冬眠

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「ひそかな想い」


 好きだと思っていた人にフラれた。誰かに言った話が回り回って彼のもとに届いたらしく、わざわざ体育館裏に呼び出されて、「俺はお前のこと好きじゃないよ」と言われた。あ、そうなんだ、くらいにしか思わなくて、心も普段と変わらず動いていて、彼が去ってひとりになってからも涙は出なかった。その時に私は彼のことは好きではなかったのかもしれないと思った。だから、「好きだと思っていた人にフラれた」ということになる。

 ドラマや漫画では心がぎゅっと締め付けられてしばらくなにもできなくて、髪を短くして気持ちの整理をつけるらしい。元々短い髪を切るわけにもいかず、前髪を少しだけ切ったら「失恋?」と言われた。

「失恋して髪を切るなんて、お前も乙女なんだな」
 彼のことが好きだと言っていたからはたから見れば私は失恋をしたということになっていて、でも実はどうやら彼のことは好きではなかったから私からすれば別に失恋したわけではなかった。むしろ本当のことに気づけたくらい。これを失恋と言ってしまえば、世の中の失恋をした人たちに怒られてしまうかもしれない。

「乙女だったら良かったのになぁ」
「お前、女っぽくないもんな。だからフラれたんじゃね」
「そうかもしれない。フラれて当然だったかもね」
 好きでもない人のことを好きだと言っていたから、バチが当たったのかもしれない。でも私にとっては全然バツじゃない。失ったのは横髪数ミリ。これじゃまだ足りないくらいかも。
「いっそのこと、あんたくらい丸坊主にした方がいいのかな。こんな数ミリ切ったくらいじゃなんにも変わんないし」
 たった数ミリ。翌朝鏡を見れば髪を切ったことすら忘れてしまうほど、ほんの些細な変化。隣の席に座る男は、それによく気がついたものだ。

2/20/2025, 2:49:31 PM