柔らかなトーンで咲き誇る紫陽花が、雫に濡れている。
こんなにも雨が似合う花を、私は他に知らない。
この曇り空も、降り続く雨の音さえも、この花を引き立てる為のものに思えて仕方ない。
風に揺れる葵が、上へ上へと咲いていく。
霞んだ視界で、その鮮やかな色に目を奪われる。
打ち付ける雨の中でも、凛と佇む美しさ。
その花があとひとつ、ふたつ、咲く頃には。
じっとりとして空気すら重たく感じる梅雨にも私たちを愉しませて、後に続くうだるような暑さになる夏の、心構えをさせてくれているんじゃないかって、そんなことを考えている。
わたしがいなくなっても世界は回るくせに、わたしのこと簡単には消してくれないものだから。不自由ね。
ひっそりと消えてしまいたいの。
その瞬間に‘’わたし‘’なんて最初から存在していなかったみたいに、わたしを知る人たちの記憶からもまるごと消えてしまいたい。
誰かに悲しんでもらいたいとか思い出してほしいなんて思わない。
それすら重荷に感じちゃうから。
「自分の存在が無くなることが怖い」とあの子が言ってたっけ、
そこに希望があるのにね。
意識も、感情も何もない、無になる。
すべてから解放される。
それはわたしにとっての、待ち焦がれている楽園。
いつになったら。
たどり着けるの。許してくれるの。
「幸せになってね」
たくさんの愛のことばをくれたその唇が、
最後に、私を遠ざける為の言葉を紡ぐ。
声色は今までと同じ、ううん、ずっとずっと優しいのに。
その一言で突き付けられる。
君の想う未来に私はもういないのだと。
幸せに、なんて。
君の隣でそうありたかったのに?
君じゃなきゃ何の意味もないのに?
君がくれたものなのに、君が奪っていくの?
「…君もね」
うそ、
私がいない世界で、幸せになんてならないで、
私に向かいほころぶ花をこの手で手折るくらいなら
そっくりそのままどこかの誰かに奪っていって欲しかった
私の目に二度と触れぬように
その花が新たな場所で
元居た場所など意に介さず
穏やかに咲き続けてくれることを願った
傷つけたくないからと
ひと思いに手折る事も
何度も握りしめた鋏でキレイに切る事も出来ず
望んで迎えた結末
まぶたの裏に焼き付いて離れないあの花は
今は別の誰かを笑顔にしているんでしょう
ずっと、早く大人になりたいと思っていた。
誰にも干渉されない自由を得られることはもちろん魅力的だったけれど、それよりも、自分の未熟さを事あるごとに痛感しては、精神的に大人になりたいと何よりも願っていた。
いつのまにか、大人になりたいと思うことがなくなった。
それはきっと、十分大人と言える年齢になった事もあるのだろうし、自分の中で腑に落ちるくらいには自分の中の‘’大人‘’に近づいたという事もあるのだろう。
なのに、
それが今、こどもに戻りたいなんて時折思ってしまう。
何の責任も無く、周りに守られていたあの頃。
何もせずとも、明日もまた同じ日が来るんだと無条件に信じられていたあの頃。今では信じられないくらいの狭い世界で、だけどその世界で起こることがすべてで。無邪気に笑って、素直に泣いていた、あの頃。
それを懐かしんで戻りたいと思うくらいに、大人になってしまったんだな、私は。