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カラン、カランッ
 ドアベルと、グラスに入った氷の音が重なった。ゆったりとした洋楽の流れる店内には、穏やかでいて妖艶な、一見して矛盾した雰囲気が流れている。
 私は、お酒が好きだ。今日は一人で飲みたい気分だった。しかし、人肌恋しくもあった。そのため宅飲みという気分ではなかったのだ。先日恋人に振られたというのも大きいのかもしれない。なので、今日は一人の"女"として、バーで遊ぶことを選んだ。
 バーテンダーへサイドカーを頼み、ゆっくりと店内の雰囲気に酔う。燈赤色の照明と、赤みがかったカウンター。初めて入ったが、店主はなかなかいい趣味をしているな。
 しばらくして、頼んだサイドカーが目の前に置かれた。私はいろんなお酒を飲むが、今日の初めの一杯はサッパリとした柑橘系のお酒、サイドカーにした。飲みやすいのもあり、お酒好きにはたまらない一杯だ。
 その後も、独り寂しくグラスを傾けていると、突然バーテンダーがカクテルグラスを持ってきた。
「あちらのお客様からです」
 なんてベタなことをするのだろう。バーテンダーが指し示した方向へ顔を向けると、二十代後半と思われる男性がこちらを向いていた。顔立ちはよく、スラリとした体型で、着ているスーツがよく似合う。
「あれ?お姉さん、受け取ってくれないの?」
 思わず男性に見惚れていると、そんなことを云われた。そういえば、この人は何を私へ?そう思いバーテンダーからカクテルを受け取る。綺麗なオレンジ色をしたカクテルだ。チラリと男性を見ると、これまた綺麗な笑みで私の隣に腰を下ろした。
「『キス・ミー・クイック』お姉さん、さっき柑橘系のお酒飲んでたから。サッパリしたのが好きなのかと思って」
 いつから見ていたのだろう。ほんの少し目を見開くと、男性は続けてこう云った。
「……ねぇ、お姉さん。俺、今日恋人に振られちゃったんだ。見たところお姉さんも独りみたいだし……俺と一緒に遊ばない?」
 静かに、それでいてはっきりと耳元で囁いた声は甘く、とろけてしまいそうだった。……そういえば、キス・ミー・クイックの意味は……
「お姉さんがお酒飲んでるのみて、良いなぁって思ったんだけど……ねぇ、ダメ?」
 
……私はその答えとして、彼の唇にキスをおとした。

きっと、今夜は忘れない夜になる。

2/5/2024, 9:16:24 AM