Open App
2/7/2024, 9:43:51 AM

カチッカチッ
 燈赤色の照明に照らされた店内では、秒針の音が響いている。ブラウンを基調とした壁に多種多様な時計がかけられており、見ていると引き込まれそうになる。
 カウンターの内側には、白髪の老人が立っていた。老人といっても、ぴっちりとしたスーツを着て、黒縁のメガネをかけた、執事と言っても違和感のないような人だ。
カランッカランッ
 ドアベルの音がなり、老人がお客様をお迎えする。
「いらっしゃいませ、お客様。時計屋『秒針』へようこそ」
 老人はそう云うと、ゆっくりと、そして丁寧な所作でお辞儀をした。ニコリと笑みをうかべ、お客様をこちらへ引き連れる。
 今日も、この時計屋は開店したようだ。

本日は、どのようなお客様が現れるのだろう。

2/6/2024, 8:43:41 AM

 身体から、何かが流れ落ちてゆく。刺されたところが熱い。頭が揺れる。くすむ視界に、泣いている君が見えた。あぁ、泣かないで、大切な人。君が生きていれば、それで良いんだ。でも、できるなら君の笑顔が見たい。もう腕が上がらない。さっきまで聞こえていた車や人の雑踏の音も、もうわからない。君がまだ泣いている。ごめんね。何も聴こえないんだ。あぁ、でも、最期にこれだけは……

「ぁ、いして……る」

今までありがとう……大好きだったよ。生まれ変わったら、もう一度会おうね。

「じゃ……ね、……また……ぃつか」

2/5/2024, 9:16:24 AM

カラン、カランッ
 ドアベルと、グラスに入った氷の音が重なった。ゆったりとした洋楽の流れる店内には、穏やかでいて妖艶な、一見して矛盾した雰囲気が流れている。
 私は、お酒が好きだ。今日は一人で飲みたい気分だった。しかし、人肌恋しくもあった。そのため宅飲みという気分ではなかったのだ。先日恋人に振られたというのも大きいのかもしれない。なので、今日は一人の"女"として、バーで遊ぶことを選んだ。
 バーテンダーへサイドカーを頼み、ゆっくりと店内の雰囲気に酔う。燈赤色の照明と、赤みがかったカウンター。初めて入ったが、店主はなかなかいい趣味をしているな。
 しばらくして、頼んだサイドカーが目の前に置かれた。私はいろんなお酒を飲むが、今日の初めの一杯はサッパリとした柑橘系のお酒、サイドカーにした。飲みやすいのもあり、お酒好きにはたまらない一杯だ。
 その後も、独り寂しくグラスを傾けていると、突然バーテンダーがカクテルグラスを持ってきた。
「あちらのお客様からです」
 なんてベタなことをするのだろう。バーテンダーが指し示した方向へ顔を向けると、二十代後半と思われる男性がこちらを向いていた。顔立ちはよく、スラリとした体型で、着ているスーツがよく似合う。
「あれ?お姉さん、受け取ってくれないの?」
 思わず男性に見惚れていると、そんなことを云われた。そういえば、この人は何を私へ?そう思いバーテンダーからカクテルを受け取る。綺麗なオレンジ色をしたカクテルだ。チラリと男性を見ると、これまた綺麗な笑みで私の隣に腰を下ろした。
「『キス・ミー・クイック』お姉さん、さっき柑橘系のお酒飲んでたから。サッパリしたのが好きなのかと思って」
 いつから見ていたのだろう。ほんの少し目を見開くと、男性は続けてこう云った。
「……ねぇ、お姉さん。俺、今日恋人に振られちゃったんだ。見たところお姉さんも独りみたいだし……俺と一緒に遊ばない?」
 静かに、それでいてはっきりと耳元で囁いた声は甘く、とろけてしまいそうだった。……そういえば、キス・ミー・クイックの意味は……
「お姉さんがお酒飲んでるのみて、良いなぁって思ったんだけど……ねぇ、ダメ?」
 
……私はその答えとして、彼の唇にキスをおとした。

きっと、今夜は忘れない夜になる。

2/4/2024, 12:05:01 AM

パタンッ

 読んでいた本を閉じた音が六畳の部屋に響く。この部屋には、一人の少女と、本棚に並ぶ多くの文庫本だけが存在している。特になにかの記念日というわけではない。しかし、彼女はここにある本も、その文字を連ねた著者も、なによりも大切なものだった。
 読んでいた本を棚に戻し、しっかりと整列した本の背表紙をなぞる。その目は、本当に愛しい、幸せそうな目をしていた。
「……1000年先も、きっと語り継がれる」
 優しげな声でそう告げた彼女は、気づけばいなくなっていた。そこに残るのは、少なくも多くもない。しかし誰かが好きだと云った、そんな言葉を受け続けてきた本たちであった。
 窓から受ける光を浴びて、いっとう輝き続ける、そんな本たちであった。

2/2/2024, 11:04:27 PM

「なぁ……勿忘草の花言葉を知ってるか?」
 突然、彼は私にそう問いかけた。勿忘草とは、明るい青色をした小さな花が、何個も集まって咲く一年草だった気がする。彼が、私によく似合うと云ってピアスや髪飾りを贈ってくるから見慣れてしまった。しかし、花言葉は考えたことが無かった。彼は私が贈り物を身につけると、それはもう愛しい目で見つめるものだから。あまり気にしていなかったということもある。
「花言葉?んー……ごめんなさい。わからない」
「あぁいや、別に良いんだよ。……君が花言葉を知っていて僕からのプレゼントを貰っていたとなると……どんな想いを抱いていたのか気になっただけだから」
 そんなことを云いながら、彼はふわりと優しく笑う。その顔を見て、彼の笑った顔が好きな私は、じんわりと心温まるのを感じた。
「そうだ、せっかくだし花言葉を教えてよ」
 私は彼の想いがプレゼントに詰まっていたのを知っている。しかし、それがどのような言葉に表されたものなのかわからないのだ。せっかくなのだから、教えてもらおう。私がそう言うと、彼はパチリと瞬きをして、次の瞬間には本当に楽しそうに笑った。
「ははっうん。いいよ。勿忘草の花言葉はね……」



「真実の愛」「誠の愛」「私を忘れないで」



Next