冬眠

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10/11/2024, 4:10:58 PM

「カーテン」

 足元の汚れたカーテンは子供みたいだ。泥を走り回って帰ってきた子供。ただいまぁって柔らかい口調で帰ってくるけど、体つきはどんどん大きく逞しくなっていく。小学生になったら野球でもさせようかな、男の子なら何かしら運動していた方がいいかもね、なんて話していたのに、そうして誕生日プレゼントに買ったグローブは新品のまま。野球じゃなくて、ダンスとか、流行りのものの方が良かったかな。そっちの方がかっこいいって言うのかな。言うの? ねえ、言ってよ。

10/4/2024, 4:12:30 PM

「踊りませんか?」

 教室の隅に集まる埃のような存在が私だった。むしろ本当は私が埃なんじゃないか、椅子に座って大人しくしているのが本当は埃なんじゃないか、二つの存在が入れ替わっているのではと思わされるほど、私が埃っぽくてじめっとしていた。むさ苦しいよね、とにたにた笑みを浮かべながらこちらを見てくるクラスメイトの視線を感じながら、体を縮こませることしかできない。視線を向ければ一溜りもなく更に暴言を吐かれるだけだった。
 そんな私に声をかけてきたのが彼だったから、そんな視線は余計に強くなった。本当にはた迷惑。私の平穏を脅かす彼はさも当然のように私の名前を呼んで、慣れたように体に触れてくる。図々しいにもほどがある。しかし私は彼の手を振り払うこともできず、ただ嵐が去るのを待つしかなかった。
 私はシンデレラなんかになりたくない。だから、彼の言葉には顔を向けないと決めているのだ。
「ねえ、今度一緒に遊びに行こうよ」
 例え相手が産まれた時から一緒に過ごしてきた幼馴染みであっても、中学で分かれ高校で再会したのであっても、彼の手を取ることは、私が王子と共に踊ることと同義となるのだ。

9/16/2024, 1:58:59 PM

「空が泣く」

 明日には帰ると誓った。それでもその約束を守れないとき、私が置いていく石を海に投げ捨ててくれと伝えた。妻は静かに頷いて私を見送り、その姿が小さく見えなくなるまで振り返り続けた。
 雨の降る日だった。雨は全てを流してしまうため、別れの日とするには最適であり最悪だと言われている。いなくなってしまった人に心をとらわれること無く生きていくための救いを送る雨と、別れたくなかった人を無慈悲に消し去ってしまう雨。私はそれが前者であればあるほど心苦しくなかった。妻に辛い思いをしてほしくないから。
 明日には帰れないと悟ったのは、山賊に襲われた時だった。適度な負傷を受けた時にうわぁと情けない声を上げて倒れたが、山賊はしばらく私を傷つけ、本当に動けなくなってから金品を奪っていった。それは私が妻に贈るために購入してきた金であったのに。
 果たして妻は石を海に投げ捨てただろうか。行き着く先が海である目の前の川へ、身を落とす。私は、この先妻が想いを馳せるであろう海へ向かうのだ。

9/6/2024, 1:30:42 PM

「時を告げる」

 あの時計塔、知ってる?
 時計塔なら知っているわよ。
 時計塔の噂よ。毎日決まった時間に音楽が流れるけど、たまに違う曲が流れるの。
 本当? 私聞いたこと無いわ。
 誰も聞いたことがないのよ。
 じゃあ、どうやってその噂が出回るのよ。
 それが分からないから謎なのよ。どうしてこんな噂が立ったのか、誰も知らないの。話の出所が分からないのよ。
 そんなことないでしょう、誰かが聞いたはずよ。
 噂が巡りすぎて、当の本人が分からないんですって。本人さえももう忘れてしまっているって言う話よ。
 変な話ねぇ。
 変な話でしょう。ほら、今日も鐘が鳴るわ。

8/27/2024, 2:44:22 PM

「雨に佇む」

 一輪の花があった。雪にも風にも茹だる日差しにも屈しない花が唯一首をたおるのは、雨の日だった。どうやら大切な人を亡くした時に雨が降っていたらしい。いつも花に水をくれる人だったけれど、雨の日、それも嵐の日に、花の様子を見に来た帰り道で事故に遭ったようだ。雨による視界不良で彼が見えなかったらしい。車と正面衝突した彼は一瞬で散った。花は雨が降る度に思う。この雨に打たれて一瞬で散ることができれば、私も彼の元へ行けるのに、と。しかし雨はいつも酷く優しく、花の花弁を揺らすのだ。

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