千ゲン
小説※復興後
文明復興が進む今日この頃。俺は久しぶりに日本に帰ってきていた。俺が外交官になって早数年。
海外で飛び回ってる間、彼が一度も連絡を寄越したことはなかった。多分、嫌いになったとか、めんどくさかった訳では無い。気を使われていたのだ。
「…ついにあの千空ちゃんに気を使われるようになった、ってわけね…」
俺が日本を出て、世界的な活動を視野に入れ始めた頃。俺は千空ちゃんに告白をした。
別にどうにかなろうと思ってたわけじゃない。ただ、思いを伝えられれば、それで良かった。
…欲を言えば、千空ちゃんも同じ気持ちだったらなって。
でも千空ちゃんは困った顔で頭をかいた。
「あ゙〜…」
その瞬間、俺は全てを悟った。迷惑だったのだと。
「…忘れて」
表情筋に力を入れ、自己満足な想いは飲み込み、俺は笑った。
彼の表情はもう見れなかった。
そこから数年。
忘れたくても忘れられない。
彼の声も、瞳も、表情も、何もかも忘れられなかった。
「バイヤー…もうこんな時間」
まだ新しいアパートの階段を上る。海外に行く前に契約したままだったアパートはどうしたのか、とジャーマネちゃんに聞いたら、まだ引き払ってないと聞いて驚いた。月に一回清掃が入る程度だったらしく、日本を出る前と全く変わってなかった。
「はぁ゙ー…」
少しおっさんくさい声を出しながらソファーに座り込む。やっぱり生まれ育った故郷に帰ってくると気が抜けてしまう。明日もラジオの収録があるから、気を引き締めなければ。
そう思った時。
ピンポーン
部屋中にチャイムが鳴り響く。
「…?こんな時間に誰だろ」
インターホンに映る姿を見て俺は動揺した。
「千空ちゃん…?」
玄関の明かりを付け、ドアを開けると、そこには正真正銘本物の千空ちゃんが立っていた。
「…よぉ」
「…うそ、なんで…」
「てめぇ、帰ってきたのになんでラボに来ねぇんだ」
「え?だって迷惑かなって」
「…」
不機嫌そうな顔は、数年前よりも大人びて見えた。
「…?まぁ立ち話もなんだし、中入っていきなよ」
「…いや、いい」
断られてしまった。まあそうだよな、振った相手だし。
ポーカーフェイスが崩れている気がして俺は顔を隠しながら、次の言葉を探していた。
「今日は、いい」
「え?」
「今日は返事をしに来た」
返事?俺なにか伝えてたっけ?
「あの時は悪かったな。まだ実験も終わってなかったし、お前には海外に行ってもらわなきゃいけなかったもんでな。でもな、ついこの間一段落する目処がついた」
「…?う、うん?」
「だから言わせてもらうが、俺もてめぇが好きだ」
「…う、うん……え??」
それはすれ違い続けた日々の答え合わせが始まる合図だった。
小説
おばみつ※現パロ
夏から秋へと季節は移ろい、日差しが疎ましくなくなった、とある日の午後。
彼女は窓際に座りながら、ついさっき取り込んだ洗濯物を畳んでいた。
秋と言ってもまだ日中は暖かく、窓を開けていても風邪をひきそうなことはなかった。
「蜜璃、手伝うよ」
食器を洗い終わり、鼻歌を歌う彼女を手伝おうと歩み寄る。
「わ!ありがとう小芭内さん!」
俺を見て微笑む彼女はこの世界に咲くどんな花よりも美しいと思う。
その途端、ぴゅぅ、と少し冷たい風が部屋の中を舞った。
少し驚き、俺は目を瞑る。しばらくして風が収まり目を開けると、未だ目を瞑る彼女の頭の上には、白いカーテンが乗っていた。
「…あら?カーテン、頭に乗っちゃったわ」
俺は彼女から目が離せなかった。
網戸越しにやわらかな光が差し込むと、カーテンと彼女の髪を煌めかせる。
半透明なカーテンは彼女の顔を薄く覆い隠していた。
それはまるで、
「……結婚式、みたいだな」
つい口から出た言葉。何となしに、ぽろと出た言葉。
その言葉を聞くと彼女は、小さな可愛い顔をぶわりと朱に染め上げた。
「…………お嫁さんみたい?」
リンゴのように熟れた顔をこちらに向け、はにかみながら問う姿を見ると、俺は先の発言にようやく気がついた。
彼女と引けを取らないくらい顔を赤くすると、俺の口は情けないほど小さな声で彼女の問いに答えた。
「世界一かわいいお嫁さんだよ」
独白
おばみつ※最終決戦
貴方の眼差しが好きでした
蜂蜜色と瑠璃色の瞳は、寡黙な貴方の気持ちを雄弁に語りました
仲間に向ける信頼の眼差し
鬼に向ける鋭い眼差し
そして私に向けてくれる、優しい優しい眼差し
そのどれもが、私は大好きでした
貴方と一緒に食べるご飯は、とても美味しいの
貴方と過ごす時間は、とても楽しいの
貴方への気持ちは日に日に増してゆきました
でもね、怖かったの
この気持ちを知られてしまったら、この楽しい時間は終わってしまう気がして
嗚呼、でもどうしてかしら
遅かったのに、遅すぎたのに、
私はこんなにも幸せよ
もう貴方の瞳が私を写してくれなくたって、
もう貴方とお話することが出来なくたって、
私は世界一、幸せな女の子って知ったわ
_______________ねえ伊黒さん、約束よ
きっときっと、私はまた貴方に恋をする
独白
迅嵐※カンザキイオリ様の小説のお言葉を拝借しております
きっと遠く遠く、高く高く、おまえは先に行ってしまうのだろうね。
おまえはおれを信じすぎてしまうきらいがあるから。
おれが何かを言うまでもなく、おれの全てを信じて前へ進んでしまうから。
いつも視えてしまうんだ。おれの知らない間に、何度も死んでしまう光景を。
その度におれはその未来を捨てる。
おれが知らない間に死んでしまう未来なんて。…そんなの認めない。認める訳にはいかない。
だからね、嵐山、
俺が選んだ最高の未来を
生きて、生きて、そして死んでくれ。
おまえの為に選んだ未来の中でおまえは生きて、二人でご飯を分け合ったり、くだらないテレビで笑ったりして、長生きして、おれの前で死んで欲しい。
戦場の最中ではなく、あたたかな寝床の中で。
この未来は大切なおまえが幸せでいられるように。
こんなおれを信じてくれるおまえのために。
__________さぁ視よう。笑顔で眠れるその日まで
小説
迅嵐※同棲
彼は存外、子供のように笑う。
例えば、ふとした瞬間に。
「あれ、嵐山帰ってたんだ。ただいま。いい匂い」
扉を開ける音と共に小さく溜息を吐いた彼に、俺は鍋の火を止めて歩み寄る。
「おかえり。今日は防衛任務を交代して貰ったんだ」
「え、そうなの?なんで?」
迅は不思議そうな顔で首を傾げる。それもそうだ。普段の俺なら交代なんて考えもしない。
「んー、…秘密。ほら、手洗ってきて。ご飯できてるぞ」
俺の回答に不服そうな迅を無理矢理洗面所に向かわせ、俺は台所へ戻る。今日作ったのは料理初心者でも作れるカレー。ホカホカの炊きたてご飯と鍋の中のカレーを皿によそう。俺の作るカレーはゴロゴロと大きな野菜と特売で買った豚肉が入っているごく一般的なカレーだ。
「やった、カレーだ」
「ん、今日も准特性野菜たっぷりゴロゴロカレーです」
「そのネーミングセンスどうにかならない?」
表情を緩ませながら笑う彼にスプーンを手渡す。
「いただきます」
二人で手を合わせ、熱々のカレーを口に含む。
「……ん、美味い」
「美味いか?」
「うん、美味い」
そう言う彼は存外、子供のように笑う。本当に普通のカレーなのに、本当に美味しそうに食べる。
俺は迅のこの顔が好きだ。
いつも大人びた笑みを浮かべ、数え切れない未来を見据える彼が子供らしく変わる瞬間。
「そういえば、俺が先に帰ってるの、視えなかったのか?」
「…うん、ちょっと、ね。別のこと視てた」
聞くと、その別のことに気を取られ、すっかり俺の事など忘れていたと言う。
まぁそれは仕方の無いことで。迅はいつも沢山のものを背負っているから俺のことは後回しになるのは普通のことで。
……でも、最近は会えてなかったのだから少しくらい思い出してくれたっていいじゃないか。
「…寂しかったのは俺だけか」
「ごめんごめん、おれも会えなくて寂しかったよ。…そう膨れんなって」
笑いながら俺の膨れた頬をつつくと、食事を再開する迅。
逆に俺は食べることを中断してじっとカレーを食べる迅を見つめる。
自分の悩みがちっぽけに思えてきた。
子供のようにカレーを頬張る彼の頭を撫でてみた。
ぽかんと口を開く姿を見て思わず吹き出す。
これもまた視えていなかったらしい。
「えっえっ、」
じんわりと顔を赤くする迅があまりにも可愛くて。
「ふふ、お疲れ様、迅」
「……ん」
恥ずかしそうに俯きながらスプーンをかじる迅に満足した俺は食事を再開した。