窓越しにただ眺めているように思える。
近い所から、遠い、遠い場所のことまで、ワンタップするだけで目の前に広がる情報の海。多くは、心を消耗させるような悲しいことや、つらいこと。まいにちどこかでだれかが苦しんでいる。それを知らないままでいてはいけないと、浅はかな正義感で目をやれば、あまりに強く押し寄せる波に精神がすり減らされる。
そして私には何も出来ないのだと果てしない無力感に襲われる。
何も出来ないと最初からわかっている。わかっているのに、身勝手に受け取り、身勝手に苛まれている。
結局、傍観者に過ぎないのだ私は。
だって、窓から目を背ければ見ないこともできるのだから。忘れてしまえるのだから。この透明な隔たりの向こうで起きていることは現実だけれど、こちら側にいる私には何の影響も無いのだから。
ただ針の先ほどの痛みを感じただけ。それだけ。それすらもすぐ、
柔らかなトーンで咲き誇る紫陽花が、雫に濡れている。
こんなにも雨が似合う花を、私は他に知らない。
この曇り空も、降り続く雨の音さえも、この花を引き立てる為のものに思えて仕方ない。
風に揺れる葵が、上へ上へと咲いていく。
霞んだ視界で、その鮮やかな色に目を奪われる。
打ち付ける雨の中でも、凛と佇む美しさ。
その花があとひとつ、ふたつ、咲く頃には。
じっとりとして空気すら重たく感じる梅雨にも私たちを愉しませて、後に続くうだるような暑さになる夏の、心構えをさせてくれているんじゃないかって、そんなことを考えている。
わたしがいなくなっても世界は回るくせに、わたしのこと簡単には消してくれないものだから。不自由ね。
ひっそりと消えてしまいたいの。
その瞬間に‘’わたし‘’なんて最初から存在していなかったみたいに、わたしを知る人たちの記憶からもまるごと消えてしまいたい。
誰かに悲しんでもらいたいとか思い出してほしいなんて思わない。
それすら重荷に感じちゃうから。
「自分の存在が無くなることが怖い」とあの子が言ってたっけ、
そこに希望があるのにね。
意識も、感情も何もない、無になる。
すべてから解放される。
それはわたしにとっての、待ち焦がれている楽園。
いつになったら。
たどり着けるの。許してくれるの。
「幸せになってね」
たくさんの愛のことばをくれたその唇が、
最後に、私を遠ざける為の言葉を紡ぐ。
声色は今までと同じ、ううん、ずっとずっと優しいのに。
その一言で突き付けられる。
君の想う未来に私はもういないのだと。
幸せに、なんて。
君の隣でそうありたかったのに?
君じゃなきゃ何の意味もないのに?
君がくれたものなのに、君が奪っていくの?
「…君もね」
うそ、
私がいない世界で、幸せになんてならないで、
私に向かいほころぶ花をこの手で手折るくらいなら
そっくりそのままどこかの誰かに奪っていって欲しかった
私の目に二度と触れぬように
その花が新たな場所で
元居た場所など意に介さず
穏やかに咲き続けてくれることを願った
傷つけたくないからと
ひと思いに手折る事も
何度も握りしめた鋏でキレイに切る事も出来ず
望んで迎えた結末
まぶたの裏に焼き付いて離れないあの花は
今は別の誰かを笑顔にしているんでしょう