を覚ますと、そこは見慣れた自室だった。
浅い呼吸を繰り返し、肺に酸素を送り込む。けれども混乱しているせいか、中々上手く息を吸い込むことが出来ない。
「迅、落ち着け。まずは息を吐くんだ。そうしないと吸えるものも吸えなくなる」
おれは嵐山の言う通りに息を吐く。そして息を吸う。それを繰り返すと、やっと呼吸が楽になった。
「…嵐山…おれ…」
「…凄くうなされていたぞ。それに酷い汗だ。待っててくれ、今タオルを…」
そう言うと嵐山はベッドからするりと抜け出す。
「…っ、まって、」
今さっき見た夢のせいか戻ってこない気がして、おれは反射的に嵐山の腕を掴んでしまった。
「お願い、ひとりにしないで」
腕を引かれた本人は驚いたように目を見開く。
しかしそれは直ぐに、聞き分けのない子供に対しての困ったような、それでいて優しさを隠しきれていないような笑みに変わった。
「…大丈夫、今はタオルを取りに行くだけだ。きっと寝汗で服が濡れて気持ちが悪いだろう?…必ず戻るから」
嵐山の笑顔は、どんな状況下でも安心できるらしい。
不安が残る中、おれは渋々嵐山の腕を離した。
汗を拭き服を着替えると、既に嵐山はベッドに入っており、こちらに向かって手招きをしていた。
素直に嵐山の元へ向かうと手を引かれ、横になると布団をかけられた。
そしておれの頭を抱えると、ぽつりと小さな声で言葉を零す。
「きっと大丈夫さ」
嵐山のとくとくと規則正しい心音がおれの心を落ち着かせる。
「……嵐山は、おれを一人にしない?」
「うーん、…それは分からないな」
「…はは、嵐山らしいな」
まさに三門市のヒーロー、ボーダーの顔、家族を第一に考える嵐山らしい言葉。それが今のおれには重すぎず丁度良かった。
「ほら寝よう、…そうだ、明日の朝ごはんは鮭を焼こうか」
「ん…いいね、楽しみ」
きっと明日はお前が笑っていられるような未来にするから。
優しい音とあたたかな腕に安心しきったおれは、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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おばみつ※転生if
始まりはいつもの、たわいも無い会話の延長線にすぎなかった。
「ねぇ伊黒さん、今日彗星が見えるらしいわ」
「ん?」
何気なく発した言葉に、彼は手元の作業を止めてこちらを向く。
「彗星?」
「うん、彗星」
私のスマホに映し出されていた、今地球に近づいている彗星の記事を彼に見せる。
「素敵ね、私彗星って見たことないの。写真でもあんなに綺麗なんだから、実際に見たらどんなに素敵なのかしら」
私の話す言葉を記事から目を離さず聞いていた彼は、ぱっと顔を上げるとこちらに笑みを向ける。
「よし、行こうか」
「えっ」
突然の提案に驚いた私は、あまり可愛くない声を上げてしまった。
「少し待ってて」
手元のパソコンを何やら真剣な顔つきで見つめている。中々見れない真剣な表情は、私の心をきゅっと掴みあげた。とってもかっこいい。
「今日は冷えるらしい。しっかりと上着を着ていこう」
そう言うと彼はパソコンを閉じ、上着を取りに向かう。
「えっえっ、いいの?見に行ってもいいの?」
「悪いわけないだろう?君の喜ぶ姿を見たい」
「!!」
そんな話をしている内に、いつの間にか準備万端な状態になっていた。
「さあ行こう」
そうして私達は、冬の気配感じる外へと向かった。
「ところで、彗星ってどこだと見やすいのかしら」
ふと口に出してみる。あら?そういえば私、何も知らないわ。見える時間帯も、場所も、方角も、何もかも知らないじゃない!どうしよう!!
しかし彼は全てお見通しのようだった。
「大丈夫、全部調べた。この先に街頭の光が届かない小さな丘があるらしいんだ。そこで見よう」
丘に着くと、丁度日が沈みかけているところだった。
「やっぱり冷えるね」
「あぁ、そろそろ冬も近いな」
周りはとても静かだった。ただ風が鳴らす木の葉のざわめきしか聞こえてこなかった。
「甘露寺、こっちの空を見て」
「こっち?」
顔を上げた、その時だった。
「わぁ…!!」
そこには美しく尾を引く彗星があった。彗星は煌めく星々と共に私の瞳に映っていた。
「伊黒さん、伊黒さん、みて!彗星よ!本物よ!」
私は初めて実際に見る彗星を目の前にしてはしゃぎ回った。
「あの彗星、周期がだいたい8万年らしい」
「えっ、それって…」
「そう、次にあの彗星が見れるのは8万年後なんだ」
私は驚きを隠せなかった。
「…じゃあ私達が今見れているのは、奇跡に近いのね」
「あぁ、今この時代に二人揃って生まれてこれたおかげだ」
そう言い彗星を眺める彼は、どこかで見たことのあるような顔をしていた。
「…そんな彗星を伊黒さんと見れて、私とっても幸せよ」
「…俺も甘露寺と見ることが出来て、物凄く幸せだ」
私が笑うと、彼も笑う。そんな小さなことが嬉しくて仕方がなかった。
ずっとこんな小さなことを待っていた気がする。
変ね、もう何年も一緒にいるのに。
どちらともなく手を繋ぎ、身を寄せ合う。
もう少しここで見ていよう。
8万年越しの奇跡を君と共に。
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迅嵐
「はぁ〜〜〜……」
ベットに飛び込むや否や、俺は深いため息をつく。
最近、俺は迅に会えていなかった。
俺が日勤で、迅が夜に暗躍。迅が日勤で、俺は夜に広報活動。片方が起きてる時には片方が寝ている。こういうことが何日も続いた。会えなくなって一週間くらいは、まぁこんなものかと深く考えなかった。しかし既に1ヶ月は経過している。
会いたい。話したい。
些細なすれ違いがここまで精神にくるなんて知らなかった。
寝なければ良いのでは、と一瞬考えもしたが、そうなると次の日がつらい。寝不足で倒れたりなんてしたら仲間にもボーダーにも迷惑がかかる。それは何としても避けたかった。
「…どうすればいいんだ」
メールはしている。ちゃんと返事も返ってくる。でもそれだけでは物足りない。俺はちゃんと会って話がしたかった。
どこで何をしたのか、何を食べたのか、何を見たのか。
迅に笑って聞いて欲しい。小さなことでも話して欲しい。
「俺こんなに欲張りだったんだな…」
段々と瞼が重くなり、身体が動かなくなる。睡魔に抗えるはずもなく、俺は呆気なく意識を手放した。
ふと、目を覚ます。隣で人の気配がした。
「………じん?」
「あれ、起こしちゃった?ごめんごめん」
そこには会いたくて仕方のなかった迅がいた。少し疲れた様子の彼は俺の頭を優しく撫でる。
「…………あいたかった」
俺の頭を撫でる手がぴくりと止まる。俺は再び眠気に襲われ始めていた。
「………ずっと、はなし…たくて、あいたく…て、…」
伝えたいことはいっぱいあるはずなのに、俺の口は素直に動いてくれなかった。
すると、頭に乗っていた温かな手が頬に滑り落ちてくる。
「…おれも、会いたかった」
まどろみに溺れながら、俺は深い眠りにつく。
最後に感じたのは、額へのやわらかな感触だった。
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迅嵐
「おー、すっかり晴れたなー」
おれはカーテンを開けて雲一つない空を見上げる。
昨日の大雨が嘘のようだった。窓も開けると、冷たい空気と一緒に澄んだ空気も入ってきた。まさに秋晴れ。
「じーーーーーん!!!」
聞き馴染みのある声で呼ばれ、そちらを向くと飼い犬のコロと嵐山が立っていた。嵐山は大きく手を振るオプション付き。朝からテンション高いなぁ。
「はいはーいちょっとまっててー」
声を張り上げ返事を返すと、おれは一旦部屋に引っ込んだ。クローゼットを開けると、数少ない服の中から少し厚手のパーカーを引っ張り出す。
「…今日はロングコースかな」
未来視では結構遠くまで散歩している様子が視えた。
「おはよう、迅。今日はちゃんと起きてたんだな」
「ん。おはよ、嵐山。今日はスッキリ起きれたよ。コロもおはよう」
コロの頭をわしゃわしゃと撫でると、わふ!と元気な声で返事をしてくれた。
「今日は紅葉を見に行こう」
そう言うと嵐山はおれの返事も聞かずに歩き出す。おれが視えたの分かってるなこいつ。
しばらく歩くと赤や黄色に染まった木々が見えてくる。秋晴れの澄んだ空によく映えていた。昨日の大雨には負けず、まだまだ元気のようだった。
「お、やっぱ生で見ると綺麗だな」
「だろう?」
自信満々に頷く嵐山はなんだか可愛かった。自分で色をつけたわけじゃ無かろうに、何をそんなに自信満々になっているんだか。
ふと、嵐山の指先を見ると少しだけ赤くなっていた。
無理もない、もう季節は秋。肌寒さが際立ってくる時期だ。
なんでもないように手を繋ぐ。
「…!」
驚いたらしい嵐山がこちらを見る。その顔はほんのり赤くて、紅葉のようだとぼんやり思った。
わふ!
ハッと意識を戻すと、足元でキラキラ目を輝かせたコロがこちらを見ている。なんだか下心を見透かされているようで、少し恥ずかしくなった。
「よし、コロ。お前も見ような」
嵐山はおれと繋いでいた手を離すと、よいしょ、と声を出しながらコロを抱き上げる。
繋いでいた手を離され多少ショックを受けていると、まだほんのりと顔を赤くした嵐山がこちらを見据え呟く。
「…また、繋ごう?」
きっと今おれの顔は、紅葉の赤といい勝負をしているに違いない。