「時間よ止まれ」
日が沈むのが遅くなったから、十六時半、外に出る。
歩くようになったころはルートが定まらなくて色んな道を歩いていた。ずっと暮らしてきた街なのに初めて見る景色ばかりで、一時間があっという間に過ぎていった。特に話しながら歩いていると足の痛みも風の冷たさも忘れてしまって、日が落ちてからも街灯を頼りに歩き続けた。夜の街は静かなんだねと言った彼女の言葉を聞いて初めて、ぽつりぽつりと街灯の灯る、中央線のない真っ直ぐな道が少し寂しく感じられた。だから一人で歩くときは明るいうちに帰るようにしている。
緩やかな坂を上がりきると、川を跨ぐ大きな橋に辿り着く。片側しかない歩道を歩きながら、腰の位置までしかない手すりから橋の下を覗く。凪いだ水面がわずかに揺れている。時折白く光る水面が鱗みたいだと言った彼女の言葉に共感ができなくて、あれから通るたびに川を見るけどいまだに分からない。端の両脇につけられたアーチ状の柱を見て、ここをスケボーで走るなんて怖くてできないねという言葉には共感できたから、見上げて、スケボーに乗る自分の姿を想像してみたりする。
商店街に新しくできた店には、焼き立てのパンが並んでいる。今朝ショーウィンドウに並んでいたパンは数えられるほどに減っており、店内の客足もまばらなようだった。バレンタインの時期にはチョコをたくさん使ったパンを、クリスマスにはシュトーレンを、たまになんでもない日に。焼き立ての匂いに誘われてついつい購入して、お風呂から上がった後にパンを食べながらテレビでも見てゆっくりしよう。
きっと彼女だったら喜んでくれるだろうと思うけれど、ふと思い出して、彼女が出て行ったことを思い出して、でも僕の頭からは出て行ってくれなくて、彼女との散歩道を歩く度に君が言ったことを思い出していると伝えたら、戻ってきてくれたりしないだろうか、なんてことを考えてしまう。パン屋だって、前に人気のパン屋に行った時に、「こんなに美味しかったら毎日通っちゃうかもしれないから、バレンタインとか誕生日とかクリスマスと、特別な時にだけって決めないといけないね」って言ったからで、それがなければ、パン屋ができたことすら気づかなかった。
2/16/2025, 1:35:52 PM