ノブメ

Open App
1/31/2023, 4:02:36 PM

どこまでも続く長いハイウェイ
一台の青い車が走っている

運転しているのはいつも君
同乗しているのはいつも私
気が向いたときには私がハンドルを握り
君は助手席で夢を見る

車の中は不思議な空間だ
運転しながら君とする会話はいつもよく弾む
たまに喧嘩もするけれど
不貞腐れて窓の外を眺めているうちに
いつの間にか仲直り

エンジンの音の上でループするリズム
ロードノイズが奏でる二人のグルーヴ

私達の旅は気まぐれだ
目的地なんてあってないようなもの

山だろうが川だろうが
昼だろうが夜だろうが
走りたい場所を走りたい時に走り
疲れたらその辺のモーテルで休む

目的地は決めてないけれど
行く道を決めるのはいつも君
二択を選ぶとき
困り顔の君は
それでいていつも選択を楽しんでいた

ある日の朝
モーテルでいつものように二人だけの時間を過ごし
朝日が昇るとともに起きた

君がいない

慌ててモーテルを飛び出すと
車のボンネットに腰掛けて黄昏れている君を見つけた

私に気がつくと君は笑って
「もう降りなきゃ」
そう言って君は、右手をアンダースローの形に構え
私に向かって何かを放り投げる

私は地面すれすれでそれをキャッチする
自動車の鍵が私の掌に収まっている
顔を上げると、もうそこに君はいなかった

私は、荷物をまとめて車に積み込み
鍵を差してエンジンをかける
誰も乗っていない助手席に目をやるが
すぐに前を向いてハンドブレーキを下ろし
ハンドルを握ってギアを上げる

私の旅が、どうか綺麗でありますように
君の旅が、どうか綺麗でありましたように

「−旅路の果てに−」

1/31/2023, 8:38:50 AM

家の近くの自動販売機で
コーンポタージュ缶を買う

両手でコーンポタージュ缶を大事に持って
雪がチラチラ降る町を歩き
小さな赤い電車に乗って隣町まで行く

バスに乗り継いでユラユラ揺られ
君の町まで

君の家の玄関に着く
インターホンを鳴らして君の名前を呼ぶと
中から部屋着姿の君が出てくる
コーンポタージュ缶を手渡して
目的をとりあえず達成した私は
もと来た道を戻って家路に着く

昨日はホットコーヒーを買って持っていった
この間はおしるこを買って持っていった
その更に前はカフェオレを
その前、その前、その前…

君の家に着いた時
手に持った缶ジュースはいつも冷えてしまっている

そのまま渡すのが恥ずかしくて
玄関に缶ジュースを置いたらそのまま帰ってしまう事もある
缶ジュースは誰のものか分からなくなり、その時も当たり前のように冷えている

君の家の前には、私がいつも使うのと少しだけ商品ラインナップが違う自動販売機がある

ここで缶ジュースを買えば、君に暖かい飲み物を渡せると思う

でも、そいつは私が使えない自動販売機だから

今日も私は、いつもの自動販売機で缶ジュースを買って
君の家に行く

「−あなたに届けたい−」

1/29/2023, 2:28:46 PM

バターナイフを手にとって
木製のバターケースに載せたバターを削る

一回、バターを削った
食パンの上に載せられたバターは
トースターの中でとろけて
カリカリのトーストに染みこんで
美味しい朝食になった

三回、バターを削った
フライパンの上に塗り拡げられたバターは
牛乳が加えられた溶き卵と溶け合い
フワフワの半熟オムレツが出来た
フライパンの上に、脂質とタンパク質で焼けて焦げが残った

十回、バターを削った
ボウルに投げ込まれたバターは
小麦粉、牛乳、卵と一緒くたになり
フライパンの上に注がれて
小麦色のパンケーキになった
バターの味はしなかった
パンケーキはとても美味しかった

三十回、バターを削った
掌に塗り拡げられたバターは
乾燥でヒビ割れたカサカサの肌の破れ目に浸透し
潤した
このバターじゃなくてもよかった

百回、バターを削った
カタンと、バターナイフがバターケースを叩く音だけが響いた
バターは無くなっていた

新しいバターを足さないといけない

「このバターの値段はおいくらだったかしら?」

「−I LOVE…−」

1/29/2023, 9:41:06 AM

「久しぶり、お元気ですか

もうすぐ一年になりますね
あなたが東京に行ってから
我が家はだいぶ寂しくなりました

不景気で気を抜いていられないので
お父さんは定年後も会社で雇ってもらうことになりました
おかげで、私はずっと家では一人で家事をしています

イチローは散歩の時間以外はずっとお昼寝だし
スミレも夜にならないと帰ってこないので
お家はとても静かです

東京はどうですか?
こっちよりは暖かいと思うけど
何をするにもお金はかかるし
それに、子供の頃から人見知りで優しい子だったから
上手くやれてるか心配になります

余計なお世話かな?
『うるさいババァ』って思うかもしれないけど
いつまでも世話を焼かせてくれたら嬉しいな

お父さんも、前と同じでずっとムスッとしてるけど
あなたが家を出た月は毎日あなたの事を話題にしてたし
今でも三日に一回はあなたの事を聞いてきます

でも、お母さんにも何も教えてくれないから
少し心配です

疲れたら、いつでも帰ってきていいからね
イチローもあなたの散歩じゃないと物足りないって感じなの」

休日の朝、携帯に届いたメッセージ
別に汚いわけじゃないけど、人を呼べない程度には片付いていない部屋

滲んで少し見えにくい返信欄

震える指で、熱くなった頭の中を文字に起こす

「お母さん、私…」

***

「−街へ−」

1/28/2023, 8:40:46 AM

いつもより少し遅く起きた休日
いつもはしないお洒落をして
いつもは乗らない電車に乗って

隣町まで足を伸ばした

縁もゆかりも無い神宮にお参りして
お御籤を引いた

参道の小さな蕎麦屋で天丼を食べ
適当な出店で団子をいただく

知らない街をぶらぶらと歩き
写真をたくさん撮った

帰りに近所の純喫茶に寄って
洋菓子を齧りながら本を読んで時間を潰した

その日の事を事細かに綴って
メッセージアプリに載せて

窓際の君に送ろうとして

やめた

「−優しさ−」

Next